降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

錯覚の民主制のなかで

毎月、大家さんに家賃を渡しにいく日は、お互いの問題意識を話す機会にもなっている。 今日は宮城県大崎市の市民条例(大崎市話し合う協働のまちづくり条例)の話しを聞かせてもらった。大崎市の行政は、よくある他の地域の行政とは違い、積極的に主役を降り…

現秩序への反逆としての人権概念

福祉や教育、人権啓発系などの団体が内部では人権侵害している話しがよく聞かれる。企業や大学などのハラスメント委員会や相談機関みたいなものが、実態としては被害者の人権を守るよりももみ消し機能として設置されている話しもまた。 日本には「みんなの迷…

認識の変遷 「場づくり」から「結果的な接点づくり」へ 

大学時代、四国八十八ケ所めぐりをやってみて思ったことは、人は適切な環境とそれを生かす媒体(まるごとの存在が保証されながら同時に固まってしまった自分が揺り動かされる状況が併存するような。)があれば、そこで自律的に変化や回復をしていくというこ…

当事者研究ネットワークに求めたいこと 「当事者研究の悪用」への向き合いを

被害者の告発によって、閉じたコミュニティ内では、主催者やスタッフのような、より強い立場にあるものによって、当事者研究が場でおこった問題を被害者当人の責任に転換し、もみ消すために悪用されうることが明らかになった。 note.com ここでおこっている…

6/26『被抑圧者の教育学』読書会ふりかえり

出てきた話題 ・「被抑圧者と共にあることはそれ自体がラディカルであり、中途半端な姿勢では許されない」ということがどういうことだろうか。 →社会から搾取される少女たちの支援をしている一般社団法人Colaboの仁藤夢乃さんの講演を思いだす。仁藤さんは教…

当事者研究界隈、どうなっているのか(6/24追記)

note.com べてるの家の関連施設、べてぶくろで地域住民との間で性暴力被害がおこった。被害者のブログによると、被害者の訴えをきいたべてぶくろスタッフRは訴えを公にするとべてぶくろが地域でやっていけなくなるとして、被害者を黙らせようと働きかけ、そ…

自意識の植民地としての身体 打ち消しと間接性

ある催しで、参加者が私はもう上手いダンサーの踊りを見て面白いと思えなくなったということを言っていたのを時々思い出す。 自分のことを動的な関係性そのものとみるのではなく、完結した、閉じた主体だとみなすとき、自分は環境に対して(一方的に)働きか…

私の探究・研究相談室レポート 回復が回復する 探究と時代からの解放

昨日の私の探究・研究相談室では場についての話しが比較的多かった。 世間一般では、主体というのは個人のことだと思われている。が、僕の認識ではむしろ場のほうが主体なのではないかと思う。 なぜなら個人が更新されていくために場が必要であるだけではな…

人間化の過程 意味から解放された場所としての人間

昨日の読書会。 フレイレは、人間の使命とは「より全き人間であろうとすること」だろうという。しかし「より全き人間」という言葉がまるでピンとこない。全きとは言葉通りにとるなら、完全で欠けたところがないということだろう。 完全。結局そういうものが…

フレイレから「生きづらさ」を考える

あらためて、フレイレを通して「生きづらさ」を考えてみるとどうなるだろうか。まず「生きづらさ」という言葉について、『居るのはつらいよ』の東畑開人氏はSNS上で次のように述べている。 「生きづらさ」という言葉って、心理学ブームが下火になり始めた200…

使い捨ての関係と体験の剥奪

読書会を一緒にやっている河本さんの投稿から。 www.facebook.com 自然のものなので野菜ができる具合は常にばらつきがあると思う。畑をやっているとできるときは過剰なほどできる。しかし受け取り手の需要は決まっている。ということは、こういうお任せ型で…

2020年畑オープン日のお知らせ

京都のらびと学舎では、2020年6月〜11月の間、畑のオープン日をもうけます。月曜日のおおよそ11時〜14時の間に岩倉幡枝町の畑にはだいたい誰かがいるので、畑の様子を見物したり、希望があれば作業に参加したりできます。 これは特に何かを教えたり伝えたり…

大きな畑を

岩倉の畑をはじめたころからお世話になっている方が高齢になってその方の畑もぼちぼち終わろうかというようなことを話されているそうだ。 いつも野菜や苗を自家消費以上にたくさん作って人にあげられている。その量が多すぎていつももらいきれない。何の銘を…

フレイレ 真正なる言葉 「パチンコは賭博ではない」から

フレイレの読書会。 別の2つの読書会でも僕はフレイレをやっているので、三重にフレイレをやっている。 フレイレは以下のようにいう。 行動の欠落は空虚な言葉主義を招き、省察の欠落は盲目的な行動主義を招く。真正ならざる言葉は現実を変革する力をもたず…

心の攣(つ)りに対してできること

日常で出会うこと、連想したことなどがきっかけとなって、これまでもなんども繰り返さてきた苦しい感覚や責められる感じなどが再現され、一度その状態がくるとなかなか元に戻らないとき。 筋肉が攣(つ)って、しばらくどうしようもなく痛みを経験させられる…

ブルーシートの服について(1):非礼拝的オーラを読んで

山口さんの文章を読んで、生きているものとは何かについて、もう一度整理したくなった。 note.com 僕は去年、ある読書会でピーター・シンガーの『動物の解放』を読んだ。僕が担当したところは、鶏や牛や豚が工場畜産の現場において、人間の経済性のためにど…

揺り動かしにいく 君島久子「ほしになったりゅうのきば」

中学以前は割とよく本を読んでいたけれど、その後読めなくなった。大学になっても日常的に読めるのは絵本ぐらいの文量で、それがしんどくない限度だった。 文化心理学という講義があって、絵本や民話の分析がレポート課題になった時があり、長谷川摂子作、片…

すでに巻き込まれている世界で

読書会で発表者からシェアされたことを振り返る。 フーコーによる自由主義と新自由主義の違いが話されていたのだけど、自由主義の段階では、あくまでも国という枠組みの下に資本があったけれど、新自由主義においては国と資本の立場は逆転し、資本が主人とな…

他者を受けいれるとはどういうことか

「階段の上の子供」という谷川俊太郎の詩がある。 階段の上の子供 谷川俊太郎 階段の上の子供に君は 話しかけることが出来ない 泣くことが出来るだけだ 階段の上の子供が理由で 階段の上の子供に君は 何も与えることが出来ない 死ぬことが出来るだけだ 階段…

ことばを獲得していくこと

日本ではパウロ・フレイレはあまり浸透しなかったとされる。 そこで思い出されるのが、知り合いの年配の教員の方々が話されていたこと。彼らによると林竹二は、部落差別への向き合いではなく、(学校)教育の充実を選んだという。 林は、社会「運動」のよう…

第三者の取り戻し 意思でコントロールする対象としての「自然」ではなく

当事者研究的に人間について考えてきて、人間はそもそも欺瞞的なものであって、個人であっても組織であっても、自分ではその自己疎外性(自分で自分をダメにしてしまうこと)を乗り越えることができず、それを破壊する存在である他者が必要であるという認識…

hanare×Social Kitchen 田中美帆「おどりが方向を変える時」へ

最寄りのカフェ、ソーシャルキッチンにてDIY読書会にもきてもらっていた田中美帆さんの個展「おどりが方向を変える時」がはじまったので行ってきました。 hanareproject.net 「おどり」は田中さんが飼育されている文鳥の名前でもあるとのこと。タイトルから…

4つ目の窓 植松被告の死刑判決によせて

植松被告の死刑判決。 ふとジョハリの窓が気になった。ジョハリの窓は格子に区切られた4つの自分を表したもので、自分も他人も知っている自分、自分は知っているが他人は知らない自分、自分は知らないが他人は知っている自分、自分も他人も知らない自分の4…

プリズン・サークルとラップのワークショップ 心と表現の連動 乖離を埋めていくもの

プリズン・サークルの坂上香監督がラップのワークショップについて公開投稿されていました。 www.facebook.com 3/8、プリズン・サークル x ラップワークショップ@横浜黄金町から、感動醒めやらず。昨晩は、ラップで、しかも初対面の人ばかりでサンクチュア…

償い(atonement)とは、ともにある(at one with)こと

映画「プリズン・サークル」の坂上監督が雑誌『世界』で連載されているとのことで書店に並んでいた『世界』の3月号と4月号をとりあえずもらう。 www.iwanami.co.jp 3月号にはTC(回復共同体)の実践を行なっている非営利団体アミティの代表のインタビューも…

波風に応答する社会へ

昨日はDIY読書会。 酒井隆史『暴力の哲学』の発表からは、一見すると非暴力で治安がいいような社会のようにみえても、実態は強い弾圧や抑圧が存在する社会の状態は「擬似非暴力状態」であるという視点の紹介があった。 平和学における消極的平和と積極的平和…

ジャンル難民発表会 発表原稿 生きることの当事者研究

<プレ発表で以前に投稿したものに加筆したものです。> →3/2再度編集しなおしました。 ◇なぜ「生きることの当事者研究」か? 生の主体性の取り戻しと「苦労の社会化」が環境を新生させる 当事者研究は、社会福祉法人浦河べてるの家からはじまったもので、専…

2回目のプリズン・サークル 機械と震え

京都シネマでの最終日。 prison-circle.com 平日の4時開始だったけれど、受付近くではこのために半休をとって来たというような話しをしている声も聞こえた。 2回目のプリズン・サークルは体感としてはあれよあれよと進んだ。あれ、もうこのシーン、このセリ…

閉じた監獄を破綻させていくために

実際のところは知らないけれど、SNSなどで日系のホテル・ニューオータニではなく外資系のANAホテルが自律性を保てたという指摘が興味深かった。日系だと現秩序が全てになっているわけだけれど、圧力がかかったとしても外資系だと政権が沈むのに自分も付き合…

プリズン・サークル 忘れられた楔(くさび)

友人たちと「プリズン・サークル」を観てきました。島根にある官民共同の刑務所で行われているTC(回復共同体)の取り組み。感情を乖離させ生き延びてきた受刑者が自分を、そして他者を、痛みを感じる人間として取り戻していく様子が描かれていました。 映画…