降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

「当事者研究」批判と自分が「当事者研究の会」をしていたことについて

4年前から2年間ほど「当事者研究」の会を主催していました。今回その時に参加していたメンバーからその責任と自分の言動について指摘を受けました。当時、べてるの家や「当事者研究」についてはその価値を多くの人に知ってもらいたいと思っており、ブログやSNSなどでも肯定的に紹介していました。

 

しかし、べてるの家や「当事者研究」について知っていたことといえば、ネットや書籍などで発信されている情報だけだったといえます。5年前にべてぶくろで性暴力被害と「当事者研究」による被害隠蔽の働きかけがおこったことも知りませんでした。

 

自分の投稿や紹介からべてるの家や「当事者研究」にアクセスし、そこでハラスメント的な経験を受けたということは聞いていませんが、そのようなことがおこらないとはいえませんし、聞いていないだけで実際にはいる可能性もあります。自分もまたべてるの家や「当事者研究」の問題に加担した一人であり、責任があります。

 

また自分の「当事者研究」批判によって、自分自身が開いていた「当事者研究の会」において、その人はいいと思っていた経験が否定されたと思われることなど、当時の参加者にとって批判には加害性があるのではとも指摘されました。

 


当事者研究」参加者がそこで回復的な経験をすること、その人自身が大切に思える体験をしたことはその人にとって尊いことであり、それを否定するつもりは全くありません。

 

これは「当事者研究」を鉤括弧にいれて表記するようになったこととも関連します。括弧にいれているのは、「当事者研究」と呼ばれるようになったものが、本来もっているはずだった理念や実践しようとしていたことがあったのではないか、そして今の「当事者研究」は少なくともそのようなものではないのではないかという批判の意味をこめています。

 

括弧にいれること、そして批判をすることは「当事者研究」と呼ばれるものがもっていたかもしれない本質的なエッセンスを受け継ぐことはできるのではないかという思いがあるからです。

 

もうそれを「当事者研究」と呼ぶことはしないにせよ、「当事者研究」的なものは本来どのようにあったらよかったのか、またどうしたら本来的に目指されたものとしてあれるのかを考え、見出していくことが、本来的な当事者研究に対する自分なりの敬意であり、同時に自分のやったことに対する向き合いであると考えています。敬意をもつからこそ、現在の展開や歪みを批判しています。実践の場自体の価値を否定しているわけではありません。

 

べてぶくろが告発後に世間に向けた反省アピールを行い、それで「火消し」ができたと踏めば後はそこで言っていたこともやらずに事件への向き合いを放棄していること、「当事者研究」がリーダーたちに私物化されて、企業に売られ、上から提供される自己理解ツール、本末転倒の管理ツールみたいなものにもなろうとしている今、当時は自覚的ではなかった様々な問題を認識しています。

 

上記の問題に加えるなら、それはマジョリティ属性の高いものにも「当事者研究」が活用されるようになるとき、そこでおこる「回復」は、結局は多数派社会の不均衡の補完の効果をもつことであり、「当事者研究」が自身が所属する社会環境や「コミュニティ」の歪みを問えず、「当事者研究」の実践によってその価値観が追認、強化され個々人に押しつけられる問題などです。

 

「当事者」とは何なのか、なぜ「当事者」カテゴリーを用いないとマイノリティは発言や思考を社会に相手にされないのか、場で作用する権力性、「リーダー」たちにイニシアチブを奪われてしまわない実践とは何か、問題がおこった時、業界や関係者が沈黙し、被害者が孤立し社会的に消されていく問題、マジョリティ性の高いものによる「回復」の場所が自己完結に終わり、結果として不均衡な社会構造の補完となること、コミュニティや社会環境自体の歪みに向き合えるようになることなど、考えなければいけない課題、こえていくべき課題は数多くあります。

 

これらのことは、被害者の方が数多くの負担や新たに生まれるであろう二次加害を引き受け、それでもべてぶくろ性暴力事件を告発してくれたことで、ようやく気づかせてもらえたことです。それまでの間ずっと、「当事者研究」をふくめ、べてるの家が生み出した理念や実践を批判的にも検討することを怠っていたことを反省します。そしてあらためて、本来的に「当事者研究」が向かうべきところがどこだったのか、現状の問題がどこからきているのか、どのように個々人が奪われた「主体」を回復していくことができるのかを考え続けていきます。