降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

11/28ワーキンググループのあとに考えたこと

世間が当事者に発言の資格を認めるのは、当事者が痛みを持っているからだと思う。たとえ傍観者となっている人でさえ、痛みが発露されるその瞬間には釘づけとなり一体となってそこに没入してしまう。それは自身が自身から乖離させた痛みをその人が自分の代わりに引き受け、自身の内奥で止まってしまった時間をその瞬間だけ動かしてくれているからではないか。

 

「観客席」という言葉が提示される。常野雄次郎さんの言葉からのものだという。「観客席」に座っている間、自分は世界でおこっていることと自分が一体であることを乖離させる。あれは自分が直接関わることではない誰かのことであり、自分にはそこに関わる資格もないし、また義務もない。世界から直接に応答を受けることもない代わりに、そこに関わる煩わしさや代償もない。疎外された自分と世界との関係を更新する応答の喜びではなく、煩わしさと関わることに付随する余計な代償がより少なくなること。それが世界に絶望した者に残される代替的な希望なのだろう。

 

どれだけ多くの人が自分がとうの昔から絶望しているとさえ知らないことか。乖離させられた感情は自身ではもうそれをとらえることができない。ただ自分の代わりにその痛みを引き受けた他者に出会うときに、その人が痛んだぶんだけ、殺されていた自分の時間がよみがえる。自分と同じ目にあわせる復讐もまた、相手に自分の痛みを再現させて、自分の止められた時間を動かそうとすることだろう。

 

当事者性とは、痛みに応答する主体となることだと思う。しかしその痛みはその当人だけのものではなく、同じ苦しみをもつ人たちに共有されている。人間として扱われず、時間を止められた人が自身の尊厳を取り戻すことは同時に、同じ苦しみをもった人たちに応答することとなり、同じように時間が止められる人を再生産するいびつな社会構造に亀裂をいれることとなる。

 

自分がいつの間にか座っていた「観客席」から立とうとするとき、穏やかで同じことが繰り返されていた自分の閉じた世界がおびやかされる。安定した死としての、自分の閉じた世界への安住がおびやかされる。恐怖を感じると同時に、死ぬほどに倦んでいるこの閉じた世界を終わらせたいという気持ちが生まれる。

 

現社会環境において、個人は強いものがつくるものに疑問を持たず、「社会」については既存の支配者にゆだねる。個々に孤立した消費の主体であることは歓迎されるが、思考の主体や応答の主体であること、強いものを強いものとして維持するための社会構造に異を唱えることはうとまれる。抑圧に埋没し、自分もその社会構造と一体化したほうが「楽」なのだ。自分自身を痛みごと乖離させて同じことを繰り返す機械になったほうが。閉じた世界はそうして形成され、強固にされていく。

 

個々人にとって、この社会での日常はあたかも実験動物たちがそれぞれのケージにいれられて一生を送るのと同じものになっている。人は実験動物と違い、ケージはなく、自由にどこでもいけるのだが、実験動物にとってケージによって仕切られた空間が世界であり、全体であるように、個々人も世界や社会全体のことなど考える必要はなく、仕事場と家庭など、自分が関わる限定的で部分的な、ケージのような空間が全てになるように社会構造から強く迫られる。

 

社会構造によって限定的な日常に閉じ込められ、現社会環境により従属し適応することを迫られる個々人は自らが直接に世界と関係を結び、そこに応答関係を作り出しながら世界との関係性と自分自身を更新していく主体であることが疎外される。近代以降、個人は考える主体であり、意思する主体とされるが、その「考え」や「意思」の自律性は自分自身が直接に世界と応答関係を作りだしていくことによって生み出される。

 

決まったケージにいれられ、自分に必要なものを世界とのやりとりから生みだすことよりケージ環境の維持が全てになった個々人は、自分の考えの自律性をもつ以前の状態であり、個人以前の状態であるのだと思う。仕事上で卓越したリーダーであればどんな歪んだことをしても自分個人の判断から批判することができず放置され、自分がどう生きていったらいいのかを知るためのツールをリーダーに作ってもらう。個人主体と言いながら、個人を個人以前にすることで、社会は人の精神を家畜化し、消費しやすい状態にとどめる。社会関係の不均衡は更新されないままになる。

 

この現状を抜け出ていくために必要なことは、個人以前にされた個々人がまず個人に戻ることだろう。そしてそのような個人は、ケージのような限定的な空間のみを自分の全てとしてそこへの適応に閉じこめられ、個々に孤立した「社会疎外主体」であるところから、あてがわれたケージの外の世界全体との応答関係を取り戻した「社会主体」に回復することによって取り戻されるだろう。

 

社会主体となった個人は、ケージの外全体を世界だと知っていき、同時に自分と世界とは隔絶することのできない一体性のもとにあることを知っていく。毎晩ベンチにいるからとうとまれて殴り殺されたホームレスと自分が無関係であるとは思わないし、自分がそのホームレスになる可能性がないとも思わない。現社会環境を前提とせず、自分ごととしてその環境を更新していく責任を自覚する。ケージの外の世界全体と直接に応答関係を作っていくことは、個々人に義務ではない、応答としての責任を取り戻させていく。

 

自分を「安全」に楽しませてくれていたように思えた「観客席」は自分が世界と応答関係を作りだしていくことによって生まれる喜びと信頼を犠牲にしていたのだ。苦しみを最小限で終わらせることこそ希望であるという絶望に生きていたとき、自分に流れこんでくるエネルギーはわずかであり、そのわずかなエネルギーを温存しようとするとさらに保守的になる。そこでは他者はイレギュラーであり、温存の邪魔をする存在だ。

 

だが世界と応答関係を作りだしていくとき、世界から自分へとエネルギーは大きくなる。保守的な温存ではなく、世界との応答性が維持されてさえいれば、あくせくしなくともエネルギーは勝手に流れこんでくることがわかる。重要なのは世界に開かれたあり方ということになる。世界への信頼は応答関係をつくりだすことでより疑いのないものになっていく。

 

個人以前の状態から個人が取り戻されるときも、その変化を支える動機は痛みであるだろうと思う。痛みは自意識に否応無く応答的であることを求める。痛みは自分がそれまで通りの自分であることを許さない。既知の世界に舞い戻り、それまでやってきたことの繰り返しに戻ることを許さない。そして痛みは他者を揺りうごかし、共鳴させる。ある人の痛みの発露は、別の誰かの乖離させられていた痛みを取り戻すきっかけを与える。

 

個人の自律性の獲得とは、社会によって疎外され、乖離させられていた当事者性の取り戻しともいえるだろう。当事者であることは、思考を誰かにお任せにし、与えられ、決められた範囲での文脈だけを自分の全てとすることではない。痛みを、リーダーによってではなく、自分が応答するものとして取り戻すことが当事者性を獲得することだろう。

 

社会から一方的に規定され、主体であることを奪われた人たちが痛みの主体を取り戻していく取り組みが「当事者研究」であるのなら「当事者研究」は限定的なツールの確立で終わることではないだろう。リーダーたちが「当事者研究」をツールとして限定化し占有してしまうことで主体の取り戻しが疎外されることが気づかれた今、この状況によって痛みの主体となった当事者たちがこの状況を乗り越え主体を取り戻していく「当事者研究」を生み出していく過程にあるのだと思う。

 

当事者性とは何なのか、組織やリーダーに場や人が受動的にされ、支配されてしまうときにどうしたらいいのか、そのようになってしまう環境の歪みを補う仕組みとは何か、問題がおこったとき組織外にいる第三者がどのように被害者の声が消されないサポートができるのか、必要なものやことを誰かに考えてもらい、用意してもらうのではなく、自分たちなりにあるもののつぎはぎや手づくりで間に合わせていくあり方を考えていく。

 

 

 

11/20ワーキンググループをふりかえる

今日行われたワーキンググループで考えたこと。

 

1 べてぶくろ、近代、社会運動内部において繰り返される人権侵害、当事者からの経験の簒奪などについて

→ 浦河べてるの家の存在から自分自身は多くを得た。しかし性暴力被害の隠蔽に当事者研究を使い、被害当事者や自らのあり方の再吟味に向かいあわない姿勢に大きな疑問と失望を感じた。当事者が制度に奪われた主体を取り戻していくのが当事者研究だったはずだが、主体を持っているのは「リーダー」たちであり、当事者たちは受動的に「リーダー」たちの作った枠組みに従っていたり、従わされているのだった。誰かに作られたものを繰り返すのではなく、思考の主体性、自律性を取り戻していかないのならば、主体はいつまでも「管理者」たちに奪われたままだということだろう。

べてるの家関連の大会に参加したとき、自分たちのマイノリティ性にはやさしいけれど、女性蔑視や異性愛主義、学歴差別などに関してはむしろ一般と同程度かそれ以上にひどい水準ではないかと思ったことがあった。その抑圧によって、場にいれなくなった人たち、排除されていった人たちがいるだろうと思った。「責任」を曖昧にすることが個人が回復していくにあたって有効であるとしても、そのあり方は本当に新しかったのだろうか? 人権意識の低さが顕著で、既存の差別構造へ向き合う意識は見当たらない。そこは個人の自律性や人権意識がまだない前近代の「大家族」だったのではないか。「大家族」が主体であり、目的であり、幸せの根源であるので、そこでの個々人は「大家族」に同調し、恭順することが当たり前なのだ。向谷地親子やべてぶくろスタッフRの被害者への言動は、被害者の「大家族」への恭順の正しさをまるで疑っていないところから発せられていると感じる。

 

だが「大家族」への回帰、前近代への回帰は本当に救いなのだろうか? 精神障害をのぞいた既存の抑圧や差別が大手をふってまかりとおるところで、社会関係の不均衡を問わないところで、人が人間らしくなっていけるだろうか。まるでそうは思えない。

 

個々人は前近代への回帰や「大家族」への回帰ではなく、現社会のいびつな権力勾配、社会関係の不均衡を問い、既存の社会に同化した自身と環境を更新していく主体であるところに本来の生が取り戻されるのではないだろうか。

 

また当事者研究は講座として企業に販売されるものになった。当事者研究は誰のものか?当事者研究の理念は誰のものか? 「リーダー」たちにとってそれは自分たちのものなのだろう。だから自由に売れるのだ。それはあまりに当たり前なのだろう。当事者の経験の簒奪だという意識が生まれないほどに。

 

「リーダー」たちが主体化するとき、当事者たちは単なる資源になり、背景として受動化する。奪われた主体はどのように取り戻されるのか。まずは当事者たちがこの問題において、「リーダー」たちに所有されてしまった理念を自分たちで再定義し、提示していくことにあるのではないかと思う。医療に決定された病名を自己病名に変えていったように、「リーダー」たちのものになり流れる血を失った理念に対して、自分たちの血の通った理念を再定義すること。

 

そしてその理念は「リーダー」たちに再び主体を奪われてしまわないために吟味され、更新されたものとして作り出される必要がある。それは自分もまた「リーダー」のようになって同じことを繰り返さないために、自らを問うための理念でもあるだろう。

 

理念はいとも簡単に形骸化され、「リーダー」たちに所有されて管理や抑圧、利権の強化に使われる。だから理念には人間が欺瞞的存在であることが前提され、その欺瞞の肥大にあらかじめ釘をさすものが必要だろう。自分が「正しい」立場であるというように解釈できるような理念はあらかじめ排除される。

 

社会における他者の問題のなかに自らの問題をみつけ、その問題に対して応答していくことによって、非人間たる自分は人間化していく。フレイレは人間の本質を変化のプロセスそのものにおいた。以下は僕の考えだが、人はもともと非人間であり、自身のマイノリティ性に応答しているとき(それは社会主体として生きているということだ。)だけ変化の過程にあり、人間化していると考えるべきだろう。真っ当である時のほうが少ないかもしれない。実態として正しさに胡座をかいていたり、自分を無自覚に正しいものと位置づけているならばその時点で人間として間違いなのだ。「正しさ」や「いいこと」を背景にして抑圧に無自覚になり人権侵害を繰り返す様々な場所の「リーダー」たちからは、まずその「正しさ」や「いいこと」という羊の皮を剥ぐナイフが必要だろう。そしてそのナイフは個々人それぞれによって思案され、作り出されていく必要がある。

  

自らのあり方と乖離しない理念づくりの主体、何が向かうべき方向なのかを自らイメージし、それを社会環境に提示する主体、自律的に思考する主体、組織や「大家族」のなかで個の自律性や尊厳を実質的に放棄させられている個人が自律性や尊厳とはなんであるのかを自ら探り確かめるなかで、個人としての自分を形成していく主体が取り戻されていくことが必要だろう。

 

 

2「ワーキンググループ」がどのようなものであったらいいか。

 

→ワーキンググループは自分に必要なことをやる場であり、同時に学びの場であるという設定にする。両者のバランスが崩れると「やるべきこと」の強制がされたり、自由に物事が考えられなくなりやすいと思う。「自分なんでこれやってるんだろう」、しかし「やらなければならない」としまうと、もうそこに自分のプロセスは動いていない。加えて学びにとって重要なことは、お互いが探究的であり、お互いの学びのプロセスが自然と動くように、お互いに尊厳を提供しあうやりとりであると思う。

 

→やりたいことの呼びかけは気軽に行われていいし、自分の余裕次第で複数を同時並行的にやっても構わない。

 ex. 破れた着物の繕いをしなくてはならないがなかなか一人ではやる気がおきない。この指とまれでちくちく系話しの場(おやつを食べる場でもよい)有志を募る。格式ばった内容の学びである必要はない。むしろ自分が一人でやっていては停滞してしまうようなことを積極的に「社会化」する。

 ex. メッセンジャーでのやりとりをきっかけに、日曜日に学びについてのワーキンググループを3人ぐらいでやることになった。ワーキンググループは臨機応変に、即興的に行われていい。

 

→あるワーキンググループは定期的に行われてもよいし、一回限りで終わるものでもよい。重要なことは、自分におこっているプロセスが動いていくかどうか、自分の「時間」が動いていくかどうかであり、そこにそぐわないと思えばすぐに解散できることにあらかじめしておくと余計な停滞がおきにくい。学びにおいて重要なのは自分のプロセスにフィットしているかどうか。

 

→ワーキンググループを行うにあたって、自分が最低限そこで何を得られるか、何ができるかはあらかじめ考えておく。先述の繕いのグループなら、全部はできなくても袖の部分だけは繕い終わるなどと考えておく。趣旨を曖昧にすると、やった時は高揚感があっても、何をやったかが一ヶ月二ヶ月たったあとで自分で確認できないようにもなってしまう。そういう曖昧な状態のままにしておくと、次の別のワーキンググループをやろうというときに、前にワーキンググループやったけれど結局何をやれたかがわからないという経験があるため「ワーキンググループやって何か意味あるの?」というリアリティが生まれ、動機が激減してしまう。最低限のやることをやるのがワーキンググループ。やったけど何だったかわからないことは、たとえ自分の意識を誤魔化しても疲弊として蓄積されることを踏まえておく。

 

3 ワーキンググループの意義

 

→ ワーキンググループの意義の一つは学びのプロセスの取り戻しであるといえるだろう。自分に実際におこっているプロセスに応答するかたちでの学びは、フレイレの批判する預金型教育とは真逆のもの。

→ ワーキンググループをつくり慣れる。最低限やることを決め、同時にお互いに探究的であり、尊厳を提供しあう学びの場であれば全てワーキンググループと考えていいだろう。自分のデザインでいいし、自分がデザインし調整することに慣れる。ある学びがおこるためには、その学びのプロセスが動いていくにフィットした環境調整が不可欠。環境調整、環境設定をどう今おこっているプロセスにフィットさせるかこそが学びのプロセスがすすむための肝。個々人がいいワーキンググループを作ることに慣れてくると、あちらこちらで同時多発的にワーキンググループが行われるようになる。すると、自分にあった学びの環境が増えるし、一つのグループに依存してしまい、自分の自由やプロセスが左右されてしまうことが防げる。

 

→ ワーキンググループは学びを媒介させながら自分に戻っていく場所。学びを趣旨とせず、今の自分の安全安心のみを目的としたりすると、結果的に場が停滞し、いびつになっていく。また自分に戻っていくということがないところで自分に学びのプロセスがおこったりもしない。

 

現社会環境においては、個人主義などと言っても組織内では同質性が求められ、個人として環境に意見するなどということはおこりにくい。個人の自律性などいらないものとされているので、実態としては個人は自分の考えをもつ以前、自分の感覚をもつ以前、まだ個人以前の状態だと思われる。ワーキンググループは学びを媒介させながら個人を形成していく個人形成の場。その個人は「自分の生活」に閉じた存在ではない。個人は自分が社会そのものであることを実感し、自分を形成するために社会環境の問題に応答していく「社会主体」になっていく。

 

個人形成の場はそれぞれの個人の手づくりによって作られるものであるだろう。なぜならば自分のプロセスにフィットした媒体を自分に提供するのは自分個人しかいないからだ。たとえば、知り合いは詩を書く人だったが、広告の裏紙のようなものにしか詩を書くことができなかったという。詩など書いていない、重要なものなど書いていないというリアリティの設定をしないと、その人は詩を書くことが難しかった。もしその人が自分のプロセスが動くためのフィットした媒体を手探りすることなく、いくつもの「詩を書く市民講座」に行ったところで詩は書けないままだったのではないかと思う。自分のプロセスに対しては自分が感じとり応答する必要がある。自分のプロセスに対して、より適切なワーキンググループを作ろうと試行錯誤するリハビリの経験は自律的で応答的な個人としての自分を形成していく。

 

→ 既存の大きな組織、確立したグループに依存している状態を分散させる。組織にはもともと自己防衛、異質性の排除の傾向があり、「成員の意識的な努力」でそれを補えないことが多い。組織内部でいかに健全さを維持するかではなく、組織外に問題を考える場が必要。旅にでてようやく客観視できる日常があるように、個人はその環境のリアリティにのみこまれてしまう。外部で、利害関係者のリアリティに干渉されないで問題や違和感を感じなおし、整理することで健全な感覚がようやく生まれてくるだろう。

11/8 リードイン 感想

リードイン。

リードインは鶴見俊輔がやっていたとされる集まりで、他者の言葉と自分の言葉を持ち寄って場にシェアするもの。(しかし実際の場に出たことがないので、決まったかたちを知らず、色々実験的にやり方を微調整しながらやっている。)

 

今回は自分が一参加者の立場で新しい人たちと出会う。

 

持ち寄られたことばは全くバラバラであるようで、場にはぼんやりとだが、名づけられない星雲がかたちづくられていくようなプロセスが生まれている。


場に出てくることばによって自分に残っている問いをもう一度考える。緒方正人さんが重要だと考える「ひとりであること」とはどういうことなのか。タゴールは、誰も呼び声にこたえなくても/ひとりですすめと書いたそうだ。そのひとりとは何だろうか。

 

自分を風船にたとえて考えてみよう。その風船には穴が空いていて、空気を入れてもそれが抜けていく。抜けていく空気を補うために世間が提示するものに従っても抜けが止まらない。穴がどこにあるのかは、自分も他人も気づいていない。そして穴に気づいても、その穴をまさに埋めるために必要なリペアキットは世間にはまだ存在しない。

 

抜けていく空気のあり方がどのようなものであるか、そして穴がどのように埋められるのかも全て自分自身で探り確かめられていく必要がある。場当たりのものでごまかすのではなく、本当にその抜けの終わりを求めていくならば。

 

世間は既に自分が知っていることの範囲で、そしてとても巧妙に、世間自身に都合のいいかたちで個人がやるべきことを提示してくるだろう。だが世間はつまるところ既知に閉じた反応であるだろう。その反応とは世間自身のあり方を変えようとするものに対する抵抗であり、世間の欺瞞を塗りこめることにとても都合がいいことへの諸手をあげての迎合だ。

 

穴を埋めていくためのひらけはどのように生まれるのか。自意識とは閉じた既知であって既知におさまることをやっていても自分に騙されて状況は変わらない。結果として自分が変わらないためのアイデアが状況をひらく「名案」としてどんどんと出てくるのだから。

 

ひらけは自分の既知の外にある他者への応答をきっかけとして生まれる。今度は埋める穴ではなく、あける穴だ。頑強で閉じており、欺瞞そのものである自意識に距離をとる。閉じた牢獄が揺り動かされ、今の閉じた繰り返しのままではもう成り立たなくするような状況を設定する。

 

他者への応答は、どんなものに対してもできるものではない。というか、応答は本質的には「おこる」ことであり、やることではない。応答がおこるところで、自分と世界の関係性が変容し、世界との応答関係が回復していく。

 

純粋に自分のために埋めたと思う穴も実のところは自分だけにおさまってはいない。むしろ他の人は発見できなかったからこそ他の人の穴を埋め、回復のきっかけをもたらす。

 

自分がどうするかという自分に閉じた思考ではなく、世界や他者の存在を前提にした「応答」として考えることで堂々巡りは終わる。「応答」を前提に考えることで実際的な思考になる。

 

緒方さんは加害企業であるチッソの会社の前にひとりですわりこみをしようとしたとき、実際の行動にはいるまでに半年ほどの時間を要したという。逮捕されるかもしれないし、石を投げられるかもしれない。しかしただひとりで「自分をさらす」ことの必要性を緒方さんは直観していた。

 

他者としての、プロセスとしての変容は、緒方さんに対してチッソ前で自分をひとりでさらすということを求めていた。変容していく自律的なプロセスは、自分が向き合うべき苦しみであり、この固まった自分の不本意な繰り返しを終わりにするように自意識に圧をかけてくる。自意識はこの圧がどこからくるのかを知らない状態から圧に対して応答していくことでこの圧の源をやがて知っていくようになる。

 

ことばによって一旦世界の大部分が既知の延長にすぎないものとして対象化されるとき、生きていた世界は死ぬ。まどみちおのせんべいが紹介されていた。

 

せんべいがもの言わないなどと思っているのは大人だけだ。

子供はせんべいを食べるとき,一々せんべいの言い分を聞くし,

又自分も返事をしてやっている。


だから子供がめんこのように大きいせんべいを持っている時など,

余り二人仲がいいので,どちらが子供やらせんべいやら分からなくなる。
まど・みちお『煎餅と子供』

 


ことばによって全てを対象化してコントロールしたい不安と本来の応答関係を生きることは相克する。大人として生きることは世界の大部分を過去として、変わらない、死んだ世界として相手することなのだろう。


他者である変容のプロセスに応答することは、閉じた自分を揺さぶり終わらせることであり当然の抵抗がある。しかし自分自身を自意識ではなく変容のプロセス自身なのだという実感が強まっていくとき、自意識のもっともらしい拒否の理由が自分がうんざりしている過去の繰り返しにひきもどすものでしかないことがわかってくる。

 

緒方さんの「さらす」ことは、自意識の頑強な牢獄を守ってきた理由を捨てることであったのではないかと思う。今まで自分が背負ってきた「正しさ」や「揺るがなさ」に守られることを自分の救いのために捨てる。自意識は自分を直接変えることはできない。ただ変容のプロセスが求めていることに対し応答することで、牢獄であった自分自身を終わらせていくことができるようだ。

 

リードインでは、田中小実昌の「オチョロ船の港」も紹介された。主人公は島で「阿呆らしい」と言いつつ放尿する女性の姿に衝撃的に出会う。主人公の予期の範囲をこえた、自律的な他者との出会いは、ブーバーの「我ー汝」関係そのものではないかと思えた。「我ー汝」関係は、素晴らしいとか、そういう既知の間尺におさまることではなく、自分の閉じた世界が他者によって解体され塗りかえられてしまう出来事をもたらす関係であるのだと思う。

 

あと思ったのは、たとえ自由に話していいと言われていても、参加者は思いつきを話すことに抵抗がある。これを喋っていいのかなと思い、これは面白くないかも、場の文脈にあわないかもと思って抑えてしまう。理想的にはことばによる許可だけではなくつい話してもいいかと自我の抑えが弱くなる場の状態が生まれてくることが重要だろう。

 

自分がその時に思いついたことは、身体が場に応答しているのであり、自意識でなんでこれが言いたいのかとかを理解してからいう必要は全くない。むしろ何かの実感を持ちつつ、何がどういう脈絡なのか自分でもわからないようなものの表現は周りの人や場の状態を直接変えていく重要な要素となる。

 

ついでにいえば、もちろん自分のいうことは面白くないかもしれないが、周りの人にしたってこの場でそこまで面白くてたまらないことを求めているわけではないし、「面白さ」のハードルをあげられたら自分も話しづらくなる。

 

僕はその人が完熟堆肥のような、自分の中で整理され反応が終わりつくしたことが話されるよりも、よりリアルタイムで、今その人のなかでおこっているプロセスをことばにのせていればそれで十分に興味深いと思うし、言語的に説明されてなくても伝わってくるものがある。また「隗より始めよ」で、ああこんなこと話しても大丈夫なのだと周りが感じるのも重要なので、探究的に今の自分のプロセスをことばにのせることは場を消費することではなく、肥やすことだと自信をもってもらいたい。

南区DIY読書会 『環境と対話 地域と当事者を繋ぐ試み vol.2』 発表原稿

10/12(月) 南区DIY読書会

発表:「環境と対話」研究会編 『環境と対話 地域と当事者を繋ぐ試み vol.2』

前置き:「環境と対話」研究会は『性暴力と修復的司法』の著者である小松原織香さんが主催する研究会。研究会は関東と関西で行われていて僕は関西で行われる際には参加している。(コロナ流行以後は集まりは休止中。)ピーター・シンガー『動物の解放』や宇井純『自主講座「公害原論」の15年』などの読書会や水俣の民間団体相思社や滋賀県の石けん運動に携わる方をゲストとして呼んでいる。修復的司法は人間間の対話の技法であるが、小松原さんは自然と人間との間の修復的司法(あるいは修復的正義)という観点をもって前衛的に新しい領域を踏み込もうとされている。

 

 研究会に参加する前から小松原さんには関心があり、ツイッターでたまにリプライしたりさせてもらっていた。小松原さんに関心を持ったのは回復というテーマへの関心、水俣への関心(僕の場合は水俣全般というより水俣の漁師の緒方正人さんへの関心が大きいが。)が通じることがあり、さらに小松原さんが自分の研究をすすめるために既存の領域の外にでて探究されているということがあった。

 

振り返ってみて、もし小松原さんが既存の領域の外に向かおうとされていなかったら、たとえ水俣や回復への関心が共通項としてあったとしても、活発な研究会でのやりとりや自分の感覚や思考が受け止められていると感じることはなかったのではないかと思う。思考もまた一旦誰かに受け止められることによって次に進むと感じる。少なくとも僕個人においては一人で勝手に考えて進めていけるというものではないと思う。

 

研究会のなかでは小松原さんから様々なお話しを聞いたが、印象に残っているのは環境問題というのは、既存の学問領域がカバーできなくなった諸物が投げ込まれるような領域であるというお話だった。既存の考えではもはや対応できないことがあり、それは換言すればこの時代のパラダイムが行き詰まっているということであると思う。

 

その時、先に進んで行こうとするならば、既にあるパラダイムにおさまって研究をすすめることでは、糊口をしのぐには功を奏しても、新たな知見をもたらすことはできない。そして僕は社会問題の当事者というものは、ある種この時代のパラダイムにおさまることでは救われない存在なのだと思う。たとえ世間や既存領域に認められなくても自らが救われるために必要なものにたどりつこうとするのが時代には救われない当事者なのだと思う。

 

世間や権威に承認されなければ意味がない、認められなければ与えられる機会も少なく不利であり報われないともちろん一方で誰しもが思うわけだが、探究のなかで自分が新しいものの見方に更新されることは、自分の精神的な生命力を賦活し、更新する。

 

こと自分に関しては自分の精神的なサバイバルのために自分にあるもの、アクセスできるもので状況を救っていくしかなかったし、その探究自体によって植物が根を深く地中におろし、乾いた表土の下にある水を吸収する力を増すことだという実感はもっている。持たないもの、認められないものが救われるためには、さらに探究すること、探究の環境を整えることが必要だろう。そしてその原動力は自意識の努力というものであるよりは、「存在の飢え」といえる切実さからくるように思う。

 

◇紹介(あるいは感想)
序文「思考が生まれる場」としての研究会 小松原織香
 →「成果」を求めない場として設定した研究会が結果として「成果」を生んだ。「環境について対話すること」ではなく「対話する環境を設定すること」で思考が生まれてくる会になった。第2巻は第1巻に比してもっと自由奔放だ。それぞれが独自の世界を勝手に展開している。

 

【調査報告】小泉初恵(水俣病センター相思社)
既存の社会で自分のいる場所を見つけられなかった若者たちが水俣に「よそ者」としてやってきた。時代の矛盾を集約して受けた水俣には、時代の閉じた欺瞞に亀裂を入れる何かが感じられたのかもしれない。若者たちは生活学校という不便で窮屈な場に理想とのギャップを感じ「騙された」とさえぼやきながらも少なくない人数が水俣に定住し、子どもを育て、そのことで地域に受け入れられてもいく。彼らがもっていた問いとはどのようなものであっただろうか。そしてそれはどのように応答されたのだろうか。

 

エッセイ 動物からのまなざし 広瀬一隆(新聞記者)
同じ言葉を使っていても自分がもっているイメージと他人がもっているイメージはまるで違うものかもしれない。その虚無的な孤立の感覚におびやかされる筆者を救った飼い犬ラブとのやりとり。そして自分を含めてやる気のない学生のために実験動物にされたうさぎの目が自分にもたらした亀裂。また何年もたったあとで実験される猿にみた虚無。動物との交流とは何か。ほかの存在との「意味ある交流」とは何か。「意味」とは何か。

 

回復を越えて:躍動する生命へ至る思考 米田量(自由研究者)
自由研究とは夏休みの自由研究のイメージ。人は自分の最も切実な問いに対しては生涯を通して探っていくことができると思う。それは存在の飢えであり、ごまかしのきかない空虚感であるから。研究が「専門職」のものであると認識させられることは全ての人間にとって疎外となるだろうと思う。当初、何を投稿したらいいかわからず、過去のブログ記事を寄稿させてもらおうと思っていた。

 

しかし、小松原さんから自分が提示した記事だけではなく他の記事まで読んでもらったうえで、このようなことを書いてはどうかと提案され、結局2万字超の文章を書いた。人間が自己完結した個ではなく、応答的存在だということは以前から主張してきたことであったが、まさに自分としても応答として自分のなかのものが出てくるということをあらためて実感した。よく例にだすのだが、学者たちがある地域の語り部を自分たちの場に呼び、話してくれと求めたが、語りは求めをもつ子どもたちを前にしてはじめて呼びおこされるのであり、学者を前にして話してと言われても語り部は困惑したという。

 

内容は中学校からのライフヒストリーをふくめて、追い詰められていく自分の精神がかろうじて生き延びるために考えてきたこと、探究してきたことをまとめるような内容になっている。ライフヒストリーに関しては、個人的には今まで必要な分はいろんな場で語ってきたと思っていたので、その部分にはあまり書く意欲はそれほどなかったのだが、一方で自分の経験として、自分がたどり着いた結論や思考自体よりも過程や体験自体のほうに反応があるのも確かだった。小松原さんからも投げかけがあり、今まで書いたり話したりしたことよりも詳しく、取り扱わなかったようなことも書いてみた。

 

今至っている問題意識は、現社会のなかでは人々が家畜として、つまり生産性という卵を生むニワトリとしてだけ生きればよいと考えられ、卵を生むニワトリ以外のものになる可能性は囲い込まれて思考の自律性が動きだすための契機や整えを徹底的に奪われているということ。

 

これは学びの問題であり、回復の問題であり、人間と文化を否定する根源的な問題であると考える。家畜化された精神にとっては、政権が何をしようが、在日の人たちがどのような抑圧を受けているのか、入管でどれだけ過酷な人権侵害がされていようが関係ない。人々から精神の自律性が奪われ、応答的存在であることが抑圧されている。

 

この問題を不問にしたまま、学校や教育の教育プログラムを変えても、自己中心性と傲慢、一方でシステム依存による個としての無力化は終わらない。一方で、自分としては社会を一斉に全部変えるということを考えていない。その大きな社会というとらえ自体が幻想なのではないかと思う。不本意なシャバのなかで、人間が人間化していける場所、文化のある場所をゲリラ的に、感激を縫って構成すること、水俣の言葉で一時的な「じゃなかしゃば」(じゃなかは否定だと解釈している。しゃばじゃないような場所のこと。)をつくること。救いにいつかたどり着くのではなく、救いを生きるということが救いなのではないかと考えている。

 

詩 STAY HOME 乙女傘(隠れ詩人)
 「STAY HOME」、「猫が鳴いている」、「私は、そんな季節なの。」、「慈歌」、「結論」の5篇の詩。「社会」の圧倒性に対して歪められる個。疎外された個に残った「理性」がノイズとして欺瞞に歯向かおうとする。が、それももはや欺瞞に取り込まれているのか。他者だったものはあっという間に既知に取り込まれ他者性を失う。自律的なものは、それらがお互いを破壊し尽くして成り立たなくなるいつかを待っているのか。どこにもいかない、どこにもいけない。その閉塞とは拮抗であるととらえるならば。

 

文献紹介(水俣病の英語文献)羽田孝之(東西交渉文献史研究家)
日本ではほとんど研究の歴史に痕跡をのこしていない存在となっているPolluted Japan と雑誌KOGAI。これの書物が発刊されるきっかけはストックホルムで1972年に行われた国際人間環境会議だった。深刻な公害が進行しているなかで日本政府は「官僚の手柄話の報告であり、水俣病イタイイタイ病の現実など、どこにもなく、わずかに水銀汚染について、一部に問題が生じたが解決したと一行書いてあるだけ」の報告書を提出しようとしていた。

 

その隠蔽に対して宇井純たちが立ち上げた自主講座実行委員たちは、日本の現状を自分たちでまとめ、発表するという取り組みを行った。これらの雑誌は内容的にも非常に高いクオリティでまとめられており、そのために日本にはほとんど在庫がなくても海外の古書商には残っているものだっという。

 

日本は当時「公害先進国」といえる状況であり、その公害が近隣のアジア諸国に「輸入」されていくという状況にあった。自主講座実行委員たちは、このためこの工場等の設備が稼働すればどのようなことがおこるのかを市民レベルで伝えていた。これらの書物が国際的に果たした役割は非常に大きいと思われるが、現時点での日本の研究においてはPolluted Japan とKOGAI の存在は抜け落ちている。これは自主講座の活動全体を検証し、将来へと発展的に継承する上での大きな問題となっていると筆者は指摘する。

 

感想:アカデミズムの部外者としては研究というものがどういうふうに蓄積されているのかその実情を知らない。イメージとしては、かつてあったことはそれぞれ誰かがきちんとまとめて蓄積されているのだろうという漠然としたものだった。しかし、どうやら実際はそうではないらしい。研究されているものはされているが抜けているものはまるで抜けたままで「歴史」が出来あがっている。

 

1972年の政府の対応や態度は、福島原発をアンダーコントロールとぬけぬけといい、東京の八月の気候を快適と偽った少し前の政権とまるで変わらない。自主講座は国の制度にのらない自主的な集まりであったのになぜここまでの活動を展開できたのか。そしてなぜその活動の全体像の解明が中途半端なまま過去のもののように位置づけられてしまうのか。

 

自分はフレイレイリイチに触れ、林竹二の実践などを見たときに、なぜこれらの知見は現代の閉塞にこそ有効な視座を提供するものであるのに、過去のものとしてさして顧みられることもなく物置に放り込まれているのかという疑問を持っている。なぜこのように壊滅的なほどに相手にされないのか。おそらくその理由は新自由主義において、現体制を批判するようなものよりも人々を管理するために都合のいいものがもてはやされ残るのではないかと思うのだが。

香害と脱うさぎ化 非人間化された状況を人間化していくこと、文化をとりもどしていくこと

カライモブックスさんで香害について話す。自分も行き違う人や隣家からのシャンプーのにおいもきつく軽い頭痛がでる。一方で他の人がきついと思うファブリーズとかのニオイ消しの香料や整髪料はまだ気にならない。男性のニオイ消しはCMで異性に嫌われると煽られ繰り返し宣伝されている。宣伝すればするほど売り上げはあがるということだ。

 

香害の問題は当事者の切実さと非当事者の意識の乖離が激しく、なかなか伝わらないそうだ。「化学物質過敏症」という馴染みの少ない言葉を使うよりも単に「アレルギー」といったほうが伝わるという話しも。

 

見えにくいが、実際にはわりと少なからずの人が周りの人が使う柔軟剤などのニオイによって体調に影響があるが、自分がアレルギーであることをカミングアウトすることも難しく、個々の当事者は孤立しやすいようだ。一方、P&Gなどの製造企業は当事者の訴えに「非科学的だから相手にできない」という態度で話しあいの場にも参加しないという話をきく。

 

一回何かの企画をやろうという話になる。周囲の人に配れるような安全な日用品の購入場所や必要な配慮を簡単に記したものをつくったり、化学物質過敏症の人が孤立しないように相互の存在を目視できるようにワッペンみたいなものを作ってもいいのではないか、とか。化学物質過敏症の方が作っているクッキーなどもあるそうで、周りの人に話しにいく時はそれを持っていくのもいいのかもしれない。

 

自分が当事者でない個別具体的な問題に対しては一般になかなか興味がもたれないが、これをマイノリティがこのマジョリティの社会で非人間化された状況にあるととらえ、非人間化された状況を人間化していくでもあると考えると個々の具体的な事例や行動がそのままマジョリティとマイノリティという抽象的な問題を吟味し、認識を更新するまたとない機会にもなる。

 

非人間化されるとは文化以前の状況におかれることだと考える。文化以前の状況に文化を取り戻すことが、人間化されることであると思う。人間化とは別の言葉でいえば、応答していなかったものに応答するようになること。相互変容する主体になっていくこと。

 

応答的存在である人間にとって、孤立や隔絶は非倫理的状態であるだろう。だからその非人間化された状況にある人に対して、お互いが人間化される応答をしていく。ワッペンをつくるなどは、まずは当事者同士の仲間の確認、孤立意識の緩和というエンパワメントが必要であると思ったからだ。

 

まずは孤立からの解消、その上で次のアクションが派生する状況が育まれるだろう。理解がない人に対してどのように人間として向き合っていくかを一から考えていくことは、同時に非人間化された存在の人間化とはどういうことかを考えていくことだ。

 

様々な文化の定義があるだろうけれど、僕は非人間化された状況を人間化するものが文化であると考える。そして文化とはそのように自分と隔絶したところにあるのではないものだと思う。先の話の場で、藤原辰史『分解の哲学』のエピソードが紹介されていて、ナポリでは新車ではなく一旦壊れて自分が修理したものを価値あるものとみなすそうだが、文化を自分から離れたところに存在するものと思わされていることは、文化の疎外であり、人間の疎外であるだろう。

 

www.suntory.co.jp

 

企業がCMをバンバン流せばその分香料入りの日用品が売れるような思考の隷属的な現状を文化がある環境といえるだろうか。人は自律的な思考や判断や価値観を奪われて、単なる消費者として自分の認識を更新していく主体であることを奪われている。そしてそのことがより弱い存在を踏みにじる。やがてはその順番が自分にまわってくることも知らず。消費者とは消費する主体である以上に社会システムによって消費される客体なのだ。消費者などと気軽に規定され位置づけられるのは人間に対する蔑みであることに気づく必要がある。

 

イエルク・シュタイナーの絵本『うさぎの島』では食肉工場のうさぎたちが個々の隔絶したケージにいれられ、自分が今後どうなるかも知ることなく、疎外された「安心安全」を生きている。あるうさぎは仲間を連れ立ってこの工場から脱出するが、仲間はもはや工場の外に耐えきれず、工場に帰ってしまう。

 

www.ehonnavi.net

 

このうさぎたちは、現代人そのものだろう。用意されたもの以上に考えることを疎外された存在だ。どれだけ多様な商品が生まれようと、精神が家畜化され、非人間化された場所に文化があるだろうか。文化はそのような非人間された状況に対する反逆として一から自分たちで考えだされ、かたち作られていく必要がある。

 

診断名を一方的につけられ、生きるありようを決められるところから、苦労の名前を自分でつけ、主体性を取り戻していくものであった当事者研究は、当事者研究の専門家の一人によって性被害を世間から隠蔽するものとして悪用されてしまった。誰かの考えた枠組みに従うだけでは主体性は回復しない。思考の主体性は、世界と直接に応答関係をむすんでいくリハビリ抜きには取り戻されることはない。

 

繰り返される「人権派」組織内部の人権侵害。これらの問題を専門家にいつまでも任せて自分の考えるリハビリを放棄しているところに先の展開はない。お前はそれだけをして、それだけのことを考えていればいいのだ、と言われるだろう。しかしそれはケージにいれられたうさぎのままでいろということだ。脱うさぎ化していくことが、現代では人間化していくことであり、文化を取り戻していくことになるだろう。

尊重は相手のためか 学びの疎外と文化の不在

読書会や話の場で思うこと。

 

人権や尊重という言葉はあっても中身は空洞化されている。人権とは何か、尊重とは何かはなんとなくのニュアンス以上に知る必要もないと認識されているに等しいだろう。かたちだけの言葉はむしろ実態を後退させ、現状を変えないものとして機能する。

 

読書会でフリースクールについての発表がある。学校とは何かをあらためて根本的なところから問うやりとりになった。

 

学校を終えれば学ぶことは終了するのか。学びとは学校ですることなのか。どれだけよりよい学校に通うかでその後の生の豊かさ、社会的地位や成功が決まるのか。学校とはそのための場所なのか。学校はそこを出た後に「学ばないこと」を正当化する理由にすらなっている。

 

思うに学校の一番の弊害は「学び」を強制されるもの、堪えるものとして認識させ、ほとほと嫌にさせるものとしてあるのではないかと思う。余暇に出世や趣味と関係ないところで「勉強」などするものかという認識をつくって学びを疎外する。

 

本来的に学びの動機は、既知に閉じこめられ疎外される存在である人間がその閉塞に自ら亀裂をいれ、メリーゴーランドの馬に縛り付けられたように同じ風景がいつまでも繰り返される倦みの苦しみを更新したいという、生き続けるうえで根源的にもつものであるだろう。

 

また学びとは応答的なものであって、その人のなかで動こうとしているものが先にあるところで生まれるものだ。その人に何の求めも生まれていないところで既に内容の決まったことが一方的に詰め込まれるのなら、それはそもそも学びとは別のものであり、逆のものでもあるだろう。

 

学びが何であるかを知ることができるのは、強制性から自由になった学校外の場所になっている。自分のなかに一度条件づけられてしまった拒絶反応や自分に対する強制性を落としていく過程を経てようやく始まりの地点に戻れる。

 

鶴見俊輔ヘレン・ケラーとの出会いにおいて、ヘレン・ケラーが「自分は学ぶために多くのことをunlearnしなければならなかった」と話したことを紹介している。鶴見はunlearnを「学びほぐし」とした。

 

一度身につけられてしまった条件づけを落としていくことこそむしろ学びの本質的な要素であって、unlearn(学びほぐし)こそ学びであるだろう。学びとは過去の解体なのであって、ハードディスクにアプリをあれやこれやとたくさんいれて「充実」させていくようなことではない。

 

形骸化したものをあてがわれ、閉じこめられた自分の既知の世界の見え方を変えられない人は、ただ自分だけが疎外されるのではなく、周りの人に対しても自分と同じ価値観をもつことを強制するだろうし、社会を更新していく主体になるのではなく、既にある現秩序の同じ権威に従うことを求めるだろう。

 

現状「普通」で「強い」ものが正しいということを吟味する思考抜きに鵜呑みにして、それに異を唱える人、変えようとする人が「迷惑をかける人」として抑圧される社会環境が世間ということになるだろう。

 

学びは一般のイメージとは違い、更新を求める生命の本質的な動機であるだろう。止まった水が腐るように更新を止めて生きているものとはゾンビだ。ジブリアニメに「飛ばない豚はただの豚だ。」というセリフがあったけれど、学びに関していえば「更新されないゾンビはただのゾンビだ」となりそうだ。

 

SNS上で男性が作った秩序に物申す女性は苛烈なバッシングに晒されることが多い。1945年に女性に選挙権が得られて75年がたった現在でも女性が男性の作っている秩序や価値観に物申すことを許さない社会環境が残っている。女性が男をさしおいて「でかい顔」をすること、つまり対等に意見する存在であることや、思考する主体であるところの男をさしおいて、「生意気」にも思考する主体になることが許せないのが現社会だ。

 

人をして敬意が払われ正当に扱われる「人間」とその必要がない「人間以前」に分ける思考や価値観は、男性と女性における序列化に限らず、ありとあらゆることに複合的にかつ重複累積的に存在しており、社会環境を文化以前の荒野にとどめている。

 

このような現状があるうえで、いい学校を作れば状況がよくなるとか、そこでいいプログラムを作ったり発見したら状況がよくなるということはないだろう。そもそも学校こそが学ぶ場所だと見なされること自体が人間に対する否定であり、侮辱であるのではないだろうか。それは学校を出ても当たり前のように学びという更新が続けられる必要があるということでもある。

 

学びは個々に取り戻される必要がある。それは個人の更新であり、関係の更新であり、状況の更新であり、社会の更新であるだろう。誰かにお任せして自分の思考は更新されないまま、「社会がよくなる」だろうか。

 

学びの本来的な意味と実態が取り戻されたところでは、学びという更新がおこりうる文化的環境、人が「人間」と「人間以前」に分けられない環境の重要性が明確になるだろう。差別や自分の既知の外にある他者に対する尊重のなさとは、文化以前の荒野の環境なのだということが理解されるだろうと思う。

 

人権を守るとは人が「人間」と「人間以前」として分けて扱われることを拒絶することであり、それは文化の基礎だ。それが実態として守られないところは誰かが陵辱されているのにそれを皆で気づかないようにしている、文化の無法地帯だ。文化とは存在へのやさしさであるのだから。

 

尊重とは既知の世界に閉じ込められ、放っておくと自らの自己中心性から自他を疎外してしまう存在である人間が、自分一人では乗り越えていけないその疎外を関係性のなかで教えられるためにある。尊重は自分の矮小な価値観にしがみつく差別意識を解体していくために自分の知らない他者に向き合う覚悟であり、自分が人間として維持されるためのものであるという認識が必要であるだろう。相手に優しくしてあげるためなどという傲慢さ自体が人を「人間」と「人間以前」に分けている意識そのものだといえる。

 

尊重が、ひいては自分が人間であることの維持にあるのであるのであれば、自分の知っていることや自分の価値の外から差別意識を指摘された時に、「自分はそういうつもりで言っていないから」とか、「差別のこと詳しくないから」や「ジェンダーのことは勉強していないから」と向き合いの拒絶をすることは、「自分は(文化的存在としての)人間であることはやめますから」と言っているに等しい。

 

学校ではああいうことを考えたことがあったねとか、あの本を読んだからこのことはもうわかったとか、学びを過去のことにするのではなく、人間とは何か、社会とは何か、文化とは何かを実生活に隠されている実際の矛盾や抑圧を通して問い続けていく必要がある。問い続けることをやめたときに、更新は止まり、何十年でも同じままの思考や価値観が自分を疎外し、周りを疎外していくだろう。学びということを本来自分は求めていたのだと知ることもできないままに。

「理解できる/できない」「愛せる/愛せない」 心理主義をやめることと尊重

自分が持っている「価値観」は自分のものだろうか。理性的な判断と吟味のうえでできあがった妥当なものであり、正当なものであるだろうか。


パウロフレイレは現社会において支配的な人たちの価値観を人々が内面化すると指摘している。強い者への憧れがあり、一旦「有名」になり、既存の支配的で抑圧的な価値観から発言する人はマスコミに支持され、差別言動をしても風見鶏のようにくるくると発言を変えていてもなお支持され、事あるごとに意見が参照される。

 

「強い」ものへの憧れ、「美しい」ものへの憧れといったかたちで、人は今の自分を否定し、よりその価値を体現したところに行きたいと思う。だがそのような「強さ」や「美しさ」とは誰かと比較したうえでできるものであり、人を価値ある「人間」と価値が劣る「人間以前」にすることによってできあがる。

 

自分は純粋に心から憧れているからその価値をもつことがいいと本人は思うのだが、実態としてそこにはまず自分自身が憧れる価値観に対して十分でないというみじめな自己否定がある。強烈な感覚を得るために憧れの対象に同一化しようとしてしまうが、むしろそこでみるべきは、相手の素晴らしさであるよりも、相手の素晴らしさに刺激される今の自分のみじめさであり自己否定であるだろう。

 

比較とは競争であり終わりがない。『白雪姫』の王女のように毎日鏡に問い続け、自分の美しさを確認することは実態としては価値の牢獄にいれられる拷問のようなものだ。より乾いた喉に水が美味しく感じられるように、憧れの対象にちかづく時の強烈な快感は、それまでその価値観を取り入れてしまったことによって否定された分の快感なのだ。なんのことはない。

 

より素晴らしい価値観と自分との同一化が幸せのように思われるけれども、実のところは「強い/強くない」「美しい/美しくない」という内面化された価値の基準から解放され、その基準によって自動的に自己規定されてしまうことから解放されればいい。ある価値観に自己診断されていたところから、単に影響されなくなればいい。気持ちの通りがよくなる。

 

こう書いてしまえば構造は単純であるけれども、自分を含めて人を「人間」と「人間以前」にする価値観から自分が解放されるのには長い時間が必要になると思う。そうすると、社会での生活においては、内面化された差別意識がありながらも、それを可能な限り、人を傷つける場でださないということができることであり、まずはそのことこそが重要なことであると思う。

 

さしあたってはそれが文化的な環境においては最低限のあり方であるだろう。内面までは問わない。内面の素晴らしさが世間では価値とされているかもしれないけれど、重要なことは自分の内面がどうかこうかにかかわらず、まず加害や侵害をしないことだろう。内面の良さを問題にしたいのならば、差別的な価値観がのっている言動の加害や侵害をやめてからのことだろう。それは他者を尊重するということでもある。

 

尊重ということは、自分の価値基準に相手を組み込まないということであり、相手には相手の価値基準があり、自分の思いとは別個の存在であることを認め侵害しないことだろう。尊重とは自分の内面にある相手に対する尊敬などではなく、実際の言動のけじめのことだ。

 

たとえ内面的にどれだけ差別的価値観に侵されていても、たとえば自分の出世のためなどとなればそうでないように一時的に振舞うことはできるだろう。他者と接触しないとき、決して伝わらないときにまで内面からくる行動をやめよとは言っていない。人に対して実際に加害行為、侵害行為となる場でのあなたの振る舞いをやめよということしか求めていない。

 

マイノリティが本当にマジョリティに対して「理解」してもらいたいと思っていると思うなら、それは自分が相手にとって重要であるということをいまだに信じ続けているということだと思うけれど、その肥大化したナルシシズムはどこからくるのだろう。

 

マイノリティである自分を「人間以前」と眼差したり、「人間」より軽く扱ったりみなしたりするような人を重要だとかこの人に「理解」してもらいたいと思っていたりするわけがないだろう。全ては最低限社会的な場においての侵害や加害をやめてからのはなしだ。もし自分に痴漢をやめない人がいたら、痴漢と自分との間に人間的な関係がいかばかりでもあると思うだろうか。

 

尊重とは文化だといえるだろう。内面でどういう差別的価値観をもっていても、一時的にはそれから距離をもち、お互いの差別意識によって相手を加害せず、相手の時間を止めないということだ。自分の内面的な心理がどうかなどにこだわるあなたのナルシシズムはどうでもよく、それに付き合うつもりもはじめからなくて、実際に差別意識の影響が他者に伝わる場でだけ最低限やめてほしいと求めている。

 

誰もが差別意識をもっている。それにもかかわらず、その影響から抜け、さらには「人間」と「人間以前」にわける内面化された基準からいつか解放されようとしている、と仮定することが人間的で文化的なことではないだろうか。そうでないと人はいつまでも内面化された価値基準によって、他者と比較した自分をよりたかめようとする疎外の亡者をやめられないのだから。

 

人を「人間」と「人間以前」にわける差別意識を内面に持っていること自体を問題とみなすことを「心理主義」とか「内面主義」とするなら、「心理主義」や「内面主義」を第一のこととするのは問題がある。なぜなら内面に自分の価値があるので、差別意識をもっていること自体を認められず否定してしまい、さらに問題が陰湿化するからだ。

 

心理主義」や「内面主義」の問題は、実際には自分が社会的に「悪い」意識をもっていること自体を見ないようにしてしまう。また「理解」することとか「愛する」ことなど、情動を伴う感覚を本質的なものとしてしまう危険がある。それらは「自然」な人間の素晴らしさのように思われるかもしれないが、体質的なものにも内面化された価値観によっても形成されるのであてにはならない。

 

自分の内面のいかんを自分の価値とする「心理主義」や「内面主義」ではなく、尊重という文化的なけじめによって人が扱われる社会環境に移行することが重要であるだろう。「好き/嫌い」「理解できる/理解できない」というような自分の延長として他人を理解するあり方には歪みが大きすぎるし勝手すぎる。

 

まずは自分の延長ではない別の存在としての他人を尊重することができるようになったときにはじめてその社会環境は文化的になったといえるのではないだろうか。