降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

2015-01-01から1年間の記事一覧

私塾のネットワーク 続・テーマコミュニティ構想

以前、テーマコミュニティ構想という想像をFBとブログに挙げた。すると特にFBのほうに、僕にしては意外に反響があった。今回、それを少し違った角度からも考えてみた。 テーマコミュニティ構想 - 降りていくブログkurahate22.hatenablog.com カウチサーフィ…

活動報告 チタチタ喫茶憲法教室

上京区のチタチタ喫茶で月に1度、憲法教室が行われている。 店の常連さんが弁護士さんだったことが契機ではじまって、今回で7回目。 チタチタ喫茶 昨日は、14名の参加。初めての方も多かったので、そもそも憲法がどのような文脈でできてきたのか、という…

ほどよい枠組み 相殺の妙 音遊びの会、沼田里衣さんのお話しを聞きに

音遊びの会の代表の沼田里衣さんがお話しされる「自由とは?フラットな場作り」に。 ManART〜学び+ART〜Vol.2「自由とは?フラットな場作り」waon0317.ti-da.net 音遊びの会は、知的な障害がある人と音楽家やダンサーなどが共に舞台をつくりあげる活動をされ…

マッドマックス 怒りのデス・ロードを観に行った 仮の設定

核戦争後の汚染された大地で残された物資を暴力で奪い合う狂気の世界。 マンガ「北斗の拳」の世界設定はこれを取り入れたものとされている。 マッドマックスの世界や世界観については、以前のエントリーでも触れた。 人間のいるところ - 降りていくブログkur…

2段階目の自立

教育でもワークショップでもあるいは運動等でもそうだと思うけれど、不特定多数の人に対して一斉に行うアプローチは、自力をつけ、向かうところを拓くということにおいては、両輪のうちの片輪でしかないと思っている。僕はこれらをさしあたり大きなデザイン…

人の変化について アズワン・コミュニティに行ってきた2

人の変化についてずっと関心を持ってきた。 最初のころは、肯定的な変化を「成長」と考えてきたが、今はその言葉は使わない。このブログの最初のエントリーも『「成長」しない』だった。 「成長」しない - 降りていくブログkurahate22.hatenablog.com できな…

日常

先週は三重のアズワン・コミュニティにまた行ってきた。 前回行った時も書いたけれど、またブログに書くつもり。 アズワン・コミュニティに行ってきた 認識の地味な吟味 - 降りていくブログkurahate22.hatenablog.com その間台風が来ていて京都は避難勧告が…

弔い あるいは影として共にあること

amenomorinoさんのブログで寺地はるなさんの文章が紹介されていた。 新しい本の匂いを嗅ぐ ビオレタ - 六月に雨がamemori.hateblo.jp 寺地さんが物語をなぜ書きたいのかについて。 私はどうして物語を書きたいんやろう、とこれまでずっと考えていたんですけ…

電話

父が耳が遠くなったのでテレビの音が大きいから、夜はわたしは2階に上がってるんよ、と言って電話で母は笑った。 嫌な感じは別にしなかったけど、なんで笑っているんだろうと思った。 強がりなのか、本当に単にその状況が面白いのか。 この間帰ったときは、…

実(じつ)をとる マジックポイントを運用する

今日は大阪でミーティング。 行く途中、線路横の道を歩いていると線路脇にそれぞれの向かいの家がプランターを置いたり、ブロックで土を盛って木を植えたりしていた。それが歩くにつれ、その規模が大きくなっていく。80センチぐらいの大きな石で組まれて、か…

言い方の再設定 「〜ねばならない」から「〜させるわけにはいかない」へ

ある言い方を使って考える時、そこに含まれている前提に気づかないと、その前提に支配される。そこから生まれる結論は、前提のなかに押し込められ、現実に働きかける際に用をなさないばかりか、往々にして一層後退させると思う。 「主体(的)であらねばなら…

用をなす 行き場をつくる

自分に影響を与えた物語を10あげて紹介するという催しが終わった。 ヨコハマ買い出し紀行、ひをふくやまとあおいぬま、がわっぱ、大力のワーニャ、チョコレートをたべたさかな、ダンス・ダンス・ダンス、竜馬がゆく、デッドゾーン、ぼくを探しに、きらめき…

ひをふくやまとあおいぬま 続

今日はシェアハウスの家賃を払いに下鴨へ。 途中、つけ麺ならぬつけうどんの店があった。最近出来た店。 豆腐屋がはじめたうどん屋で、店内では豆腐とか油揚げとかおからとか販売している。食べる席は端っこに寄せられているので、どちらかというと店頭販売…

七墓めぐりに 

陸奥賢さんと手塚夏子さんの七墓めぐりに参加。 無縁仏を祀った七墓のほとんどは現存せず、墓跡のほうが多いけれどそのほうが面白い、と陸奥さん。その場所の現在の姿と歴史の変遷を辿るとき、たとえばその場所がなぜ整理され更地にされたのか、そこを支配す…

回復のイメージ 安藤美紀夫『ひをふくやまとあおいぬま』

今月の12日(金)19時から「オレベステン!」という催しをやります。 「オレベステン!」は、ジャンルを自分で勝手に選んで、そのベストテンを発表するもの。まわしよみ新聞の陸奥賢さんが考案した自分語りの一種。僕は物語を選んだ。 ■6/12(金)19時より「…

オズの魔法使い 世界と自分を分離させるペテンを破綻させる

デニム 「ランスロットさんも、怖いと思うことがあるんですか?」 聖騎士ランスロット 「そりゃ、もちろんだよ。戦いのたびに震えがくるぐらいだ。だけどね、死ぬわけにはいかない、そう思えば、怖さなんてなんとかなるもんさ。」 デニム 「死ぬわけにはいか…

トークイベント「人/動物関係から現代社会を考える」に行ってきた

トークイベント「人/動物関係から現代社会を考える」を聞きに京大のルネへ。80人がきていたそうで、ルネのこういう催しのなかでは一番人が集まったらしい。質疑応答のときも、いい感じの質問がとんだ。 薬や化粧品などの実験用にされる動物。基本的に人にし…

台風なので岸見一郎『嫌われる勇気』を読んだ

雨だったのでアドラー心理学を解説した岸見一郎さんの『嫌われる勇気』を読んだ。対話形式で読みやすかった。アドラー本人の書いたものを少し読みたくなった。 「自己啓発の源流〜」というサブタイトルは、真っ当な内容に対して偏見もたれそうだなと思ったり…

小山田徹さんのウィークエンドカフェに行ってきた

小山田徹さんのウィークエンドカフェに2日の昼と最終日の9日に参加させてもらった。ウィークエンドカフェは市立芸大のstill movingという展覧会の期間中行われていたもので、空き地にティピーがたって、だるまストーブでたき火が行われている。 京の土曜に…

人という約束

人でなしという言葉があるということは、生物学的な人間でも人じゃなくなるということだと思う。人である時というのはどういう時なのか。人らしくという時はどういう時なのか。 人というのは、文化的な構造物だと思う。 自然状態は基本的には強いものが弱い…

道中のデザイン 『モモ』と『漢方水先案内』

「なあ、モモ」と彼はたとえばこんな風にはじめます。 「とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」 彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつ…

ピンボール台としての心

加藤わこさんと月1でやっている催し<たそがれトークバック>、今回は若いころの写真をもってきて語るというもの。 世代というのはグラデーション的なところもあるのかもしれないけれど、割と一つ一つがはっきり分離している層の重なりのように感じる。感覚…

ピンボール台としての心

加藤わこさんと月1でやっている催し<たそがれトークバック>、今回は若いころの写真をもってきて語るというもの。 世代というのはグラデーション的なところもあるのかもしれないけれど、割と一つ一つがはっきり分離している層の重なりのように感じる。感覚…

最近

ユルい井戸コアラ鳩詣というブログで言及いただきました。 自分のプロフィールとか、登録していたグループとかまるで忘れていたのでああ、そうだったのかとか、この時点でこうまとめていたのかとか思った。 「背負わされる人びと」のこと - ユルい井戸コアラ…

過去に属するものとしての正しさ

まわしよみ新聞の考案者の陸奥賢さんがフェイスブックの投稿で、人間の二足歩行は実は失敗として生まれていて、 しかしその失敗のおかげで逆に少ないエネルギー消費で移動が可能になったという事例を出されていた。 何かに対して「正しい」ことというのは一…

循環をつくる

5月の岐阜読書会での発表の仕方について、主催者のしばやまさんとお話しする。僕は職業としてやってないので縛りが少なく、自分のなかですすめたいプロセスをすすめることを催しでやる。あるいは催しにする。 そこから生活費は得れないけれど、お金を得て何…

アシモフ「お気に召すことうけあい」より ロボットとしての憧れ 

以前住んでいたシェアハウスの住人にアシモフの『ロボットの時代』を貸してもらった。 ロボットの時代 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF) 作者: アイザック・アシモフ,小尾芙佐 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2004/08/06 メディア…

人が人になるとき

イギリスの党首会談の記事をみる。 SNPの二コラ・スタージョン http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymik…/20150409-00044664/ 生きものである人が動くとき、そこには生きものとしての切実さがあると思う。 取り繕いはするかもしれないけれど、切実さがなけ…

ブログに何を書いたか

ブログを始めたのが去年の9月23日だったようなので、半年ちょっと書いてきたことになる。 最初のほうは毎日書いていたが、最近はぼちぼち。特に更新間隔にこだわりはなくなった。 同じことを繰り返し書いている。そういうことばっかり考えている。発達障…

岐阜読書会の発表原稿の「はじめに」 水道管のようなもの

岐阜の読書会での発表原稿の「はじめに」の部分を転載します。 発表内容は、去年行った岐阜芸術フォーラムの発表の修正版をもとにしつつ、ヴィゴツキーの発達の最近接領域や、三重のアズワン・コミュニティの体験などを少し加えようと思っています。 このテ…