降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

稽古のレポート2

身体教育研究所の稽古、3回目に行ってきました。

 

野口晴哉さんはいわゆる天才で、できるのが当たり前で説明できない。息子である裕之さんはどうしたら晴哉さんに近づけるのかという問いのもとに設定したのが、明治の人の体≒晴哉さんというものだったようです。明治の人の体がどのようにできていて、そこにはどういうふうに近づけるのか。そう問題設定をスライドすることによって、探究の道筋を作ったようです。

 

裕之さんが、自意識の自動的統制(ひいては西洋的身体観・解剖学的な、死体としての身体観)を打ち消し、本来の状態を体感し、体の統制状態を更新するという工夫を重ねてできたのが身体教育研究所の稽古、型ということになるのかと思います。

 


要点になるのは、二つのことだと僕はとらえました。一つは既にある自動統制状態は自意識の直接操作では統制状態が強まるだけで意味がないので、自意識の統制が外れるように、指の間とか、腕と手首の実感の境界とか、意識をそこに集中させることによって、事実上の統制機能停止状態をつくること。自意識は境界に対して自動的な支配状態をつくることができません。

 

このことによって、体の内部の繊細な感覚、淡い感覚を感じる基盤ができます。さらに感受性をあげるために、両手を使うときは右肩の一点に目があると仮定して両手をみるつもりで感じるというようなことをします。

 


自動統制は外さないといつまでもそのままですが、このようにして自意識の統制状態を外しながら感じると、更新することができる。

 

明治以前の家や道具をみると、たとえば急須などは取っ手が短く、指で挟むように持つようになる。するとその緊張によって体や意識がある状態に導かれる。文化とは、ある一定の体や意識状態を導くように、一点にむかっていわばデザインされているものであり、自意識をその度に使わなくても委ねるだけで求める状態が導かれるものだということだと思います。

 


つまり急須をつくる当時の職人は、理屈を知らなくても、いいと感じる意識状態が作られるように急須をつくるわけです。何をしていても、何を使っていても、その意識状態に整えられるように周りの道具や環境がデザインされている。逆に言うなら、これがいいという感覚が自律的なものとなり、人はそこに導かれるということになっています。

 

人は自分からこれがいいという感覚を整えるために環境や道具をデザインし、次は使った環境がより人を導くという循環関係を生みます。これに委ねることが、自意識という過去が主体となり支配者となる疲弊的な生、閉塞的な生を越えて、自意識という遮断を入れない状態で自然や世界に触れ、そこから必要な取り込みができる状態になるというのがこちらの考えだと思いました。