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降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

糸川勉さんの自給農法の紹介 遊びと仕事の境界

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京都府右京区京北町で「畑の小学校」を主宰されている糸川勉(いとかわつとむ)さんが考案した自給農法を学ぶ月1回の実習を左京区岩倉で行っている。「農業」ではなく家庭菜園や自給自足という一貫性から作物づくりをする。自給農法は、無農薬、無化学肥料で省力的、経済的という特徴をもつ。堆肥は雑草を使い、空気入れという手法によって畑の微生物体系を豊かにする。

自給と「農業」は似ているようで大きく違う。たとえば、自給農法では、畝は120cm幅にとり、通路も同じ幅をとる。このことによって、肥料が少なくても畝のもちが良くなり、通路で生えた雑草は作物の乾燥防止や肥料となる。間引きは大きく育ったものから行う。そのほうが長期的に食べる量が増えるからだ。自給ではなるべく長い時間畑に多種類の作物があったほうがいい。だから夏野菜も霜が降るまで持たせる。こういったことは、経済性を追求する「農業」では成り立たない。

自給の思想は、働くこととは何かについても示唆をくれる。自給の作物づくりの実習のとき、講師の糸川さんは、畑は労働ではない、とよく言われる。苦しいことをして、その代償に余った時間に遊ぶ自由と権利を得るのではなく、暮らしの全体の時間を自分を中心にしたものとして取り戻したとき、一つ一つの営みは自分のなかに確かに何かを蓄積していく。それは楽しみや生き方を自分で創りだしていくことでもある。

世界に直接働きかけ、自分で工夫し、直接必要なものを創りだすあり方と賃金労働の一つ大きな違いがあるとするならば、それはギブアンドテイクでないことだと思う。もちろん運も左右するが、漁のように、得られるものの大きさは決まっていない。大漁のときもある。しかも自分の力でそれを引き寄せてくる力も増える。世界と直接関わることによって、おまけのように、自分が狙ったもの以外のものも得られる。

左京区のキーパーソン加藤和子さんに人類学者の小田亮(まこと)さんの論文をもらった。小田亮さんは院生時代も結構感銘を受けていた人だったので、再び出会えて何か感慨がある。ついでに「遊び」へのまなざしという論文もちらっとみた。

近代が遊びと労働を分けてしまったこと。生活世界において何が遊びなのか、いつどこで遊びが許されるのか、実体的に固定され押しつけられたこと。これが生活世界の植民地化であり、真面目と遊びとのあいだの境界を直接的なコミュニケーションの場において操作していく「社会生活の知恵」が否定されたこと。

そして「コレハ遊ビダロウカ?」というメタメッセージを出しながら、規制、支配をかいくぐる生活者たちの戦術を『ハマータウンの野郎ども』の不良少年の振る舞いの分析から紹介する。 しかし、この戦術、どちらかという「悪い人」のほうが使うのが上手いように思える。。ネット右翼とか、まさにこの戦術でイナゴ的に価値基準を混迷させて下げていく。「良い人」のほうが、硬直していて現実の多層性を受け入れにくく、疲弊していく。生きるしたたかさを取り戻していく必要があるのだろう。

「遊び」へのまなざし ーーー 近代以前の、いわゆる伝統社会では、「遊び」と「仕事」の区別がなかったと、多くの文化人類学者が報告している。たとえば、岩田慶治氏は、北部ラオスの村で調査していたとき、おとなも子どもも朝早く川に水を汲みにいくのを見て、子どもにとっては重労働であるはずの水汲みを苦役というより、じつに楽しそうにやっていることから、仕事と遊びの境目がわからなかったと述べている。 そして、「仕事と遊びの区別がつかないというのは、なにも北部ラオスの村々の特殊事情ではない。多かれ少くなかれ、それが伝統社会における仕事と労働のひとつの特徴だったのである。もちろん、水汲みと米つきだけの話ではないことはいうまでもない。竹籠づくりも、捕鳥のワナ掛けも、魚釣りも、畑仕事も、水田の作業だって、それにたずさわる村びとの気持ち次第で、また、その仕事、その行為にふくまれている風景の枠組み、画面の枠のとり方次第で、労働にもなり、遊びにもなったのである」(『人間・遊び・自然』日本放送出版協会)という。  ーーー

自給農法 畑の小学校ホームページ - 畑の小学校webページ

小田亮論文集 目次 - garage sale

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