降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

巡るプロジェクト思案中

想像だけしていた「巡るプロジェクト」に応じてくれる人が集まり、始動できそう。

 

とりあえず京都や関西の学びの場を巡るということをやりたい。巡ることは人と出会うことであり、それ自体が関係性の変化を引き起こす。

 

「仲良くなりましょう」で誰かと直接友達になる約束なりいい合わせをすることに、そんなに意味を感じていない。「巡る」が目的で派生的に仲良くなったり、何か面白い盛り上がりができるのがいいと思う。

 

結果として、派生的に生まれてくるものが面白いものだ。どんな意外性を持っているかわからない。けれど、もちろん学びの場を巡るというコンセプトがあるので、そういう風合いにはなる。風合いのところはしっかりデザインするのが大事だと思う。

 

大きなコンセプトとしては、エンパワメントとしてやる。

自分のエンパワメントが周りの環境のエンパワメントとつながるというのが、自給的でいい。色んな人や場所に出会うだけで、面白いことがおこり、結果的にモノのやりとりなどのことにもつながってくるだろう。欲しいものは、派生的なもの。派生的なものを呼び起こす必然を提供するのが特定のプロジェクトだ。プロジェクト自体は「巡る」というだけなのだが、「巡る」こと自体が面白いので、派生的なものを直接ギブアンドテイクしようとしない心持ちでいられる。つまり続けられる。続けられれば、派生的なものはどんどんと生まれてくる。

 

目論むこととして

・新しい人と人との繋がり

・今まで行ったことないところに行って視野が広がる

・巡るプロジェクトの派生として人の流れが生まれる

・知り合い同士が仕事や話しやモノを回す生態系

 

論楽社さんや堺町画廊さんとかまずは行かせてもらえないかなと思う。インタビューとかして、思いとか聞いて、手製のコーヒーチケットとかお渡しして、今度はこちらに遊びに来てもらうとか、どういう感じがいいか。

蝕み

徒歩で四国八十八ヶ所巡りをした時があったのだけれど、山に入ると、一人になったという感覚になっていた。街とかだと、たとえ一人でいても、あまり一人という感じがしない。いい意味で、充実する「一人」の感覚だ。

 

一方、僕は孤独という言葉にいい意味をもたせてない。孤独というのは、僕の感覚では物理的にただ一人であることを指しているんじゃなくて、人を蝕んでいくものとしてある。

 

あまり啓蒙が進んでいなかった当時、HIVに感染したダムタイプ※の古橋悌二さんが施設で使った食器は、使い捨ての食器のように一回の使用で廃棄されたことがあったそうだ。

 

京都市立芸術大学の学生を中心に結成されたアーティストグループ。1984年に設立され、京都市立芸術大学在学中から海外公演を含めた活発な活動を行う。建築、美術、デザイン、音楽、ダンスなど異なる表現手段を持つメンバーが参加し、芸術表現の可能性を模索する。京都を拠点とし、海外公演を中心とした活動を行っている。1995年に中心メンバーの一人古橋悌二の死去後も、メンバーを変えながら活動は現在まで続いている。ダムタイプ - Wikipedia

 

今日は、ある催しで初めて会った人に、結婚しなさいよ、と言われた。どうやらヘテロで(まだ)選べる人としての僕という設定をして、ヘテロでなくシングルで年配で先行きが細っていく自分と対照するためにそうふったようだった。

 

ああ、ダシだよね、と思う。言いたいことは自分が憐れで寂しい状況にあることなんだけど。

 

疲れる。人として空虚に扱われた感じがある。酸素がない空気を吸わされてしまったような感じ。こういうのが日常だったり、何度も繰り返されるなら、蝕まれるだろうなと思う。

 

僕にとって、孤独とは実際に害あるもののことだ。その部分から腐らせていくようなものだ。

 

 

 

パラレルワールド 全ての意味が無化するところで

あまり音楽聞くほうでもないし、音楽のことを何も知らないけれど、何となく久しぶりに原田知世のシンシアをyoutubeで見ていて気持ちが揺られる。

 


原田知世 - シンシア


 

顔を両手で覆うと、森の中から水辺や街などに場面が移る。着ている服も変わる。


それぞれのシーンは、思い出なのか、それともパラレルワールドなのか。


森の中や遺跡を歩くときの赤いドレスの原田知世は、ふと苦しい表情を見せる水辺や閉塞感のある街の彼女ではなく、伸びやかに解放されている。

 

森とドレスの取り合わせは、そこで長い日常を過ごすのなら折り合わないものだけれど、触るとすぐ壊れてしまうような危うさや繊細さを感じる。

 

完全に自分のイメージの世界だけれど、「現実」の原田知世は、水辺かあるいは街の人で、ドレスの原田知世は存在しない象徴的な存在にも思える。と同時に、ドレスの原田知世が実は「本体」であって、水辺や街の彼女のほうが、ドレスの原田知世の想像であるようにも。どちらが本体でどちらが鏡なのか、それもわからなくなる。

パラレルワールドは、どっちが実でかどっちが虚とか、そういうこともなくしてしまう。パラレルワールドという設定自体に、無情すぎる相対化、確かさの剥奪、残酷さがある。パラレルワールドで、人は儚く、意味がない。

無限の数の映画館があって、そこで誰も観客がいないままそれぞれの映画が上映されている。それだけ、みたいな世界だ。

 

しかし、そうであるからこそ、逆に生が鮮やかに浮き立つ。全ての意味を無化する世界に、永遠がある。そのたどり着けない永遠を擬似的に体験するのがパラレルワールドなのだと思う。

 

 

のび太 信じられないかもしれないけれど、ぼく、のび太です。

おばあちゃん やっぱりそうかい。さっきからなんとなくそんな気がしてましたよ。

のび太 信じてくれるの? 疑わない?

おばあちゃん だれがのびちゃんのいうこと、うたがうものですか。

 

言葉によって、認識、構成される「現実」の世界。事実と事実でないものが分けられた世界。価値あるものと価値のないものが分けられた世界。だが、人間の原始的な心は、その言葉によって認識された死の世界が全てになってしまうことで、おおかた捨てられてしまうようだ。

ペコロスの母に会いに行く』で、認知症になった母親が叫び声をあげるシーンがある。混乱の最中にあり、しかしこの現在が実は過去からみた夢であり、過去の世界で若い母親が叫び声をあげながら、はっと目覚める。過去の母親の夢として「現在」の認知症の母親がいる。

 

ペコロスの母に会いに行く

ペコロスの母に会いに行く

 

 

言葉によって構成される世界で、「現実」は決まっている。死んだ人には出会えない。だが原始的な心のなかでは、その人は永遠に生き続けている。過去、現在、未来は常に共にある。あるいは、そういう区分け自体がない。

 

 

思い出すと『異人たちとの夏』もパラレルワールドだ。

異人たちとの夏 (新潮文庫)

異人たちとの夏 (新潮文庫)

 

 

 

空虚な「現実」、原始的な心にとっては、「死の強制」そのものとも言える「現実」に対して、原始的な心は絶望し、諦めのなかで生きている。カスカスの干物になって生きている。パラレルワールドにおける時空をこえた出会いは、その虚偽の区分けを想像的に一旦取り除いた状態を体験させる。

 

タイム・ファンタジーというのは、パラレルワールドの一種に入るのではないかと思うのだけれど、パラレルワールドを使った作品の多いことをあらためて実感する。

 

時空を行き来する人が、向こうの世界に行く通路が閉じたり変化することによって、行き来がだんだん難しくなっていく。その時体が幽霊のように薄くなっていくという表現は、『トムは真夜中の庭で』が最初なのだろうか?

 

トムは真夜中の庭で

トムは真夜中の庭で

 

 

ドラえもん』などは、もしもボックスやタイムマシンを使わなくても、道具の存在によって、毎回がパラレルワールド化するマンガであるといえるだろうなと思った。


子どもの頃から、多くのものが退屈だと感じていた。あまりに退屈なので、ちょっとでもそれが紛らわせるものがあれば、すごく面白いと錯覚するぐらい、死んだ退屈の世界にいる。

<2016年12月ー2017年2月総括>

活動記録に続き。

 

自分の求めるかたちで、話しの場をつくる、持つということが、ようやくできるようになってきたように思う。

 

 

バイトと組み合わせて、自給の畑をしたり自給の畑を教えることなどを通して経済や身体の維持、自分として世界と関わる接点はあったけれど、より個人的な、個としての強い求めが満たされていく必要があった。それが話しの場だ。

 

 

求める話しの場ができないのはなぜだったか。

 


自分の特性、適正人数、場の設定の仕方、参加者の話したいこと、興味関心の差異、話す動機の強さ、話すということをどう捉えているか、様々な要因がある。コンセプトの明確化と設定の仕方の調整をしてみたがそれだけでは足りなかった。

 

 

自分自身が対話ができる状態になっていくことと、環境の流れ、環境の整いが必要だった。

 

 

アズワンのコースに参加し、観察の仕方を自分なりに発達させる。アズワンの環境は、自分の考えに応答の場をくれるものでもあったので、自分に必要な栄養を多くここでもらった。必要な栄養が得られれば、自律的な変化のプロセスが進む。より安定し、元気な状態になっていった。

 

 

環境の流れについていえば、自分はどこかとどこかの媒介、何かと何かの媒介を行うことによって、派生的に自分に必要な環境を作るのだけど、アズワンと京都をいったりきたりして、アズワンの人に来てもらう催しを京都で行ったり、鈴鹿でやっていることの紹介をFBやブログなどに書いたりしていると、関心を持ってくれる人たちが現れた。

 

 

コミュニティなり対話なり、人の変化なりに対して、教養の一環みたいな関心じゃなくて、もっと突っ込んだ関心、自分ごととして、当事者としての強い動機とリアリティを持つような人と出会えないと自分のプロセスがすすんでいかない。そういう人的環境を持つこと、繋がっていくことが自分の精神のエサ場として必要だった。

 

 

アズワンアズワンの留学生、本町エスコーラと繋がり、共に企画や場づくりなどをすることを通して、その精神のエサ場としての人的環境が満たされていった。共に活動を展開させていくベースももらった。

 

 

話しの場をつくるということが、僕の強い求めだ。毎日そういう場を持ったとしても疲れない。それは基軸にしながら、その話しの場が成り立つ外枠、外の世界と循環し、エンパワメントされる関係を持つ環境をつくることができればいいだろうと思う。

 

 

定期的に当事者研究の場、リフレクティング・プロセスを学ぶ場を持ち、3月からは熊倉聡敬さんとのエスコーラでのゼミ的な場を設けたいと思っている。あと、2畳大学の梅山さんの留年論文制作に加わる予定。

2016/12/7〜2017/2/21 活動記録

<2016.12〜2017.2.21 活動記録>

12/7 誠光社での西川勝さんと砂連尾さんのトークへ。お二人と久しぶりに会う。楽天堂のむうさんも来ていた。打ち上げに参加して、西川さんに教育哲学者林竹二の話しをふった。世間で奉られている価値でも西川さんはばっさり斬る。どれだけ人を変えたかではなく、自分がどう変わったかを語れ、と。

 

12/10 エスコーラの屋台巡礼。七条から出町柳までの鴨川沿いに移動式茶室がいく。エスコーラに関わる様々な人たちとも会う機会になる。この催しのセンスが、エスコーラのポテンシャルの高さを表わしているなと思う。終点のみけねこ食堂には超満員の人。

 

12/12 岩倉畑で年間を通して自給農法を学ぶ場、のらびと学舎の忘年会。のらびと学舎で関わる人は、農というカテゴリーをこえて様々な活動をしたり、協働をしている。畑の外の活動をお互いにより知り合う機会。オープンダイアローグのリフレクティング・プロセスをこの場でやってみたりした。新鮮に感じてもらったようだ。

 

12/15 エスコーラでお話し会。実験的な話しの場を数回重ねてきた。その後1月に一旦解散し、リフレクティング・プロセス研究会、当事者研究会に分けることに。

 

12/18 竹内レッスン。講師の瀬戸嶋さん自身が変化の過程にあるときに、自分が関われるというのもここに通いたい動機だなと思う。レッスンでは身体と心を同時に扱う。瀬戸嶋さんが言うように、ここでされているのは調律だと思う。

 

12/28 縁がつながり、ダムタイプのブブさんのお庭の手入れの作業に年に何回か行っている。西成の活動、BreakerProjectのお話しなど興味深い。

 

2017/1/14
オープンダイアローグの研修会。リフレクティング・プロセスをまた体験する。主催者のいさくさんと、京都で活動の場所を作ることを相談していく。

 

1/15 エスコーラお話し会。秋ごろより続けてきた実験的な話しの場の解散を提案。当初、当事者研究当事者研究に関わらない自由研究(2畳大学の留年論文のようなもの)を一緒にやっても良いかと考えたが、それは無理そうという実感。

 

 

1/21 かぜのねでの高江報告会。同じ職場の方が発表者だった。かぜのねは、こういう集まりに向いているなあと思った。中規模で、様々な社会的な問題を考えるような。自分自身は、「社会」を相手にして「市民」の盛り上がりを作り変えるアプローチを考えるほうではなく、この指とまれの小規模自給自律ユニットの各地での立ち上がりとその相互交流による文化圏の発生が状況を変えるような気がしていて、そういう感じのことに体が動きやすい。

 

 

1/23 上高野での当事者研究の集まり初回。時間の足りなさは、別の形で補う必要があるだろうと思う。人数が多くなったときの対応もまた考える必要がある。

 

 

1/30 上高野、五右衛門でのアドラー心理学勉強会に参加。お子さんをお持ちの方々が学びにきている。子育てをしながらの自分の時間を持つことの難しさを実感。アズワンのようなところでは、お母さんが話す時間は、子どもは別の場所で誰かがケアしてくれる仕組みがあるけれど、そこまで整えるのは難しだろうなと思う。

 

 

2/3 エスコーラ。当事者研究と自由研究を分けて、別々の枠組みでやるかたちに。

 

 

2/4 ちいさな学校当事者研究第一回。人数4人で最適人数。時間は4時間ほど取れるので、それなりに話せるが、個人的な実感ではまだまだ足りない。

 

 

2/6~8 鈴鹿へ。当事者研究に演劇的手法を加えたアプローチを実施中。演劇的手法が観察に有効であることは研究会に参加した方達には感じてもらえたかと思う。

 

 

2/10 陸奥さんの劇札を京都のKAIKAで開催。演劇関係者の方が結構多かった。その後、エスコーラでもここでやり方を学んだ佐々木さんが実施されたようだ。

 

 

2/13 上高野第二回当事者研究。枠組みは、まだ調整中。人数の多寡、話しのあり方など、考えていく必要がある。

 

 

2/14 近江八幡へ。話しの場をどう作るか。自分が何をやりたいのかを対話とカードを使って整理していく手法をやってみる。単純だが、割と有効という感じ。カードにして頭の中のものを出せば、思考がぐるぐるせず、考えが整理していける。

 

 

2/16 エスコーラ当事者研究。6人の人が集まった。人数は多いと話しがコアになりにくいようだ。グループを分けることに決定。木曜エスコーラ枠は、当事者研究ではなく、リフレクティング・プロセス枠にする予定。

 

 

2/18 ちいさな学校当事者研究。ここは固定グループなので、安定度はある。対話しながらカードを利用して観察をすすめる手法の検討。

 

 

2/19 当事者研究大会の実行委員の第一回ミーティングに参加する。関西の当事者研究に関わる人たちにふれ、少し全体的な状況を知る。

 

 

2/20 エスコーラ読書会。「聖なる経済学」を読む。著者はやや欧米的、キリスト教的価値観もあり、そのあたりは鵜呑みにせず、批判的にも読む。今回は第一部のまとめ。当たり前になっている暮らしや経済のあり方を再考する。

 

 

2/21 エスコーラで形而上学クラブ第一回。参加者は3人で対話型のやりとりができる。山口純さんがパースの思想を紹介しながら、博論で研究したことをさらに発展させていく感じか。参加者も日常と思想を照らし合わせながらやっていく感じになるのか。これからが楽しみ。

酵母を満たして ちいさな学びの場をつくること 当事者研究大会のミーティングに行ってきた

当事者研究大会の実行委員会の初回ミーティングに参加させてもらう。

 


2016年の大会は別の予定があって参加できなかったけれど、大会の雰囲気やあり方自体に衝撃を受けて強い関心を持った人も少なくなかったようだ。ミーティングでもそういう感想がちらほら聞かれた。

 

 

去年は、実行委員会のミーティングの雰囲気がそのまま大会の雰囲気に移行していたような感じだったそうだ。

 

 

ミーティング、1時間ずつの休憩も参加者に優しいと思ったけれど、雰囲気がまさにいい感じだった。こういうふうな場の状態を表す言葉として、一般的には「ゆるい」ぐらいしかないなあと思う。

 

場に対する世間のボキャブラリーの少なさは、一般の関心の低さのあらわれなのか。場がどうであるかよりも、やり方、方法の方が重要で、そちらの方ばかり意識がいくのだろうか? 

 

「ゆるい」だけではすくい取れないものが多すぎるなあと思う。

 

場は、単にどのような価値観でもどうでもよくて、言いたいことが好きに言えればいいという感じでは不十分だ。そういう場はどこか虚しさや人との距離の方が募るのではないか。

 

成熟した場では、どのような自由な発言があっても、お互いがキャッチボールする気がある。「自由な」発言する人も、気持ちのキャッチボールを前提として投げている。

 


これは「そうしなければ」というルールを自身に課しているという感じではない。ルールを自分に強いると緊張がおこり、自分から見た「ルール破り」の人にも苛立ちがおこる。

 

成熟した場とそこにいる人をたとえるなら、見えないけれど、場に満ちている酵母を自分にも満たし、その酵母の動き、求めを感じ、動けば気持ちいい、というようなイメージ。自分ではなく、その酵母が持つ自己増殖の自律性にゆだねられるように、場を整え、酵母が育つ感じをメンバーが共有する。

 

そういう状態での「自由な」発言は、場の風通しをよくし、明言されてなくても、見えなくても、なんとなくみんなが守らなければいけないような気になっている場の規範を破綻させる。

 

当事者研究大会に関わる人には「支援者」側の人も含まれているのだけれど、「支援者」という役割の強固さはしかし、あらためて根深いなあと感じる。降りるのは、他人じゃなくて、自分なんだけどなと思う。自分が降りていく人が発する雰囲気、「酵母」の方が、人にとって「支援」的だし、「援助」的だということが少しでも多くの人の感覚になればいいなと思う。

 

ミーティングに参加してみて、関西という地域だけでも、多くの場所で、当事者研究がされていることを知る。何年も続けられてきた研究の知見、成果を伝えたいという発言も聞かれた。

 

非常に重要なことだと思う。当事者自身が見つけたやり方の方が実際的で、知恵にとみ、通り一遍の専門家のアプローチや考え方を超えている場合はあり、むしろ福祉やケアの常識やパラダイムを塗り替えるものだってある。

 

シェアしていいものは、積極的にシェアされたらいいと思う。そこで「鵜呑みにする人」の存在が問題視されるかもしれないけれど、当事者研究する人同士、学ぶ人同士が知見をシェアするぶんには構わないのではないだろうか。学ぶ人は、知識や認識を更新する人であって、提示されたものを自分で吟味する人だ。

 

独創的な知見がシェアされることで、これまでやりとりが薄かったグループにも人の交流がおこり、循環が活性化するだろうと思う。大会だけでなく、それぞれに研究成果を発表する場を定期的にもうけるならば、学びはまた多くの人に伝わっていくだろう。そのことによって、個々のグループだけでなく、全体としての盛り上がりが生まれるのではないかと思う。

 


僕は、当事者研究の一つの大きな意義は、それが精神障害発達障害などの特定の「当事者」に限られたものではなく、「福祉」の領域に限定されたことでもなく、すべての人、生きている当事者が専門家や権威が必ずしもいなくても、自分たちで学びの場をつくり、学びを進めていけるという事実の提起であると思う。

 

福祉に限らない社会問題、政治問題、資本主義の問題、それらの根本的な向き合いに必要なのは、それぞれの場所で自分たちのちいさな学びの場をつくることであると僕は思っている。

当事者研究 気の通路をつくるものとして

東山区の本町エスコーラで大地の再生講座が3/4にあるらしい。畑の小学校の市川ジャンさんからよくお話しは聞いたりしていて、とても興味深い。岩倉の畑も手を入れてもらったりした。

 

 

基本的な考え方は、既にある詰まりをとり、空気を通し、水の流れを良くすれば環境は変化していくということなのだと思うけれど、個人としての人間にもまさに当てはまるなあと思う。

 

 

僕が思うに、重要なのは気の詰まりをおこしているものを取っていくこと。気は自律的な循環をしている。少しでもとればその分循環は活性化する。すると、状況に対してより耐えやすくなるし、展開の契機になるような創造的動きもあらわれるようになる。

 

 

日々の当事者研究をやる意義はここにもあって、ひっかかりや葛藤を頭にだけ滞留させず、早めに外に出して、書いたり人に言ったりすることで、気の循環は全然マシになる。

 

 

気(持ち)の循環に焦点をおき、その一貫性で暮らしを整えていけば、むしろ「問題」があり続けていても自分の状態は以前より良くなっているということだってあるだろう。

 

 

周りの人とどのような関係性であれば気の流れは良くなるか。話しの場が、どのようであれば気の流れは良くなるか。そもそも全体的に気の流れがよい状態であるにはどうであればいいか。 

 

自意識の好みや記憶、思い込みやイメージは、気の流れとは別のものとしてある。私とは自意識ではなくて、自律的な気の流れであるとするなら、結構次にやること、やらなくていいことは見えてきたりする。

 

 

循環が言わば本体なのだとしたら、滞りをなるべくおこさず、むしろ今の詰まりを取っていくことをやる。意識しなければずっとそこにある固まった詰まりを取っていく。

 

 

投資するのは、この気の循環に対してなのだとわかる。ここに投資したエネルギーは増えて返ってくる。気の循環を犠牲にしながらやっていたことが馬鹿馬鹿しくなる。

 

 

当事者研究は、自分の認識のシステムを観察し、変な状態があるなら、それを明らかにして取り除いていく。無自覚に、自動的にできてきた認識のシステム、反応のシステムをメンテナンスしていくことだと思っている。

 

 

この勝手にできた認識のシステム、反応のシステムに人は翻弄されてしまう。ここに意識的に光をあてることで、放っておくと変わらない部分の気の通路を整えていくことができる。