降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

もう感じられなくなった自分のかわりに 人として回復していくことの業

人は自分で自分を疎外していくことを避けられない。

そこに考えが至ったとき、気持ちが救われた。

 

自分という場所に肯定的なものをかき集めようとすることが「自己肯定感を高める」だろうか? 一時的にはそうかもしれない。だがそれはいつでも風に吹かれて自分という境界線から外に出ていく。

 

操作主体としての自分、自意識にアイデンティティをもとうとすることは、もっと美しいものが現れる不安に怯えながら鏡に自分が世界一美しいかと訊き続けて安心感を得ようとするようなことだ。

 

「すること」や「得ること」に強迫的に駆り立てられてしまっていること。問題はそちらの方にある。肯定的なものを得るとき、奪われる恐れがもれなくついてくる。得れば得るほど潜在的な恐れは蓄積されていくだろう。肯定的なものを得るのではなく、内在化され無自覚になった否定・強迫を取り除いていくことに回復がある。

人は自分で自分を疎外していくことを避けることができないというのは、ネガティブな見方であって、否定性を自分から背負うようなことに思われるかもしれない。だがそれはゆだねる存在としての自分を認識することだ。孤立した自分で背負えば追い詰められる。ゆだねれば精神は閉塞しない。呼吸を失わない。

 

否定や強迫は獲得されたものだ。だからそれらを手放していく。自分自身を殻を持ち孤立した自意識としてではなく、関係性そのものとして、獲得以前の状態に戻っていく。

 

フレイレの言葉に触れながらあらためて、人は抑圧を自然と内在化させるものだと思った。無自覚、無意識、鈍感とは、より深い抑圧をさしている。今現在痛みを感じているマイノリティは、内在化させた抑圧を意識上に再浮上させている。一方、マジョリティが痛みを感じていないとは、痛みがないのではなく、より深く抑圧されているのだ。

 

翁長知事が東京に会談にやってきたとき、一番ショックだったのは、口汚い右翼の攻撃ではなく、沖縄におきていることに何も関係なく、何事もおこってないように銀座を歩く人々の姿であったという。フレイレは被抑圧者がアメリカでもブラジルでもチリであっても同じように自分の世界の現実を否認する答え方をすることに気づいた。

 

「やっぱりラテンアメリカの街頭じゃないかな。英語は、われわれがそこにいって教えたのさ。いや、それともアフリカの街かな。」
「どうして、ニューヨークじゃないのかしら。」チューターが訊ねた。
「ここは合衆国だよ。こんなもんがあるわけないでしょう。」写真を指差して、かれはいった。

 

長い沈黙がつづいて、やがて、別の一人が話しはじめた。なにか重いものを自分のなかからひきずり出そうとするかのような、苦しげな口調であった。「認めなくてはいけないのじゃないかしら。これが私たちの街であることを。私たちはここに住んでいるのよ。」


階級として、そして個人としての自分の存在を引き受けて、現実とのたたかいにコミットしないかぎり、こうした状況にさらされた個人は、自分にとって屈辱と思われるありのままの現実を、否認しつづけるほかはないのだ。

 

自分の現実を恥ずかしいと思うのは、かれらが支配階級のイデオロギーを内面化しているからであって、このイデオロギーにしたがえば、かれらは無能であるがゆえにいまの状況におかれているのであり、その責任はもっぱら本人自身にあるということになるわけだ。

 

どの集会の参加者にも共通に見られたのは、「自由への恐怖」であった。現実からの逃避、真実を糊塗することによって、それを手なづけようとする虚しい試み。         パウロフレイレ『希望の教育学』

 

抑圧は、痛みを自覚することによって意識に浮上する。自分のものとして認識される。それまでは歪つに軋みながらも、人は意識上は痛みを感じず、現実認識を自動的に逸らす。その抑圧のあり方は、支配層や翁長知事が見たような「無関心な大衆」に対してだけのものでなく、全ての人に共通するものだ。


そのように意識下に送られ、内在化された抑圧から人が回復していくことは、どのようにおこっているだろうか。その意識化は、抑圧された自分自身の内からの気づきであるよりも、自分のかわりに傷つけられた誰かの痛みや苦しみを、逸らすことができないまでに目の当たりにすることによっておこっていると思う。

 

自分のかわりに深く傷つけられ、苦しむものの姿を目の当たりにすること。その痛みや苦しみを伝えられること。そのことによって、痛みや苦しみは意識化され、自分と関係ない誰かのものから、自分のものとなる。自動的な抑圧を避けることができない存在である人間が、なお人として回復していくためには、誰かが自分のかわりに傷つき、痛み苦しみ、そしてそのことを自分に提示してくれることが必要なのだと思う。

 

昨日のブログで上野千鶴子さんが自分の発言の誤りを認めえたのも、根底には北田暁大さんが「泣きながらその痛みの提示をされたからではなかっただろうか。

 

彼はこの初出にあたる『SYNODOS』(2017年2月21日)の原稿を「泣きながら」書いた、とあった。「あの上野が」という失望感が書かせたものだと思う。失望感は期待の裏返しでもある。
本書でも「心より尊敬してやまない上野氏に、最大限の敬意をもって『お手紙』を書かせていただくことにした」[本書P31]とある。これはその「お手紙」への返答である。断絶を前提として書かれたわけではない、信頼と敬意を伴う批判なら、それに応答するのが、わたし自身の「最低限の礼儀」だろう。

 

北田さんは辛辣に書く。「『私は残念に思うけれども、現状をみていると、多文化主義に日本は耐えられそうにないから無理』というのであれば、『私は残念に思うけれども、現状をみていると、日本の家父長制は強固だから変えるのは無理』という理屈も通ってしまう」[本書P 37]
わたしは性差別の解消について理想主義を失ったことがないのだから、人種差別の解消についても理想主義を失うべきではなかった。

 

wan.or.jp



人が誰かを攻撃することには、自分の潜在的な痛み、苦しみを誰かに与えるということがあると思っていた。自分のもつ苦しみを無理矢理にでも味あわせ、「共感」させようとする。そうでなければ自分がもたないほどの状態になっている。上野さんが「現実主義」に埋没して弱い人たちを切り捨てる発言をしたこともまた、彼女のなかに高まる苦しみがそれをさせたのではないかと思える。

 

自己疎外を避けられない人が人として回復していくために、もう感じられなくなった自分のかわりに傷つき、痛みを引き受けてくれる存在が必要だ。そしてそこに関わることによってその傷つきと痛みは自分のものとなり、人は抑圧から解放されていく。人は無力であり、人であるためにどこまでも世界に依存している。このリアリティに戻るとき、人は肯定性のかき集めという強迫からの解放されるだろうと思う。ここに肯定性をかき集めても仕方がないのだ。既に抑圧され感じられなくなっているのだから。

南区DIY研究室読書会 『「被抑圧者の教育学」を読む』第2章

南区DIY研究室読書会。

 

今回は、里見実『「被抑圧者の教育学」を読む』の第二章と山口純さんによる身体教育研究所の『白誌』の発表。

 

『「被抑圧者の人類学」を読む』も一章ずつ読むのだったら毎回発表できるし、読むのと考えるのがちょうどいい。自分たちでやる読書会なのだから一回に一冊まるごとが読んでまとめなければということもなかったのに今まで思い至ってなかった。

 

第二章は、預金型教育について。知っている人が知らない人に一方的に教える、いわゆる普通の教育がフレイレのいう預金型教育だ。銀行型とも呼ばれるが銀行も多機能化しているし、より単純な預金行為のほうが本来の意図にあうだろうとのことでこの訳になったとのこと。

 

ーー
ただのレコーダーにすぎない生徒たちは、その伝達された内容を、辛抱づよく受け入れ、記憶し反芻する。預金型教育においては、生徒の行動にふり当てられるただひとつの余白は、預託されたものを受け取り、それを記録して保管することだ。
ーー
この過てる教育において、とどのつまり、保管されて死物となるのは人間なのである。保管物になるということ、それは探究と実践のプロセスから除外されるということであって、人間は、もう人間ではありえない。
ーー
教師と生徒は、自らを記録保存庫に閉じ込めるのだ。ゆがんだ教育によって創造性、変革する力、知るという行為が消えていけば、それに比例して教師と生徒の閉塞はすすんでいく。
ーー
知るという行為の本質は、人間が世界のなかで、そして世界と他者とともにおこなう、安んずるところのない、内心に突き動かされた絶えざる探究、不断の発見と再発見のなかにこそあるのだから。それはまた、絶えざる希望の探究でもある。
ーー
(里見)多くの教室では、先生の話すことを大人しく聞き、黒板の文字をノートに写し、それを暗記するのが、すなわち学習、ということになっています。そのようにして学んだ知識がどこで活かされるかというと、その活動の場はただひとつ、試験であって、全ての学習はテストで測定される「学習成果」の数値工場をめざしておこなわれています。めでたく試験に合格したら、学んだ知識はその瞬間に無用のものとなります。学ぶということは所詮そういうことなのだと教え込むこと、それが学校教育の「隠されたカリキュラム」なのです。
ーー

 

預金型教育が教えこむのは、その内容以上に、権力に従い、自分からの探究をやめ、認められることを動機の基準とする態度なのだろう。ドラマという教育手法は、産業革命時の一斉一律教育体制の導入の際、アーティストたちが子どもたちがロボット化されてしまうことを懸念して作り出されたときく。

 

里見は、教育の本質は抑圧であるが、その抑圧をずらし、反転させ自由と解放の行為に転換していく可能性をフレイレは信じていたと述べる。里見は『学校を非学校化する』という著書なども出しているが、僕には里見はそれでも制度化された学校教育の外に出ることはあまり考えてないように思える。

 

もちろん学校教育を変えることによって状況の改善をしようとする流れはあっただろう。しかし、それがどれだけ功を奏したのだろうか。学校の管理統制、従う人間づくりへ向かう規律訓練はむしろ強化されているぐらいなのではないのかと感じられるのだけれど。

 

僕は外の可能性を追究するほうが現実的だろうと考える。そこでみんなが一斉に変わるとかいうことはない。一斉にみんなを変えようとか、多くの人が変わらないと意味がないとか、いまだにそういう一律とか全体を基準に考えるマス思考から脱して、その場その場で、小規模で自律的な生態系があちこちで生まれるということで十分であると思うし、逆に現実的に考えるならそういう方向性のほうが展開可能性があるだろうと思う。

 

今回の発表で、いのちの時間というふうにいのちという言葉を使った。イリイチのいう資源としての個々に所有された生命ではなく、その人におこる変容更新の自律的プロセスとしてのいのち、と設定した。今までいのちという言葉はあまりにも欺瞞的に利用され過ぎていると感じていたので抵抗があったが、息づいているものを表現するのに、今のところそう表現するのが近い気がした。

 

フレイレは人は効率や概念に圧倒され、モノとしての時間を過ごす時間のほうが、むしろ失われた時間なのであると指摘している。その時、人はたとえ刺激に覆われていても、いのち、すなわち息づき、変容していくプロセスとしての時間を失っている。いのちの時間は止まっている。

 

大見村でおこなわれた漆喰塗りの話しがでた。ただひとつの効率や合理性を優先して、最小の努力で最大の「成果」をあげるなどと考え、一人一人に同じやり方を要求するなら、それは苦痛でしかない時間になるだろう。だが効率にも強制されず、所有にも関係なく、それぞれが自由に自分のあり方でモノとの関わりを探究していくなら、それはその時間自体がいのちの時間として流れ、息づいているのだ。それは自然と次への動機や展開を派生させる。

 

いのちの時間は、それが流れていくこと自体が充実であり、自意識に変容をもたらせていく。だが疎外を内在化させる社会において、いのちの時間を流していくことは、工夫なしには不可能だ。なにが自分のその時間を止めているのか。それを知ることなく向き合うこともできない。受動的存在になった人は、環境に埋没し、いのちの時間を流す存在としての自分を失っている。

 

埋没した状況から頭一つ抜け出し、いのちの時間を取り戻していくためのリハビリが必要だ。そのプロセスが感じられるのは、普段支配されている効率や強制が打ち消された空間においてであると思う。そのような空間をあつらえ、そして動き出したプロセスをすすめていく。それがプロセスとの対話、いのちとの対話であるだろう。そのやりとりがされているとき、自分がある。

 

素晴らしい達成や、リカバリーの後の生が本当の生なのではない。いのちの時間が流れだすように、必要なことを知り、整え、踏み出していくという過程そのものが生なのだ。達成とは過程の死であり、別の過程を必要とする。めぐることで腐敗しない水のように、生は流れめぐるプロセスとしてある。

対話がおこりうるためのポジション お互いが変わりましょうという傲慢を抜けて

対話とは何か、しつこく考えている。この言葉がどのように使われているかを振り返ってみて、そこにあるエッセンス的なものを抽出していく。一度まとまった位置づけを作り、そして気づいていなかったところに気づけば、それも含めてもう一度全体像を構成してみる。すると、単に話しや話しの場のことではなくなり、さらには新しくつくる場や停滞していたある状況などに対する妥当な見方や向き合い方を示唆するものになる。エッセンスを凝縮していくなら、それは状況をひらいていくものになりうる。

 

対話には、他者、異質なもの、自分の理解の外にあるものとのやりとりということが含まれている。「対」という言葉に圧力や緊張を感じるという声があった。「対話」という言葉に「対立」というような要素を感じるのかもしれない。

 

「さあ対話をしよう」と誰かにいってみるのをイメージすると、対話である限りはそこに何か問題のようなものがあり、話さなければいけないことがあるのか、そしてなぜ自分がそういうことをしなければいけないのかとか、暗に批判されている感じみたいな感覚が浮かぶのではないかと想像する。

 

だがそれらの感覚は、対話がおこるにはマイナス要素だ。何かのテーマについて話すときも、最初からそれを「対話」だとあからさまに表現したり、掲げたりすると、対話がおこる状況からは後退する。

 

対話は「おこる」ものだと位置づける必要がある。それは対話を「する」ものと考えると上記のようなマイナス要素を平気で無視してごり押しする感性になるからだ。何かのいい技法ややり方を見つけたからといって、相手の状態も確かめずに技法にはめ、その実験台にして「成果」を導いてみたいという衝動に駆られた人はそれだけで自分を無視していると相手に感じさせ、対話が「おこる」可能性が減少する。

 

対話が「おこる」ものだと考えるとき、「する」ものと捉えているときと比較して、人は謙虚になり、対話がおこりうる要素を丁寧に重ね、整えていく構えになると思う。すると、対話の場をもつときに「さあ対話しよう」というようなあからさまな表現による後退要素を掲げるのは避ける感性が生まれるのではないかと思う。このようなことは非常に僅かなことだけれど、可能性を謙虚に重ねていくことができるようになると思う。

 

話しは戻って、対話という変容更新が「おこる」ものだと考えるとき、そのやりとりの対象には他者、異質なもの、自分の理解の外にあるものが必要となる。容易に自分に取り込めること、妥協して済ますことは、自分を変容更新に導かない。余計な緊張の高まりや不安は取り除く必要があるが、対話という変容更新が「おこる」ためには、相手を安易に考えたり扱ったり、なあなあにすることができない適度な緊張関係が必要だ。

 

糸が緩んだ「会話」は感情は発散できるかもしれないし、様々ないいところがあるかもしれないが、基本的には変容更新をおこさない。停滞の要因が自分の認識や世界観のほうにあるときには、変容更新に向き合うのが妥当だろうと思う。

 

また対話が「おこる」ものだと考えてそれがおこる可能性を高めると考えるなら、対話は問題を解決するためでもなく、相手を変えるためでもなく、自分が無自覚に備えている、まるで玉ねぎの皮のような、世界との関係性を疎外する認識の層を一枚一枚はいでいくことだと捉えていることも妥当な構えだと思う。

 

世界や社会の質は、剥かれていない玉ねぎが変えるのではなく、玉ねぎが剥かれていくことによって派生的に変わっていく。相手を変容更新させると考えるのは玉ねぎの皮をもう一枚増やすようなことだ。自分の認識の層を剥いていくということがあり、それを共にやってくれるものとして、相手が存在する。その位置づけの時に、停滞を生む余計な傲慢さが緩和され、変容更新はおこりやすくなるはずだ。

 

自分がもっている疎外を取り除いていきたいから、それを一緒にやってもらえないか、というスタンスには、融通性や相手に対する尊重、感謝がある。ヘルプを出しているのは自分だ。そういう内的位置づけも場の質を変え、場でおこることを変える。

 

モノと向き合う、モノとの対話においては、モノは変わらない。ただ自分の認識が変わっていく。相手が他者であり、決して妥協しないからだ。自分の認識が変わるしかない。ここでも対話というもののあり方が示唆されている。対話はお互いを変えるものではない。対話はそもそも自分のほうを変えようとする行為であり、そのために他者、異なるものとしての相手に存在してもらうのだ。

 

対話がおこったことにより、結果としてお互いが変わったとしても、最初からお互いが変わろうというのは、いいスローガンのようで、そこには傲慢さが浮き出ている。私は問題を知っている、あなたも協力せよというような。その態度、認識をもつこと自体が場の停滞要因となる。

 

一人では外せない古い認識の層を剥いていくとき、相手が必要になる。私にとって必要だという助けの求めとして、場ははじめられるものであると思う。そしてそこに応ずるものも、自らの疎外を自分で剥げないものがその場を通して疎外から抜けでていく助けをもらう。そう位置づけられるとき、場の深まりをとめるものが一つ取り除かれる。

 

対話はどうおこるのか、どうすればがおきる環境が整えられるのかということを踏まえるならば、対話の場はまず誰よりも自分を変容更新する場であり、自ら助けを求める場であるだろう。対話とは、自分自身の疎外を、自分とまるで違う他者としての相手の助けをかりて、乗り越えさせてもらおうとするものだ。お互いに変わりましょうなどと上から言えるものではない。

二つの時間 いのちの時間を流すこと

時間には二つあると思う。一つは自意識によって設定され認識される、あるべきもの、やらなければいけないこと、求めるものと自分との距離としての時間。もう一つはそれらによって圧倒され、止まっていた生の自律的プロセス、動きだした流れとしての時間。

 

学びとは、本来後者をさすものであると思う。学びと回復は同じことだと思っている。その人の止まっている時間が流れるようにするということだ。

 

そのプロセスをすすめていくためには、何もわからないところからはじめる探究と対話、そして踏み出しがいる。その繰り返しをしていくことでいのちの時間が流れていく。

 

橋本花鳥「虫籠のカガステル」では、培養液に浸けられて無理やり生かされている母親と再会した娘はもう物が言えなくなった母に、自分の生きてきたありさまを報告する。羊飼いになったこと、酒場で働いたこと、友達ができたこと、好きな人ができたこと。そして培養を終わらせるボタンを押し、母を生のくびきから放つ。

チキンの魂/虫籠のカガステル

 

短い時間のなかに今までの全てを凝縮する。いのちの時間が大きく流れだすプロセスのスタートは、多くの場合、必要としている宛先に対してその経験を語りはじめることなのだろう。

 

 

精神の呼吸 マッチポンプの世界に呑まれないために

認識は、言語という分節化されたフィルターによって構成されている。物心とはそのフィルターが継ぎ接ぎされていって、世界が覆われた状態なのかと思う。世界の広さや奥行きを知らないのに、自分のなかに、閉じて時間の止まった矮小な世界が一旦作り出される。その矮小な世界ができることは、この社会でそれぞれのものがどういう関係性を持っているのかを便宜的に秩序立て、把握し、盲目的にであってもそこに同一化していくことには適している。

 

一旦そのような世界認識ができると、その世界認識が事実上の現実となってしまう。自分というものの意味は、その世界認識から自動的に決定される。分節化される言葉の世界の前の、世界と一体化したものであった時に比べると、自分が何かの意味に同定され矮小化されることは、屈辱的なことであり、傷となる。

 

 

 

 

 

自意識とは問題そのものであり、傷そのものであるだろう。自意識とは意味を求め、意味にすがりつく傷だ。自意識は、自らの屈辱と矮小さから逃れようとし、より高次の意味を求める存在になる。だが意味とは言語によって作られた相対的なものだ。高いものになるためには低いものの存在が必要になる。

 

だが高低の順位決定は常に不安定だ。自分の力をこえたものに依存している。白雪姫の継母が美しさにおいて白雪姫に抜かれてしまうように。

 

またそれだけでなく継母は、白雪姫に抜かれなくても毎回毎回鏡に訊ねて確認しなければならない不安を常に抱えている。言葉の世界の見えが立ち上がっているところには、根本的な解決はない。

 

人間が自ら取り入れた言葉。そして言葉によって、意味を求める亡者になる疎外から逃れられない。自意識としては、マッチで火をつけ、ポンプで火を消す作業が生きている間にやる作業だ。「自己実現」などというものは、そういうマッチポンプにおける火消しの遂行のことなのだ。

 

だが一瞬であれ、言葉の世界が立ち上がる前は、自分は本来のものとしてすでに取り戻されている。そのことは意識の上で対象化して認識できないけれど。意味のない自分が本来いた(いる)世界、それは認識できない。意味のある仮想現実の世界は認識も対象化もできるが終わりない意味の競争の世界だ。

 

意味を求める人は意味がないことを知った時、虚脱に見舞われるだろう。だがその虚脱という死を経過すれば、白雪姫の継母のように灼熱の靴をはかされ、熱さのあまり踊り続けなければならない強迫的な世界から降りることができるだろう。

 

豊かに生きることとは、意味のある世界と意味のない世界の二重性を知り、意味の世界に支配されきってしまわないことであるだろう。

 

人間、人権、尊厳などという言葉は、その場における意味や有用性の打ち消しを意図したものだろうと思う。意味のある世界において、意味による序列化と屈辱を打ち消すもの。そのような空間が与えられる時、人は意味によって緊張させられ、凍っていた自身の更新作用のプロセスが動きはじめる。

 

自己実現」しようとするのも、劣位の意味によって凍って止まっている更新のプロセスから自分を解放しようとするためだろう。だが社会で高いステータスにたどり着かなくても、意味を打ち消す空間を用意すれば、ことは進められるのだ。

 

意味が打ち消された場では、精神の呼吸が取り戻され、そこに自然な新陳代謝がおこっていく。古いものが棄却され、新しいものにとりかえられていく。

赦し 否定の否定としてあらわれる信頼

1年が経つ星の王子様読書会。次回は9月12日(水)18:30@茶山

 

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今回は、うぬぼれやの場面。王子を遠くから発見したうぬぼれやは、自分を称賛しにきたぞと思い、王子に手を叩かせて丁寧にお辞儀をして見せたりするが、王子が心から称賛していないのに気づき、お願いだから称賛してくれよ、と懇願する。王子は仕方なく、「称賛するよ」と言ってあげて、やっぱり大人というのは相当変だなあと思いつつ、星を後にする。

 

ページにして4ページ弱。講師の西川さんが読んで場の参加者に話しをふる。それぞれが話してそれで一回が終わるという超スローペースで一回一回がすすんでいく。

 

西川さんは星をめぐる際の王子は地球にきてパイロットにあった王子とは違い、まだ未成熟で何もわかっていない状態だという。星々にいる大人たちとのやりとりは単に大人たちの愚かさのエピソードとして解釈されがちだが、むしろ彼らを表層的にしか受け取れない王子の姿を描いていると指摘する。

 

うぬぼれやのページは特に何かを見つけることもなく、さらっと流してしまっていた。王子はうぬぼれやのお辞儀を面白がって何度もさせ、飽きたら帽子を落としてみろと提案する。王子にとって相手は全く消費の対象でしかない。一方で、うぬぼれやは称賛を要求してはいるものの、相手に対して自分ができる最大限の誠実な贈り返しをしている。王子の適当な拍手とは大違いだ。

 

「お願いだからさ。なんでもいいから、わたしを称賛しておくれよ!」といううぬぼれやの言葉は切実だ。なぜうぬぼれやはここまで称賛を求めなければいけないのか。称賛を求めるということはどういうことなのか。

 

ふと四国遍路で出会ったホラ吹きの遍路を思い出した。野宿しようとした駅で出会って、自分は一日60キロ歩けるとか、托鉢したら3万円はもらえるとか、そういうことを言い続ける人だった。反論はしなかったけれど、僕は疲れて、早く別れようと思った。次の朝別れて、その日はたまたまいつもより調子よく歩いて宿をとるとまたその人と一緒になった。その人は本当なら自分はもっと先にいけるのだが、と言い訳した。

 

僕はうんざりしていたし、次の朝別れてもむかむかしていた。だが、ふとあの人は自分の本質を表現しているんじゃないかと思えてきた。あんなマシンガンのように自慢話はしない。だけれど、所詮自分の考えていることなんて強迫的に評価をもらおうとしているばかりなんじゃないか。彼よりあからさまじゃないだけで、むしろたちが悪いぐらいじゃないのかと思った。四国遍路で自分に出会ったというならあの人のことだなと思う。

 

そしてうぬぼれやの話しを聞いた今、人と関わる時、あのように強迫的な自慢話をせざるを得ないあの人の心とはどういうものだったろうかと思う。誇大にした自己としてでなければ人と話せないなんてどういうことなのか。裏返しのあの人は、どこまで卑小で圧倒された存在なのか。バレる嘘をつかねばならない行き場のなさ、どんどん場所を変えていかねばもたない関係、それでもなお人との関わりを求める。そんな苦しみなど当時は想像もしなかった。

 

西川さんは自尊と自愛を分け、前者がいわば条件つきの自分の肯定であるのに対して、後者が無条件に自分を愛することだというふうに言っていたと思う。どういうことなのか考えてみた。

 

たとえばプライドの高さなどは、自愛が低いことへの補いとしてあると思う。本当は自分の価値の低さに恐怖している。そんなことを認めることはできないと、強く塗り固める自分の殻。だがどんなに殻を強く厚くしても、それが本当は脆いという不安を拭い去ることはできず、強迫的に自分を大きく見せたり、相手をコントロールしようとしてしまう。

 

自意識としての自分とは、言葉を通して見える自分だと思う。言葉によって自分と対象を分けることなくして、自分が何であるか、相手が何であるかを認識することはできない。そして言葉を通して見える世界とは全てが序列づけられ、価値づけられた世界だ。物心ついた小さい子は自分と大人との違いや自分の無力さ、卑小さを屈辱的に感じているだろう。言葉によって自分が認識されることは、そのようにお前はこれだと烙印を押されるようなことだと思う。

 

そして傷ついた自分の意味を、価値を、補うために何かに秀でようとしたり、自分の意味を一番高くできる価値にしがみつこうとする。だがそれは条件つきのものであり、いつでも失われる可能性があるものだ。どんなに安定的なように錯覚しても、やはりその不安は心の底を走り回っている。

 

自愛とは、基本的信頼感だろうか。条件つきでない肯定性。自尊が条件つきの肯定性をかき集めるようなものであることに対して、自愛はかき集めることを必要としない。「すること」ではなく「あること」に価値が移行しており、「すること」にもはや心が左右されない。「する」存在としての自分の価値から「ある」という価値への移行はどのように行われるのだろうか。

 

自分が四国遍路をした時、それまではまるで生きていける感じがしなかったのに、まあ大丈夫じゃないか、というような感覚への変化があった。それは自分のなかの相対的なものではあったが、しかしそれがなぜおこったのか。自分では、多くの人が実際の振る舞いや行動までにはしなくても、本当は自分が見た人をおもんばかり、何かをしてあげようとしているということを知っていったからだと思う。

 

遍路の格好をすれば、地元の人たちは親切がしやすい。遍路は接待を断ってはいけないということになっている。つまり自分が遍路に対して好意的な働きかけをしてもその遍路に否定される心配は少ないということだ。そして遍路であれば、その人のニーズ(どこへ行く、何が必要、とか)が把握しやすいということがある。

 

足を痛めてひきずって歩いていた時に、走っていたスーパーカブの女性がキッと止まり、二千円をくれたことがあった。大雨に振られて濡れているのにも関わらず、声をかけて車に乗せてくれて送ってくれた方もいた。それまでは何も言わずとも、道を間違えた時は、後ろから声をかけて行動を修正してくれる人たちがいた。旅は見守られていた。人は自分が思っていたような存在ではなかった。それは、人間観、世界観の変化だっただろう。

 

自分が意識していなくても、そのつもりでなくても、世界に対して自分は投げかけられており、そして世界は自分が思っていた以上に応答してくれるものだった。それは自分のなかにあった、世界のイメージが更新されたということだったと思う。世界イメージとは世界と自分の関係性のあり方のイメージだ。

 

そしてその信頼は、だんだんと愛着を強めるように増やされるのではなく、自分の否定的な信念の破綻としておこると思う。獲得され固定化された信念が破綻したところに、流れ入ってくるものがある。流れ入ってくるのは条件つきの肯定性ではなく、条件づけ自体が一部分であれ、成り立たなくなり、壁に風穴が開くように破綻したのだ。そこには言葉が遮断する前の世界との一体性、烙印を押される前の状態がやってくる。そして精神の呼吸が回復する。

 

信頼とは、世界が自分の持っている否定的信念とは別のものだと明らかにされ、持っていた否定的信念が棄却されるということであるのだと思う。自分の基本的信頼、自愛を回復するために、完璧な世界が必要なわけではない。自分の否定的信念に破綻し、閉じられた空間に風穴が空けられる。それで十分なのだと思う。

 

だから「ある」ことへの価値が移行したときには、もはや条件が必要とされない。世界は自分が持っていた否定的信念の通りのものではない。世界が与えてくれるのは、自分が提供しているからだと信じていた。が、世界とそんな取り引き関係はなかった。それを知るだけで十分なのだと思う。

「望まれるように」ではなく ゾンビから人間になっていくために

フレイレは人々が主体であることを放棄させられた時に生まれてくる文化を「沈黙の文化」と呼んだ。そこで人々は受動的な存在になり、他人を主語にした言葉ばかりが使われる状態となる。

 

里見実は次のように述べる。

 

日本の場合は権力者や抑圧者への自己同一化が、ラテンアメリカに比べてもとんでもなく強くて、みんなが自分を小権力者だと思っているようです。それはつまり、人びとの無力感の表明でもあるわけです。子どもが強さに憧れるように、強者に憧れて、そこに自分を投影しています。

いじめについて、学生たちの意見を聞いたりすると、自分をいじめる者の側に仮託して、いじめられる側の弱さをなじる議論が最近はけっこう多くなっています。それほど彼らの無力感が底深いものになっている、ということでもあります。

 

 

日本人が(そのようにいうことを期待されている意見以外の)意見を言えない、自己主張をしないということは繰り返し語られる。そしてそれに対しては大抵、でももっと主張するべきだとか、自分の意見を言うべきだと触れられるにとどまる。

 

個々人がもうちょっと頑張ればいいのだろうか? もうちょっとガッツを持って現実に関われば。

 

事はもう少し根本的なところから考えられる必要があると思う。長い時間をかけて、個々人は望まれるようにしか意見を言わないように教育されてきた。不登校50年プロジェクトのインタビューの中では、かつては不登校でありながら教育の問題を社会に訴える活動をするような元気な子どもたちがいたという。しかしそういう存在はだんだんいなくなったと。

 

フロムは、抑圧者にサディズムの習性がある事を指摘し、次のように述べた。

 

サディズムの目的は人間を物に、生けるものを死するものに変えることであると。余すところなく管理し統制することによって、生命はその本質を、すなわち自由を失うからである。

 

日本の社会の現状とは「余すところなく管理され統制され」「生命の本質、すなわち自由を失」った子どもたちが大人になり、親になり、今や社会の大多数を構成していっているというものだと思う。

 

戦後のわずかな年数で、教育における自立した個人を育てる方針はひっくり返された。文部省は個々の教育機関を応援する立場から一転して管理統制を進める主体となった。「沈黙の文化」は一貫して推し進められてきた。個人が個人として育つことができない重層的な環境は年を追うごとに厚みをましていっただろう。

 

個人が他人と違う意見をいえるためにはある程度の自立した基盤が必要であり、壊されていない殻が必要だ。応答的人間関係において、個人の尊厳が尊重される環境において、そうしたものが育まれうる。だがその環境が用意されなければ、個人は自尊感情を持ちえず、権威のあるものを後ろ盾にしてしかものが言えなくなる。

 

そして自身をのびのびと展開させることができず、いびつにされた結果、自分と同じようでない弱者を憎み、抑圧する。その態度は自分が社会からどのように取り扱われてきたのかをそのまま反映させている。

 

必要なものは、それまで社会から「教育」されてきたことから脱洗脳され、リハビリされて自分を取り戻していく空間だ。個々人にもっと主張せよとスローガンを投げかけても意味は薄い。なぜならその主張する基盤、主体がすでに奪われているのだから。

 

その根本の基盤を回復させていくリハビリの場所をつくられる必要があり、時間がそこにかけられる必要がある。それはたとえば市民が自分でつくる夜間中学のような学びの場ではないかと思う。

 

それは、予算が出ないからとか、そういう事は国なりがやるべきだとか、人任せでやれることではないだろう。この社会において、自分が自分として回復していくことは、間隙を縫うサバイバルなのだから。放っておいて殺されるのか、保証もなくわからないところからでもはじめ、生きるのか。

今の社会において、個々人はそれぞれが孤立したケージに飼われているようなものだ。そこでは求められている労働ができさえすればよい。その賃金によって全てはまかなわれる。だが労働を提供した代償の賃金が得られなければ、何も自分に与えることができない。根源的な不安はここにある。無自覚であれ、ここへの圧倒的な依存が人をそもそも不安にさせ、恐怖に揺り動かされてすぐコントロールされる弱い存在にしてしまう。

 

一方、人は世界との繋がりを感じる時、条件づけのない自信を回復していく。孤立したケージから出て、運動不足でか弱くなった足で立ち、直接に世界と人と関わっていくことが自信を回復させていく。自信とは世界との直接的な繋がりの広がりであり、そこに応答されることを知ることなのだから。物質的なものであれ、精神的なものであれ、自分に必要なものをそのような直接的な関係性で自分に提供するように環境をつくっていく。それが次に繋がるエネルギーを自分に充たす。

 

ある人が意見をいうことは、結果的な現象であり、それまでその人がいた環境や人間関係の反映と捉えるのが妥当だと思う。自分の周りに応答的な関係性をつくる。あるいはそのような場所と繋がる。その結果として、内在化されてしまった規範からの脱洗脳がされ、自分が取り戻されていくだろう。どのように小さくとも、応答的な人間関係をつくること、そのような空間をつくることがまず必要だろう。

 

今、日本で権力の後ろ盾のない「強い個人」など絶滅危惧種なのだから、ハッパをかけるのではなく、リハビリと回復の場所を周りにつくっていくことが必要だ。どのように些細であれ、自分が自分として主体を回復していくための場所をつくっていくことによって、そこがコロニーとなり、漁礁となり、生態系を派生させうるだろう。命令をきくゾンビになった自分たちが人間に戻っていく場所をつくる必要がある。ゾンビには自己主張も希望も自信もないのだから。

 

ゾンビ Wikipedia

現実におけるゾンビ
起源
「生ける死体」として知られており、ブードゥー教のルーツであるヴォドゥンを信仰するアフリカ人は霊魂の存在を信じている。こちらについては「目に見えないもの」として捉えている。 「ゾンビ」は、元はコンゴで信仰されている神「ンザンビ(Nzambi)」に由来する。「不思議な力を持つもの」はンザンビと呼ばれており、その対象は人や動物、物などにも及ぶ。これがコンゴ出身の奴隷達によって中米・西インド諸島に伝わる過程で「ゾンビ」へ変わっていった。

 

伝統的な施術
この術はヴードゥーの司祭の一つであるボコにより行われる。ボコの生業は依頼を受けて人を貶める事である。ボコは死体が腐り始める前に墓から掘り出し、幾度も死体の名前を呼び続ける。やがて死体が墓から起き上がったところを、両手を縛り、使用人として農園に売り出す。死体の魂は壷の中に封じ込まれ、以後ゾンビは永劫に奴隷として働き続ける。死人の家族は死人をゾンビにさせまいと、埋葬後36時間見張る、死体に毒薬を施す、死体を切り裂くなどの方策を採る。死体に刃物を握らせ、死体が起き出したらボコを一刺しできるようにする場合もあるという。