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降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

11月活動報告

10月からはじめて2回目の活動報告です。

 

5日

大村はまさんの教え子の苅谷夏子さんお話し会。はまさんの普段のふるまい、何かに対する対応や反応の話しが時々出る。

 

個人的にはそこが一番考えられて面白かったかもしれない。何をどのようにとらえ、どう対するのか。凝縮されたものを知っていくてがかりになるように思う。

 

8日

働きたいおんなたちのネットワークの吉田秀子さんに会いにいく。出会って11年ぐらいになる。

 

講演とワークショップの企画を宇治ではじめたころ、近隣へのチラシ置きで事務所にお伺いしたのがきっかけで関わりをいただくことになった。自分の話しが通じて手ごたえを持って聞いてもらえている感じがあり、別に何かを相談するわけでもないけれど関わりのなかのやりとりで支えられた。何が全うで何がおかしいかを瞬時に判別し、評価する感性が気持ちよく、吉田さんの話しはずっときける。今は介護事業の立ち上げに動かれている。何か面白い接点をつくれたら。

 

10日

自給農法を学ぶ場、京都のらびと学舎の打ち合わせ。自給農法の考案者の糸川さんが講師として来られなくなったここ2年。またそれ以外にも様々な変化を受けて、あり方を模索中。 

 

11日は

カフェパランのmorning zine circleに。今回はジンフェスの運営やお金集めなどの話し。ジンフェスはやりたい。クィア食堂の方などに話してみたら展開がおこるだろうか? マイノリティが自分たちをエンパワーする環境があればいいと思っている。

 

そことも関わるが、当事者研究大会が気になっている。(今年のは終わった。来年の実行委員を募集しているそうだ。)もし様々な当事者が自分たちの研究を発表する場が常時用意されるような環境になったら何がおこるだろうか?

 

研究ということが何か大学とか研究機関の専売特許みたいな見方もあるが、研究機関にいなくても、個人でも一点集中でそこに関しては時代の先端に行っている人はいる。

 

それを応援し、その実りがシェアされる場があると、情報も生き方の多様性も創造されるのではないか。ここはやったら面白いうねりになりうるのでは。

 

学びは既にできた施設や用意された媒体でしかできないものではない。学びの主体性を普通の人が取り戻すという意味でも意義が深いと思う。

 

12日

京都橘大学でオープンダイアローグのワークショップ。センテンスの赤阪さん夫妻からご紹介を受けた。

 

自分ではつながっていなかった場。ワークショップの内容に期待していたというよりは、オープンダイアローグをやっているところや人に関わり、何かにつなげられないかというのが動機として強かった。

 

主催者の滝野さんとは関われそうだ。またここでカフェコモンズで第二木曜に会をされている吉本さんと会う。友人の紹介で2週間後に会う予定だったのだが、この場で居合わせ、色々話しができた。

 

オープンダイアローグといい、吉本さんといい、自分だけではつながらないところからつながりをもらうのは本当にありがたい。

 

このワークショップ、しかし予想以上の体験ができた。自分がオープンであることで場と自分に何がおこるかを鮮やかに体験した。オープンであれば気がめぐる。

 

ちょっとした自分自身の抑圧がどれだけ気勢を削いでいるのかよくわかった。この体験は次につながるベースになるだろう。

 

14日

知り合いの田代順さんが来京し、本町エスコーラを紹介させてもらう。田代さんは武術家、臨床心理士で、オープンダイアローグのリフレクティング・プロセスを使ったワークを工夫されている。

 

田代さんは3年前、うちでやった「ナリワイをつくる」(著 伊藤洋志さん)読書会に渡邊あい子さんの紹介で来られた。

 

エスコーラの佐々木さんにライフレビューをしてもらって、それをリフレクティング・プロセスを使って対話すると何がおこるかをやった。

 

本人も気づいてなかったようなことが発見され、また周りの人も近くにいても知らなかったようなことが確認され、面白い場だった。次回の対話の場で、リフレクティング・プロセスをやってみようという流れに。

 

16日

栗原康さんお話し会。伊藤野枝という人からどんな視野がひらけてくるのかという話しだったかと思う。村上潔さんも来ていて、フェミニズムと野枝との距離の話しも興味深かった。

 

マイノリティが集まり、自身をエンパワーする。それはサバイバルとして何もおかしくないあり方だ。と同時に、団体を維持し、自分たちの取り分を確保しながら、拡大再生産していくということ自体をながめると、他のマイノリティでない団体と変わらないという様相があると思う。

 

どれだけ自分たちのところに外から持ってくるかをそれぞれがやってきるから生きにくい社会になっているということもあり、難しそうだ。個人的には、自由というのはその性質として、維持とか確保とかと折り合いが悪いように思う。

 

 

20日

2ヶ月ぶりにからだとことばのレッスンへ。野口体操と竹内レッスンをベースに、体を揺らしてほぐしたり、宮沢賢治を朗読したりする。

 

ただそこに書かれている言葉を発音するのではなく、そこにあるものとして出会いながら読むと体験が変わる。読んだあとに、物語の世界を本当に体験したような感じになっている。ここでも自分のあり方で体験が変わるというのは興味深い。

 

マルティン・ブーバーが神が実在することをどうしても感じとれず、本気で絶望の言葉を神になげかけたとき、その瞬間実在を確信したという話しを読んだ気がする。それを思い出した。

 

体験は外部にあるようで内在しており、特定のフィルターに光をあてるように、呼びかけ、動くならば、その体験をするのではないだろうか。

 

22日

井上老師の京都禅カフェ。自分で悟りを得たという人ははじめてみて、とりあえず行ってみた。言われていることは一貫性があった。認識が完全に脱落した状態は、観察者がいないので体験すらできないが、その状態があることを紛うことなくはっきりと知ることで、自分が属し、支配されていたリアリティの根拠が瓦解する。

 

それ自体は直接体験できないものを間接的に間違いなく知るという構造は何にたとえればいいのか。「もし自分がAであるならば、このときは必ずBになる」という式がどこからみても間違いないかたちで設定できるなら、「Aであれば必ずBになるはずであるのにBになっていない」→「自分はAではない」ということになるみたいな感じだろうか。

 

なろうとするとむしろ遠ざかるというところなど、自分がこれまで確かめてきた人間の変化のあり方と通じるところがあった。

 

24日

オープンダイアローグの会でお会いした吉本さんとお話しし、僕も年明けのカフェコモンズのお話し会で話しをするような流れに。

 

今後の予定としては、28日夜はちいさな学校で、29日昼間はみけねこ食堂で哲学カフェ。12/1は熊倉さんの三田の家のお話し。

 

オープンダイアローグ、観察する対話、当事者研究、インプロなどを位置づけ、人が更新していく場を作っていきたい。

報告 11/14 哲学カフェ 自立について第2弾

<11/14 ちいさなおはなし会(哲学カフェ)@本町エスコーラ>
先日10日に続いて、もう一回「自立」をテーマにやってみました。

「観察するための対話」をやりたいという思いで、ちいさな学校や本町エスコーラでここ何ヶ月か試行を続けてきました。


昨日は「自立」をテーマにやりましたが、拡散的にならず重要でありそうなポイントに焦点をあて深めていくことと、吟味のための様々な視点が豊かに出てくることのバランスがとれているかたちですすんだと感じられ、グループをつくることの有効性をあらためて実感しました。

 

ちいさな学校でも前回同じテーマでやりましたが、個人的にもさらに見たいことがはっきり見えてきたように思います。今回理解を深めたのは、ポジショニングとしての「自立」という見方でした。

 

「自立」という言葉は、外部からの干渉をとどめ、自分のやりたいことをやる、自分のありたいようにあろうとするときにも使われます。親(の干渉)からの自立、のための経済的自立などもそういう例かと思います。

 

一方で、他者から求められる自立があります。昔なら結婚して子どもをもって育てて自立(一人前?)みたいなことがあります。

 

外部の干渉や影響に対して自分がありたい状態をつくりだす。ほどよいバランスを自ら調整し、つくりだすための自立(=この場合は外部の影響の排除)がある。

 

そして既存の社会システムの維持のため、社会システムにとってのバランスをとるために、社会が個人に求める自立がある。

 

ここに共通することは、バランスの確保ということではないかなと思います。想定されるほどよいバランスを維持するために「自立」ということが関係してくる。

 

そして話しのなかで出てきたのが、相互作用をもたらす主体としての自立ということでした。相互作用が、自立にとって重要であるという視点です。
 
他者の干渉を排除するだけの「自立」は、あくまでどこかに向かうときの移行的な自立であり、自分が求める状態に対して十分ではないという感覚があるわけです。

 

たとえばドアをつくり、鍵をかけて自分のしたいことをするという自立だと、外部から得られるものも遮断している。ドアを開けたり閉めたり、あるいは出かけていって必要なものは得てくる、得られる状態にするということが自立ということになるのではないか。

 

自分が適切なバランスをとるためには、孤立するのではなく、外部とのほどよい関係性が必要である。影響されることをただ排除するだけでなく、必要な影響はされ、相互作用する主体としての「自立」です。

 

さらに面白い視点が出てきていました。たとえば「来年のために保存食を作らなければならない」となることは「依存」ではないか、というものです。世間的には、食えるものを用意しているんだから、むしろ自立的であろうと思われそうなところ、自分の感覚としては「依存」であると感じられるということなのです。

 

物質的に食料をためることは、独立性を維持することにつながるでしょう。ですが、心理的に「〜であれなければならない」というものが生まれて、そこに支配されることは「依存」をつくることではないか。物質的な依存と、心理的に支配される状況をつくるという二つのことがあって、後者は無視されがちであるけれど、その方にとっては、後者は自分の「情熱・パッション」「テンション」などを保つことに負の干渉してくるものだという感覚がある。何かの媒体に心が支配されず、「真ん中」にいることが重要である、というふうにも言われていたように記憶しています。

 

前回の哲学カフェでも、自立とは、自分の立ち位置を知ることではないかという指摘がでました。物質的なバランス関係が物質的な干渉関係をつくると同時に、心理的に支配し、干渉をもたらすものからもほどよい距離を保つ。

 

他者の干渉を全て排除するような緊急処置的な、あるいは移行的な「自立」から、ほどよく影響され、相互作用する主体同士としての「自立」があるという認識。後者は、自然と自分の更新がされていく自立であるといえるかと思います。

 

そして物質的な面だけでなく、心理的に支配されるものをつくらないという自立がでてきました。

 

物質的、心理的な他者との関係性、そして心理的な考え方や概念との距離がとれるとき、「自立」的であるといえるのではないか。つまり、「やるやらない」「できたできない」などではなく、ポジショニングとして「自立」ということがあると考えた時、「しなければいけない」というものを心につくることがもはや適切なポジショニングではなく、自立的ではないということがみえてきたように思います。

 

しかし、何かを「しなければいけない」という強迫はすでに内在化しているものであり、それにアプローチし、消していく必要はあると思います。だから観察するための対話をやっているのですが。

 

自立があるとかないとか、しているとかしていないとかいうのも、何か外側の価値に強迫されている状態です。自立という言葉にさらに心理的負の干渉をされるようになっては本末転倒ですが、自立「的」であるためにはどうなっていったらいいんだろうということは、吟味する価値があると考えます。

 

これまでの対話から、自立というのは、ポジショニングがほどよいこと、立ち位置のバランスがとれていることとと言い換えられるのではないかと思います。
次に、では何に対してのポジショニングがほどよいのか、バランスがあるのか、ということになってきます。

 

何に対してというのは、「自分の求め」に対してということになるのではないかと思います。孤立した「自立」ではなく、他者との相互作用を通して更新していけるとき、自立「的」である。社会的な関係性、自分のうちの概念に対する関係性において、必要な更新がはかどるということが、ひいては「自分の求め」ということになるのではないかと思います。

 

更新につながる相互作用がおこる過程のなかにいることが自立「的」である。探っていった結果、「自立」とは安定した地点、完成された地点にあるのではなく、変容のプロセスに入っていること自体のほうにあるようでした。完成地点ではなく、途中の状態をどうつくるか、途中の状態でどうあれるか、ということのほうに自立「的」であることの核があるのです。

 

違う言い方でいえば、どのような状態であっても「既に自立している」ということがスタート地点になるかと思います。更新を求める自律性、自分のなかにある自律性がある。それを否定して、外から押し付けられた「自立」に自分を失うところから、その自律性が働き出すような、展開しはじめるような環境を設定し、そこに立つことが、自立「的」なあり方といえると思います。

 

環境を設定し、必要なポジションを自分に提供するまでは、自意識の仕事ですが、必要なポジショニングができたとき、自分は主体となって、自意識の更新がおこっていく。主体とは、「変容していく運動性」であって、「私がこうする」という私としての自意識ではありません。

 

自意識が管理するものとしての「私」から「変容していく運動性」としての私へのアイデンティティの移行がすすんでいくとき、「私がこうしなければ!」という強迫はとれていき、更新はよりスムーズになっていきます。

 

完成は派生的な結果であり、文脈を区切った部分的なものに過ぎず、そこを本当の完成だと錯覚しとどまるならそれ自体が「自立」的ではないのかと思います。その時点の自分に必要な過程に気づいておらず、過程に入ろうとしていないからです。

 

逆説的ですが、自立「的」であるためには、私は「既に自立している」ということを知ることが重要になってくるだろうと思います。自分のなかに自律性がある。動こうとしているもの、展開しようとしているものがあると実感し、知っていくことがより自立「的」になっていくこととつながる。

 

より実感し、知っていくための環境を設定すること、設定した環境のなかで適切なポジショニングを見つけ、立つことは、生きている間、いつもいつまでも行われることであり、完成した地点にいない自分を否定することは、この自律的なプロセスを阻害するものであり、そのあり方が「自立」的ではないといえると思います。

 

次回は要望があったので、28日19時にちいさな学校鞍馬口で「親密さ」とはをやってみたいと思います。

シェルターとしての文化 王国をつくった先住少数民族の事例から

知り合いがFBでシェアしていたリンクをみて。

 

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

 

生存環境の変化に対して文化のかたちを変える。あらためて文化とは何だろうかと考えた。自然環境、社会環境に対して自律性をもつということかと思う。それによって、誰かが決めたルールが生きることを疎外するなら自律空間をつくる。

 

他者が律する空間でも楽ならいいじゃないか、という見方もあるけれど、生きることの重要な部分を他者が決めていると、自分自身をエンパワーしていくときに必要な自由や環境に働きかけ変えていく力が持てない。お金があったり、マジョリティ側で居続けられるなら苦痛はないかもしれないけれど、年をとったり(これはごく自然なことだ)、ちょっと事故にあったり、病気になれば、楽な場所からは否応なく外されてしまう。いざとなれば、自分たちで自分たちをエンパワーできる環境を奪われているということが問題、と僕はみる。他律でもいいけれど、その依存している誰かは、求めればその誰かにとってのコストパフォーマンスにあわなくなった自分にも機嫌よく必要なものをくれるのかな、という。

 


アイヌの人の、日本に奪われた自分たちの言葉を取り戻していく活動をみて、単に言語を話せるようになるということではなく、共に学んでいくということが重要な要素なんだなと思った。共に学ぶということが、すでに個々の自律性を高め、周りの人と関係性を新たに育てている。言語を学んだあとにようやく何かがおこると考えるのではなく、その過程に入ること、過程を共にすることが既に目的であり、喜びであり、意味をもっている。

 

いつも思い出すのは、松本哉さんの言葉だ。駅前の路上で鍋をするとき、それは単に狭められ、孤立化に押しやられていくことへの異議申し立てであるだけではなく、初対面であろうが、来るものを拒まない鍋の空間が既に「革命」後の人間関係の実現であって、人と人ということをお互いに取り戻せる場だと松本さんは言っていたように記憶している。その空間をつくったことが、既に目的達成であり、既に「勝ち」なのだ。

 

文化とは何かというところに戻る。世界の多くの家の構造を詳細に取材した本があったけれど、そこでは家とはシェルターであると指摘していたと思う。雨、風、寒暖、外敵の侵入など、何かから自分を遮断するためのものが家なのだと。そしてエピローグの部分に、もと建築の専門家?で、今は家を持たず放浪している人と出会ってやりとりした話しを紹介している。エピソードとしては、ピーナッツバターをくれとその人に言われ、あげたみたいな話しだったけれど、家の専門家が家を持たない話しを最後にもってくるその構成にびっくりする。シェルターが家の本質なのであれば、その遮断が必要なければ家は必要ないのだ。

 

色んな文化があるだろうけれど、文化もまたシェルターとして生まれているのではないだろうかと思った。人より自然の厳しさが圧倒的だった時代から、自然という、他者の支配する空間に対して圧倒的に依存する状態から、その依存を脱し、主体となるためのシェルター。

 

以前参加した陸奥賢さんの七墓巡りのとき、提供された資料のなかにジプシーの死者に対する態度が紹介されていた。ジプシーの文化では、死んだ人は最初から存在しなかったようにふるまうらしい。記憶がなくなるわけではないが、最初から存在しなかったようにみんなでそうする。

 

これはジプシーの生きる環境の厳しさを如実に表していると思った。一見冷たそうだけれど、何度も考えていくと、むしろやさしいとも思った。生きることの厳しさは、人がコントロールできることをこえているという認識がある。それを忘れず、踏まえられているということは、むしろやさしいんじゃないかと思う。コントロールできることの高揚に我を忘れ、傲慢になっているときの生きづらさは人の心をだんだんに蝕んでいく。
文化とは、個人が人として自律し、環境に好きなように振り回される存在から主体的に働きかける存在になるための自律空間をつくろうとする試みなのではないかと思った。気候風土の違う場所ごとにそれぞれの自律空間をつくる。

 

それは、しかし、もとからして対抗的なものでもあるだろう。この少数民族は昔は「王国」をつくる必要はなかったのだから。周りの負の干渉性を遮断し、自律性をもつための、シェルターとして文化があるのなら、家のように、また文化も人より上に立つような絶対的なものではないだろう。遮断が必要ないなら、つくる必要もない。そして、既成の「文化」がもし人を疎外していくなら、その「文化」の絶対性を認める必要もない。

 

ある地域、ある文化に育てば、よくも悪くも否応なくその影響を受けてしまう。そして影響を受けた結果できたものが「自分」であるとアイデンティファイしてしまう。だが、文化をシェルターとしてとらえたとき、自分が人型をしたものであるより、ピンボール台のなかのボールのような運動体であるようにイメージされてきた。ピンボール台を自分だと思っているのだが、そうではなく、そのなかの構造を跳ねているのが自分のように。

 

文化を違いを人の違いのようにとらえていたけれど、ピンボール台(文化)は違っても、ピンボールとしてはお互い変わらぬ運動体なのだなと思った。
ジプシーの文化の話しでもう一つ思ったことがある。それは、生きることを「通り過ぎていく」ことであると捉えているかどうか。

 

ある文化を身体化してしまい、時に(あるいは度々)そこに不本意に影響されながら生きること自体に苦しむということがあると思う。もっと(いい文化環境のもとで発現したであろう)「本当」の自分を生きたかったみたいな思いとか。

 

だが、通り過ぎていくという見方を得たとき、文化もまた一時的な雨風をよけるためのシェルターであり、通り過ぎていくときの助けとしてあるものにすぎないと感じられてきた。

 

ピンボール台ではなく、そのなかの運動体として生きているというのが実際だろう。ピンボール台は確かに歪つだったりするかもしれないが、ピンボールという運動体としては、誰も、何も変わるものではない。成長も完成も到達もない。

報告 11/10 哲学カフェ「自立とは」

哲学カフェ、自立って何だろうということをテーマにやってみました。

 

聞いた知識ではなく、自分の体験、自分のリアリティに焦点をあてていく。経済的自立、精神的自立、色々使われるけれど、自立とは一体何なのか。

 

色々と意見が出てくる。

 

お金を使わなければ生きていけないようになっている社会の仕組みなど、自分を依存状態に陥らせているものを取り払えば自立できるのではないか。しかし依存といっても、都会は田舎に依存しているし、生きものは土にも太陽にも依存している。それらを無視して、果たして本当に自立などという立派なものがあるのか。あえて自立というならば、自らが立つポジションをみつけることではないのか等々。

 

今の認識を吟味していく。

 

言ってもらったことを換言し、確かめる。反駁とかしたりする必要は全くなく、言ってもらったことを更に明確に、自ら浮き彫りにしていってもらうのをサポートする。成り立たない構造でできていたものは、ただ純粋にその論理をその論理通りに展開していくと自然に吟味がかかる。人の諭しや説得ではなく、自分の吟味によって自分の認識、ものの見方、感情の反応は変わっていく。

 

外から「こうあるべきだ」と押しつけられる「自立」。あるべき姿と比較し、今の自分を否定してエネルギーを奪い、むしろ同じところにとどめる強迫観念としての「自立」がある。外に奪われ、自分がそれに規定されてしまうものとしての言葉を、自分が使う道具としての言葉に位置づけし直し、奪われた主体を取り戻していく。

 

自立とは「しなければならない」ものなのか。本当にそうか。

 

シンプルに考えてみる。自分が何か求めていることがあり、そこにたどりつく。それができればいいと考えるならどうだろうか。

 

そこにたどりつくための道筋がある。求めている状態を得るために、幾つもの道筋ややり方がある。一つのやり方がうまくいかなくても、自分なりのやり方をみつけて自分の求め以上でも以下でもないものを得ればいい。外部の規定ではなく、自分の求めに対して自分なりのアプローチを設定し近づいていく。そのことこそを「自立」的と呼べないだろうか。

 

既にあるもの、既にある選択肢のなかで、人に言われる姿に自分を矯正していくことが「自立」的だろうか。

 

自分の求めがあり、それを満たしていく。そのやり方は、自分のやり方でいい。人に言われたようにではなく、自分が進んでいけるあり方で進んでいく。それが自立のベースの心性ではないだろうか。その時、自分のなかに取り込んでいた無用なもの、外から植え付けられたものとの決別がされていく。

 

自分の心、身体の反応に強固に植えつけられている認識をどのように更新していけばいいのだろうか。話しのなかでそのヒントも出てきた。

 

自分の身体の実感を発生させ、実感を付随させた状態において再学習することが、古い植えつけを更新する。身体の実感が自意識を揺り動かす状態、今まであった自分のなかの秩序を圧倒するような状態のもとで、自分の求めるあり方を演じなおす。そのことによって、自己像は変わるようだ。「生き直し」「育ち直し」という作業は、自分が持っているリアリティを呼び起こしながら、それが焼き付けられたある時点に戻り、再更新しているのでそのように呼ばれているのではないかと思う。

 

(※人間を変化させる通過儀礼が、分離→境界(過渡期)→再統合という段階をふむというヘネップの三段階構造の理論を深化させたターナーは、その境界の段階において、個人は昔属していた社会にもこれから属する社会にもあてはまらない状態、リミナリティの状態になると指摘している。リミナリティは、自己卑下、隔離、試練、性的倒錯やコムニタスによって特徴づけられる不安定で曖昧な時期であり、コムニタスは、社会構造が未分化で全ての成員が平等である状態として定義される(←wikiから引用)。自己卑下、隔離、性的倒錯などはまさに自分のうちに既にある秩序を揺り動かすものだろう。そしてコムニタスという意味の強迫から解放された空白の場所に支えられ、移行、更新がおこるのだろう。)

 

自給農法を学ぶことは、自分と世界との関係性を規定している認識の枠組みを再更新していくリハビリになると思っていた。お金や制度など、自分の外部に価値があり、それに感情反応、情動反応をともなわせて経験させると、身体はそのように刷り込まれる。それに対し、自給農法では作物を育てるとき、自分を軸として全てを位置づけし直し、体験し直す。

 

身体の実感を伴いながら経験すると認識は再更新される。より大きな実感、揺り動かしがともなう場合は更新もそれに比例して大きな変化がおこるようだ。

 

場の流れで、「怒り」と自立の関係性にも焦点があたった。怒りとは、身体の自律的な自助であり、それは状況を現状のまま留めるために、あるいは変えようとしておこる。

 

その意味ではコントロールしようとして怒りはおこっている。怒りという反応の結果として、ある状況が好転する場合もあり、怒り自体は全否定されるものではないが、コントロールするためにそもそも怒りが生まれているのに、怒りそれ自体は個人から自分のコントロールを奪うという矛盾した特徴をもつのが興味深い。怒りによって余計なストレスやパターン化した拒否行動、攻撃行動なども自動的におこる。

 

他人からみて怒っているのに、本人は自分が怒っていることに無自覚ということがあるという話しから、自分自身の「抑え」に無自覚であることが怒りを生んでないかという気づきがあった。一見、怒っている人は別に抑えていないだろうと思えるけれど、実際は「抑え」の存在自体に対して全く無意識であるからこそ、怒りが生まれ、たまっていくという場合は少なくないだろう。イラク人質事件に反応した非難の声などはまさにそれではないか。どれほどの「抑え」が知らない間に身体に刷り込まれていることだろうか。

 

自立は、まだやれるテーマだと感じ、来週もやろうと思っている。

ワーク・イン・プログレス 発酵エネルギーを使う場

→大村はま 畑・自給自足 🔳教育

学びにとって、どのような場が適しているのか?

 

自給農法の考案者の糸川勉さんの肥料に対する考え方は、「常識」とはちょっと違ったものだった。

 

糸川さんは、枯れたりごく小さい雑草と土をチャーハンのようにまぜ、作物に寄せて肥料にするということをする。一般に、土のなかで分解される有機物は作物に対して有毒なガスをだすので、有機物を土のなかにいれるのは一律にバツとされる。

 

だがそれは規模の問題で、自然状態でも有機物が土に混ざるのはそんなに珍しいことではないはずで、チャーハンのご飯と具の割合ぐらいであれば、害は相殺され、むしろ分解発酵が促進されて栄養としてほどよい。糸川さんは一般にいわれているようなことを鵜呑みにせず、そのやり方を自分で確かめてきた。

 

糸川さんはそのやり方を教えてくれるときにこのようにも言っていた。「肥料をどこか別のところで作り、完全に発酵しつくしたもののやるというのは、エネルギーがカスカスになったものをやるのと同じ。自給農法では、有機物が分解していく発酵のエネルギー自体も使う。それが作物の育ちにとってもいい。」

 

春秋冬の作物は基本的に土の温度が高いほうが成長がいい。ほどよく土にまざり、発酵分解していく温度が作物の成長を促進する。

 

そして糸川さんは、その発酵の産物には、単に熱エネルギーだけでない何かがあるととらえていたふしがあった。単にあたたかいからだけではなさそうだ。それは作物の育ちの状態から感覚的に受け取っていたことだろう。

 

自給とはエンパワメントであり、同時にサバイバルだ。サバイバルなら世間の常識や学問に検証されたことしか応用できないのであれば不十分。空いたお腹で待っているわけにはいかない。自分に必要なことは自分で見つけていく。自分で感覚的に感じ取り、検証し、腹を満たしていく。全てのことには及ばないが、切実に必要な一点に対して、人間は学問の成熟を待つまでもなく、自らそのものを明らかにしていくことができると僕は思う。


さて、糸川さんが教えてくれた発酵エネルギーを使うというあり方が、学びの場でも通じるものがあるのではないかと思ってきた。

 

大規模な教育システムのなかで、確立した知識、完成された見識をもった「教える人」が、それを持たぬ人に伝える。だがそれは、「知識」としては重要かもしれないが、発酵が終わったあとのエネルギーとしてはカスカスのものが提供されているのではないだろうか。

 

学びとは、人が更新していくプロセスだ。一方、完成されたものというのは、変わらないものだろう。確立して変わらなくなったものを人に伝えるということは、本人にとっては自分の更新に関わらない退屈なことだ。その退屈なことを伝えられる人はやっぱり退屈だ。

 

国語教師大村はまさんが徹底的にマンネリ化、定型化を避けたというのは、一つには自分自身を更新させていくということ抜きに、学びの本質を生徒に伝えることはできないということもあったのではないかと思う。

 

面白いものとは、今ここで化学反応をおこし、変わりつつあるものだ。何がおこるかその当人でさえ知らない。その状態にある人は、それだけで化学反応を周りに伝染させる。

 

だから僕は、学びの場とは、自分自身が化学反応をおこしつつある状態になり、そのことを周りとシェアするかたちが理想的であるのではと思う。たくさん知っているか、知っていないかは、それほど問題ではない。自主ゼミと考えればいい。仲間同士で学びあいをしているとき、別にたくさん知っている必要もないし、絶対正しいことを知っている必要もないだろう。周りの人は、誰かが絶対的に正しいことを期待していない。

 

自分が言ったことにそのまま影響されてしまう不特定の相手を前提にするのと、ピアで学ぼうとしているときはそこが違う。鵜呑みにする不特定多数、通りすがりだから訂正できず責任をとれない不特定多数を前提にすると、自分自身が化学反応をおこしていく場が少なくなる。化学反応がおきている人にふれ、伝染されるのが重要な要素なのであれば、不特定多数を前提にした設定がそもそも学びに適した設定ではないと思う。仕方なくそうしているというだけだ。

 

大規模農業と大規模な教育のシステム。それに対して自給農と、自給的な学びというあり方があるのではないか。労力とお金をはらい、肥料をガンガンつくり投入しなくても、もともと持つ発酵エネルギーを利用すれば、省労力低コストで周りとともに作物(学び)は育っていく。市場の規格にあわせなければ売れない教育と、自らが更新という自分の必要を満たしていく自給的学びの違い。後者にとって重要なのは発酵エネルギーを利用する仕組みであると思う。そのエネルギーさえあれば、更新は進んでいくと思うから。

 

とどまることが間違いを重大にする。自立した個々人の学びは、絶対的な正しさや完成ではなく、プロセス自体が重要だ。完成し、安定した作品ではなく、公開されるプロセス、ワーク・イン・プログレスこそが学びの舞台として適しているのではないか。

センテンスのライブに

→うしおととら

センテンスのライブのお誘いをうけてネガポジに。

センテンスは二人のユニットで、僕と同じ畑で野菜をつくっている。

 

センテンスのブログ


最初の曲の歌詞でありきたりのダンスでいく、みたいなのがあっていいなと思った。メロディが面白いところがあって、ああいう感じの自分もつくってみたいなあと思った。舞台の上でも畑であうお二人の感じもあり、通算40回ぐらいライブされたとのことだけれど、とても初々しい感じもした。

 

今回は緊張がありながらも「抽象的な意味でも歌えるようになった」とのことで、一つ違った段階にいけた実感があったそうだ。センテンスのライブが3回目だという同席の方は、今までと全然違ったよと言っていた。

 

センテンスも、前後の方も、旅というテーマが入った歌があった。旅とは何だろうか。森の案内人の三浦豊くんが「僕は森はメタファーだと思っている」と言っていたのがとても腑に落ちるところがあり、畑はメタファーだとか、他のところにもあてはめてみてたりしていたけれど、旅についても、旅というものが実際にあるわけではなく、旅はメタファーだなと思った。何も持っていなくて、通り過ぎていく、そのなかで色々なものに出会うというような要素をまとめて旅なのだろうか、などと思いつつ。

 

音楽の話し、舞台に出ることの話しとか、自営業の話しとか色々お話し聞かせてもらった。舞台上で、音とか自分のあり方とか、そういうごまかしのきかない場に自分が出れるだろうかと思う。あと必ずしも自分の思いとそぐわない経済の理屈と、そこへの小さな、しかし思いをこめた反逆の話しも迫ってくるものがあった。

 

音楽のことを全然わかっていないけれども、歌というのは実はどれもレクイエムなんじゃないかなと思ったりしている。「歌えた」今日は、晴れ晴れとしてなお一層そうだったんじゃないかなとか。

 

生きるということを長い時間をかけて絵が完成していくようにイメージする見方もある。割りとそういうイメージをよく聞く。でも、自分はそうじゃないのではないかと思って、別の見方を探していた。

 

長い時間を生きられない人もいるし、「うまくいった」人だけを選んで、それを全体に一般化するのはおかしいんじゃないか。持つものと持たざるものがあり、生きている間に社会で報われることは保証されていない。その上さらに絵が完成することが生の一般的な価値であるかのように述べる言説は全くいただけない。

 

最近は、生きる時間の短い長いでなく、ネガティブであれ、ポジティブであれ、受け取ったものを凝縮して世界に伝えた反応を得るということができれば、心は満足するようじゃないかと思うようになってきた。藤田和日郎の「うしおととら」でいえば、能力が高すぎて誰とも全力でぶつかることができなかった(つまり世界に自分として受け止められることのなかった)ナガレが、最後にうしおを裏切り、闘いを挑んで死んでいくとき、それまで彼の心の穴にいつも吹き抜けていた風が止んだように。

 

自分が関われるある一点に凝縮し、賭けるということは、持たざるもの、「不遇」なものにもできることだ。全てを思い通りにする必要も必然もない。「幸せ」だろうと「不幸せ」だろうと、心ゆくことはできる。持っている時間の短いや長いさえこえることができる。それはそれまでの全てに対するとむらいのように行われる。

 

ネガポジは話しているとスタッフがお菓子をちょっと差し入れてくれたりするとか、出演者がもっていったハーブをメニューにいれてふるまうとか、あたたかい空間だった。
とむらいによって生まれたものは、個人のなかにとどまるものではなくて、放電されるように周りに伝わっていくと思う。深いとむらいは、誰もがもつ報われぬ思いへの共感でもあり、沈殿し残っているものを取り去っていく。

2016年10月活動報告

活動報告をすることにしました。

 

対話の場をつくりたいと思い、ここ数ヶ月は、ドーナッツラボという名前で対話の場をやっていた赤阪さん夫妻を招いたり、哲学カフェをやってみたりして、やりたい場を確かめる試行を有志とともに本町エスコーラでおこなってきました。

 

話しの場というのは昔から得たいと思っていたのですが、自分の求める感じをつくるのはなかなかうまくいかず、何がどうなったら成り立つのか、何をやると拡散してしまうのかとか、ちょっとずつ確かめつつ、またやってみつつという感じです。

 

2014年アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティを知ったことは、場のイメージをもつ大きい契機になりました。人のことをいえないけれども、それまでは、正直なところ、この世界には話しをきく人と話しを聞かない人の二種類がいて、話しを聞かない人が変わることはどうやらほぼなさそうだと思っていました。対話の場といっても自分のなかにある前提を問う気がそもそもないとむしろ虚しい場になるなあと思っていました。

 

鈴鹿で僕が経験したことは、どちらかというと自分の話しばっかりする人とか、他の人の話しを受けても、その受けたことによる自分の変化や新しい感覚などをもって応答するのではなく、目の前の人から発されたことにその人の言葉は何の影響も受けてないのだろうなという感じをムンムンさせつつ、もともとある自分の言いたいことをいうために人がだしたキーワードだけを奪って話しだすとか、そんな感じで話していた人が変わっていって、キャッチボールが成り立つようになっていくというものでした。変わるんだなと驚きました。

 

話しの場をつくるとき、そもそものコンセプトが重要で、そのコンセプトによって、来る人も変わるし、話し合いの中身も変わる。僕が得たいのは、一つは自分のなかにある前提を問うものとしての対話の場だなと思いました。そういう意味でテーマを設定し、それを自分に問うていく哲学カフェはそこに近い。

 

素晴らしい見解に到達するために話すのでもなく、頭のなかに既にあるものに亀裂をいれて成り立たせなくするのを楽しむ。その場にいる他人を変えようとするのではなく自分の中を変える。

 

外界から来た情報は、意識で把握できないほど瞬時にプロセスされ、そこでつくられた意味を自分は受け取ります。そのプロセスは一秒の何分の一かわからないけれど本当に瞬時です。この瞬時に何がおこっているのかをリアルタイムでみることは難しいのですが、そこで何がおこったかは、後でたぐりながらみることができます。

 

インプロの今井純さんのワークショップに初めていったときに印象的だったのは、何かワークをやった後に誰かがある状態に疑問をもったり、上手く行かなくなっていたりすると「それ、どうなってる?どうなってた?」と、ワークのある一瞬におこっていたことを想起させ、観察させる働きかけを頻繁にしていたことでした。

 

瞬時におこったことに、あとからでいいので意識の光をいれる。その瞬時におこるプロセスは放っておけばそのままになり、無自覚に繰り返すのですが、そのからくりに気づくと変わる。自動的に繰り返すことが終わります。

 

自分がやっていると思っているけれど、実は自動反応の繰り返しでしかないものは、観察抜きでは変わらない。僕が以前話しの場で虚しいなと思っていたのは、刺激に対してレコーダーが録音の自動再生をはじめるだけで終わるということだったのかなと思います。

 

その一瞬、自分はどうなっていたのか。どうその情報はプロセスされたのか。この瞬時を観察することを場の設定にいれることによって、その場は自動再生の場ではなく、自動再生を終わらせていく場になると思います。

 

観察する対話ということに軸をおいて、試行を続けていきたいなと思います。