降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

親開きとリフレクティング

シェアハウスの住人にホホホ座のフライヤーをもらう。

 

【イベント・4/28〜5/14】ホホホの母の お店展 | ホホホ座

 


ホホホ座関係者のそれぞれのお母さんが手づくりの物など出品しているみたいで、これは佐久間さんと砂連尾さんたちのご両親を招いた場開きみたいだなと思った。

 

kurahate22.hatenablog.com

 

 

勝手にこれは「親開き」だと思っているけれど、親開きは誰もができるわけではないかもしれないが、コミュニケーションのあり方が一定になり、なかなかそこから変わりにくい親子関係もそこに第三者が入ることによって変わっていく。親の友達が来たりするのもまたいい。

 

昔、ようこそ先輩というNHKの番組で庵野秀明さんが母校にやってきた。彼が子どもたちに与えた課題は、小さい頃の庵野くんがどんなだったかを庵野くんの近所の人や関係者に訊いてこようというもの。状況を生かすとはこういうことだと思った。自分で行かなくていい。

 

だが効果は大きそうだった。監督が思っていた以上に近所の人の見守りがあったり、思いがあったのを知ることになった。

 

オープンダイアローグという対話の手法のなかに人が自分について話しているのを聞くリフレクティング・プロセスという技法がある。場にいる誰かについて、その人以外の人が対話をするのだが、その時本人はその話しに介入しないで、まるでテレビから話しが流れてきたように聞く。話している方も本人を見つめたり反応を求めたりせずに話す。そのことによって話すほうは話しやすく、聞いている方も反応しなくていいので、楽に聞ける。

 

 

庵野さんはいわば小学生にレフレクティングをやってもらったわけだ。自分は直接その人から聞くのではなく、小学生を媒介して聞く。

こう思われているだろうなと思っていたことがそうではなかったり、あるいは思いもしなかったことを知ると、自分自身に対する普段の感じ方が変わる。自分というのは「誰か」の目に映っている自分としてある。

 

 

一対一の話しはインパクトも強く、良し悪しあると思うけれど、パターンにはまり、硬直的にもなってしまう場合もある。それぞれのあり方で、やりやすいよう自由に考えて第三者を媒介させた場をつくることには実りの多い可能性があるのではないかと思った。

 

「対話しよう」と場をもってもいいだろうが、佐久間さんと砂連尾さんのようにダンスだったり、前回は野村誠さんもおられたので音楽だったりでも十分面白い変化がおこると思う。「対話する」というと何か問題があることとセットみたいに思われてしまう場合もある。

 

プロでなくても素人でもできる紙芝居とか、演劇とかでもいいのではないか。多分その場合も他人の話しでなくて自分とか家族のストーリーの方が良さそうな気がする。

 

親子として場に開かれることだけでそれまで固定的だったパターンや秩序が様々に解体されるだろう。親にとっての子はどう見えるのか、子にとっての親はどう見えるのか、場にいる第三者にとってのその親子はどう見えてくるのか、それぞれの見え方がシェアされ、それらが多重に照り返(リフレクティング)されている場では、親にとっての子、子にとっての親、第三者にとっての親子に対するイメージは変わり、それに伴い関係性も変わっていくのではないかと思う。

黄黒交互色彩法

まだブログを始めてない時期にFBに書いた記事。日付は2013年の12月14日。

黄黒交互色彩法についてブログに書いていたと思っていたが、FBだけだったみたいなので、転載。

ーー

大学の卒論か何かの時に、心理療法の論文を見ていると、「世界に奪われた主体を取り戻す」という言葉があって、なぜそういう言い方をするのか全然わからなかったけれど印象に残った。

 

その論文は、執筆者が自身で考案した描画法についての論文だった。
描画法は、治療者が黒、クライアントが黄色のクレヨンか色鉛筆をもって、画用紙に交代で画用紙のスペースを分割するように1本の線をひいていって、図を完成させるというもの。

 

心理療法のクライアントは、極度にエネルギーを失っていて、人との関わりで軋轢ともいえないぐらいのやりとりもしんどくてできない場合もあり、治療者が画用紙に一本の線をひくのだが、その線を切るような線、交差するような線をそんな場合クライアントは書くことが難しいとのこと。

 

クライアント側は受け身に線をひいていくのだが、二人が交互に線をひいていき、画用紙が二人の描いた線によって、亀の背の模様みたいになっていって、適当に分割された頃合いを見計らって線をひくのは終了。その後に線によって分割されたススペースに色を塗っていく。

 

クライアントの線の色は黄色なので、治療者の黒い線と比べて薄くインパクトが弱い。ところが、お互いに色を塗っていって、最後に治療者がクライアントの黄色を黒で濃く縁取りすると、クライアントが描いた部分が黄色と黒の効果で鮮やかに浮かび上がってくる。

 

弱々しく受け身で描かれた絵だったはずが、あれ?こんなん自分描いたっけ?と思うぐらい、治療者とクライアントの主客が逆転して、治療者の関わった黒の主張は背景に消えて、クライアントが描いたものが主役として浮かび上がってくる。

 

このときの力が満ちるような感じ、世界に対して自分が働きかけたことが鮮やかな結果を持って自分に確認される感じ。

 

(これ以後論文と全然照らし合わせてないけど、僕が受け取るにおそらく)
自信、エネルギーの源は、自分が世界に働きかけた結果、働きかけたエネルギー以上のものが帰ってくるものだ、という確かさなのだと思う。その時、人は従うもの、無力なもの、疲弊していくものから抜け出して、狩りをするもの=奪うもの=主体になるのだと思う。エネルギーを運用して充実させ、増やしていく主体になる。生きものはすべからく狩人なのだ。

 

セラピストにかかるかどうかに関わらず、日々のなかで疲弊していったり、エネルギーを失っていくなら、謙虚に、手探りで、何が自分のエネルギーを確実に増加させていくのかを確認していくことが必要になるだろう。

 

それは既知のことや価値観で判断したり結論づけるアタマの働きかけをとりあえずやりすごし、暗闇で目をつむってそこにあるもののかたちを手探りで確かめていく作業だ。

 

台所で特定秘密法や自民党のことで話しをする。

 

多くの人が政治に関心をもち、賢く理性的に、自分だけでなく、マイノリィや弱いものにも公平さがいきわたるように、正しい人を探し、投票すればそれでそれぞれが世界に対して働きかけることは終わりだろうか。世界は生きやすくなっていくだろうか。

 

国や社会は、個別の人やものより自分たちが定義して決めた「全体」の運営や経営を自分たちのために行うもの。でもただ一つ束縛されるルールがあり、「みんなのため」という劇を演じるなかで自分の望みを遂行しなければならない。

 

それを演じきれなかったり、観客にその劇になってないと思われたところで力を失ってしまう。劇は続けなければならない。

 

その劇は劇としてあるものとさしあたり認めつつ、しかしそれにまるっきりその物語に取り込まれてしまうのではなく、並存して自分たちが自分たちの住む環境、望む人間関係を自力で作る方向性に、個々の存在の生の充実、回復の可能性があると思う。

 

自分の子どもを有志で育てる「自主保育」をされている知り合いの方がいる。
どのようなスローペースで遠回りであっても、「正義は勝つ」みたいなあからさまな勝利がなくても、それはでも万人に等しく応用可能な仕組みでないから意味がないよねと誰かに却下されてしまっても、未完であっても、過程であっても、自分が望む環境を直接自分たちが主体となりそれぞれにつくりあげていくなかにいる。

 

主体は「だから」のほうには存在せず、「にもかかわらず」のほうに存在する。
国や政治、時代、環境が悪い「から」自分も〜だ。というところには、どこにも主体がない。

 

またどのように恵まれた環境にあろうとも、生きることの根源的な苦しみから逃れられる人はいない。恵まれている「にもかかわらず」苦しい。何かに目をつむることなく「だから〜だ」で割り切れる生がどこかにあるだろうか。良かれあしかれ、選択をするしないにかかわらず、リアルにあるのはいつも「にもかかわらず」のほうだ。

 

自分の働きかけに対して、世界が応える。その実感、エネルギーの循環を地味に自分の感じられるところを取り戻すことには、国や社会や時代は関係ない。

 

国や政治の劇と並存させ、もう一つの世界をつくり、二つの世界で生きる。
後者のほうは、自分や自分たちで充実できる可能性をもつ。そしてそれは、前者の世界のほうに通じる自力の基盤を育てることにもつながっていると思う

本の作成11 絵本店での企画

何となく過ごしている。


特にやりたいと思っていないことと、やろうと思っていることの違いをはっきりさせようと思う。上滑りしかしないことと、手応えがあること。

 

自転車で街に行く。モーニングを食べに。思っていた店は閉店していた。窓ガラスは板で木貼りされていた。

 

死んだもの、終わったものはそれまでの利用可能性から解放され、それ自体になって、詩になると思った。

 

南に下りる道の途中にモーニングをやっている店があった。一度通り過ぎてそのあたりの店を見回った後、戻ってきて入った。店主と常連の客らしき人が喋っていて、お寺はもらうお菓子が大量で、檀家にバレないようにあげたり捨てたり、無理やり食べたりする、自分も食べさせられたと言っていた。

 

なぜ朝は家で食べるより外に行きたくなるのか。新鮮さが欲しいのだと思う。外に出るとああ外はこのような状態だったのかと気分が変わるときがある。それはいい意味で予想外だったからだ。おきた時は倦んでいるのだろう。外に出るのも嫌なぐらい。寝起きの雑菌が繁殖した口腔みたいに気分が倦んでいる。鮮やかなものを感じたい。陽の光が差し込む座敷に移動して、窓を開けて、外の色の鮮やかさを見る。

 

ーーー
卒論を書いて、次どうするかは決めていなかった。四国遍路後、今までに比べれば何となく生きていけるのではないかという感じは出たが、あくまで前と比べてといった感じだった。週5日で働く正社員に自分がなってやっていけるような気はまるでなかった。とりあえず働いたからといってそれで自分がどうなるというのか。働いても行き詰まるイメージしかなかった。

 

通っていた大学は当時臨床心理学と文化人類学の2つの修士課程があったが、友人で文化人類学をやっている人にエリクソンの話しを聞いた。エリクソンアイデンティティの概念を提唱した心理学者だ。人類学でも心理学関連のことをやれないわけではないのだと思った。そしてある日、実家に帰っていた時にNHKの番組でヒマラヤの民族の特集か何かをしていて、そのなかで村の人たちは自分の力ではどうしようもない出来事に遭遇した時、山に祈るのだという。何かわかるような気がした。今まで特に人類学的なことは興味がなかったが、やれるかもしれないと思った。

人類学に入ると周りの人たちにいわゆる心理っぽさがないのは気持ちがよかった。気の通りの良い、健康さを感じる。心理学科のあの雰囲気は何だったのだろうか。心理学科にいた頃は、文化人類学の学生っぽいと言われ、人類学に入ると心理っぽいと言われる。四国遍路をテーマとし、アンケート調査などそれっぽいことをやってみたが、人に取材しに行くとか、あまり得意でない。話しが通じないのは相変わらず。

インターンシップというのをやってみようと思い、夏に宇治の絵本店にインターンさせてもらう。インターン先は自分が勝手に選び、その後コンソーシアム京都というところが一緒にインターン受け入れを頼みにいってくれる。受け入れてもらった。この絵本店は、アドラー心理学などが流行る前から岸見一郎さんのワークショップをしていたり、店員さんの感性がすごいと思っていて、入れたのは嬉しかった。インターン期間は30日ぐらいだった。

大学の実習で酒木保さんという自閉症も専門にしている先生がいた。彼の黄黒交互色彩法という描画法が大変面白く、感銘を受けていた。自閉症発達障害の関心は高くなっており、絵本店のイベントスペースで彼のワークショップをやってみたらどうだろうと思いついた。絵本店のご協力のもと実行すると、30人強の人が来てくれた。初めて自分が考えた企画がこれほど反応があったのは大きな体験だった。次の年は友人たちと一緒に、子供と心理学をテーマにして6回ぐらいのシリーズ企画を絵本店でさせてもらった。

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中動態の世界」の勉強会 意思は切り替えに

鈴木宣仁さんの投稿をきっかけにグループで中動態のミニ勉強会。

www.facebook.com


大澤真幸さんと國分功一郎さんのネット上にあった対談は難解だったけれど、斎藤隆さんの受験生に向けた解説ブログの方の中動態の説明はわかりやすかった。

 

dokushojin.com

 

 

gensairyu.hatenablog.com

 

文法上は何かの行為が現れる時、それは能動か受動で語られる。能動と受動には主体的な意思の有り無しがぴったりと対応している。「私が打った」「私が打たれた」のように。

 

だが何かの自律的な状態が移行するようなことを能動と受動で語ることは難しい。

 

私が「謝罪する」といったとき、形式だけではない謝罪は、本当に悪かったと感じてはじめて成り立っている。それは「なる」ことであり「おこる」ことであり、意思は間接的に関わっているかもしれないが、「謝罪」は直接的な意思による行為とは言えない。

 

歩くという行為は複雑ないくつもの行為を組み合わせて成り立っている。体の各部分がいちいちやっていることを意思できているわけではない。これも能動=意思の行為と言い切れるのか。とても意思などでは把握できない。意思の介入は最低限であり、何か自律的なイメージか感覚のようなものにゆだねることで、歩くことは成り立っているのではないか。

 

よく話しに引用させてもらう例で、音楽家野村誠さんの30cm四方掃除理論(?)がある。毎日、部屋のなかで30cm四方だけは掃除する。30cm四方ならほぼどんな時にもできる。挫折がほぼなくなる。そして30cmでもやり始めてしまうと、今度はやる前の面倒臭さなどふと消えてしまって、30cmで終わらず、もうちょっとやろうとなってしまうのだ。自律的な状態が生まれている。そして部屋は頑張ってやるぞ、全部やるぞと思って気合いを入れようとしている時よりも早々と片付いてしまうのだ。

 

30cmだけやった時に生まれた状態や気分、もうちょっとやりたくなるモードは意思だろうか? むしろ自分が選択するという意思は半分後方にひいていて、何かわからないけれど、多めに掃除をしてしまう衝動に自分が動かされている。

 

明日は早く起きようと思う。しかし朝になるとそんな求めは消え失せている。ちょっとだけSNSしようとする。だがズルズルとやめられない。ある状態の時に思うこと、感じること、できることは、別の状態になったとき、同じようにはならない。

 

それぞれの状態には自律性があり、自分が意思をして行なっているようで、実は意思でやっていることは、切り替えに過ぎないのではないだろうか。30cm四方を綺麗にする時は意思でやっていても、やってしまうと状態は切り替わり、やり始める前とは別の衝動によって自分は動かされるようになる。

 

意思で自分を強制的にコントロールしようとすると、しんどい。コストが高い。そもそもできない場合があり、挫折体験になる。だが最初から最後まで意思をもって無理やり動かすのではなく、意思は状態の切り替えに使い、あとはその切り替えによってやってきた自律的な状態が自分を動かしてくれる。

 

アルコール依存症自助グループでは、自分の状態を乗り越えるための10のステップがあるという。そのうちの一つに自分の無力を認めるというものがある。それは自暴自棄になるのではなく、意思で強制的に自分を管理して何かを達成しようとすることをやめるということ。大変なことを強制的に動かそうとすればするほど反動がきてできなくなる。自分の無力を認めない人は回復できないという。意思は状態の切り替えに使うものであり、使いすぎると逆効果になる。むしろ自分の状態がどうなっているのかという気づきが深まるほうに、回復の順路はあるのだ。

 

意思で頑張ってコントロールできたとしてもそのパフォーマンスは落ちる。グループででた話しがあった。「手をあげてください」といわれて手をあげるのと、「高いところのものを取ってください」と言われて手をあげるのとは、自然さや負担がまるで違うという。強く意思を介在させガチガチにコントロールするのではなく、あるイメージの自律性にゆだねてしまうほうが負担がなく、パフォーマンスもあがる。

 

意思は、自律的な状態を導く切り替えの一瞬にのみ使ったほうがいいのではないか。日常で意思でやっていると錯覚している行為も実は、ある自律的な状態に自分をゆだねてやっているのではないか。もちろんそれは完全な受動とは感じられていないが、完全な能動でもない。両者が入り混じったような感覚だ。大澤真幸さんは、中動態を能動と受動が同時にあるような状態ではないかと指摘している。

 

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)
 

 

4/22〜29作家展 ぼ~だ~ 境界族×吉田寮 

京大の吉田寮で東京朝鮮高級学校美術部展の展示が行われる。

 

 

排外主義の高まりがあり、朝鮮総連への銃撃があった。今現在に限らず、北朝鮮と日本の緊張関係が高まるたびに在日の人への攻撃や嫌がらせなどはこれまでにもずっとあった。



何かに対する人の認識はどのような時に変わっていくだろうか。

 

問題を提起しても、難しいねで済まされる。抑圧されたマイノリティが無自覚な抑圧側のマジョリティの意識していなかった苦しみを「救う」ことになったときにようやく境界にいたマジョリティが変わるようなことがおこる気がする。

 

圧倒的な不公平だけれど奪い続けるマジョリティであることを止めるときも、なお贈与されることによって止めるのではないだろうか。

 

マジョリティ自身は社会を質的に変える力を持たない。無自覚であってもマイノリティを抑圧する力を背景に、そこに依存して生きているから。自身も実はマイノリティであるという苦しみの自覚抜きにそこから降りることはない。

 

苦しむ人たちは自身が生き残るために必要な回復のために、否応なくその苦しみを結晶化していかざるを得ない。その結晶化は周りの人たちを回復させ、社会を質的に変容させる。そこまで苦しめられてなおその社会に与えてあげる義理などどこにもないのに。

 

 

木曜当事者研究 苦しみについて 

木曜当事者研究
今回のテーマは「苦労」。苦労とは一体何だろうか。

 

苦しみをもつ当事者のいいところは、自分の苦しみに対して妥協のないことだと思う。当たり障りなく、もうこれ以上考えなくていいように、とりあえずいいように言って終わりにしようとしない。

 

苦しみ自体には意味がないと思う。それはただの苦しみだ。しかし苦しみの意義を問うなら、今ある状態、今いる状況から動かざるを得ないということだと思う。ここにはもういれない、いたくない。

 

そのことが人間の強い保守性をこえた動きをもたらすと思う。苦しみがなければ、あるいは苦しみを感じないようにしていれば、人は今ある状態からわざわざリスクを伴って外へと動きたくない。もっといえば、そもそも動けない。

 

快が人を動かす力は実は強くないと思う。押されればすぐ引っ込むような力しか出ない。一見強い快で動いているように思えても、それが強い快として成り立つ背景にその人の苦しみがある。

 

苦しみはある程度まで無解決のまま抑圧できるし、誰もがそうするけれど、それがある限度を越えた時、向き合わざるを得なくなる。場当たり的に向き合うことでことでもなお解決しない苦しみに対しては、自分のあり方を根本的に変えることが必要になってくる。

 

苦しみをどう緩和できるか、マシにできるかばかり考えていた。だが今日葛藤をひきおこされていて、その時にふと、苦しみは今まで使ったことのない、自覚しなかった別の力を湧かしているのだと気づいた。

 

強い葛藤を引き起こされた人がそれまで言えなかった本音を言ってしまうように、苦しみには、いびつなまま抑圧されて、統制されていたせめぎ合いをもう放っておけない状態にする力を湧かす。

 

今まで「力が湧いている」とは気づかなかった。行き場のない気持ちが現れただけだと。瞬間的に声をあげたくなるようなエネルギー、体を身じろぎせざるを得ないエネルギーがそもそも浮かばない状態にしたいと思っていた。

 

だが違うのだとわかった。むしろこの上がってくるエネルギーが古い自分を更新していく力そのものであり、この行き場のなさこそ、今の膠着した状況を壊していく動きそのものなのだと。この力も使っていけばいい。力の流れは言っている。今までのようではないように動けと。

本の作成10 四国遍路を終えて 変化と自意識

今日は続けて書くことにする。

外は雨が降っている。寒くなった。

 

ーーー

四国遍路の前に内観療法に行っていた。内観療法は吉本伊信という実業家であり僧侶であった人が、浄土宗の身調べという修行を一般の人にもそのエッセンスを体験できるように作り直したもの。一週間ぐらいずっと部屋にこもり、子どもの時から現在まで、自分と親や重要な他者との関係を想起していくもの。この内観療法も自分の感じ方に割と変化をもたらした実感があった。

 

日数が大事だと思うようになった。タイミングにもよるかもしれないが、1日や2日のワークショップではそれほどの変化がおきない。四国遍路は一周にちょうど40日かかった。普段の状態から旅の心の状態になるのに、3、4日はかかる。そこからがプロセスの開始であるように思える。旅のなかでは感覚が変わり、要求水準も変わる。家に帰って来た時、夜8時に着いても何も言われないし、雨を防ぐ屋根があり、風を防ぐ壁がある。それだけで感銘を受けるほど感覚は変わっている。それはすぐに慣れて何も思わなくなるけれども。

 

四国遍路にはまだ吸収できる何かがある。そして人類学の大学院に行って、四国遍路にさらに関わることにした。人類学科の人たちがいい意味で心理の学生っぽくなくて普通なのが気持ちよかった。だが心理学と人類学の境界領域に関心があるような僕にとっては、それぞれの分野で自分の領域を限定しているのが不自由でつまらなく感じた。例えば人には自律的な自己治癒力があるというのが臨床心理では普通でも、人類学科でそれをいうと、それは心理学の前提であって、こっちでは違うからと言われた。僕も自己治癒力という言葉こそ使わないが、ざっくり言ってそのような力動があるのは前提にして、そこから話しをしたいのだがそれができない。

 

自分のしたい話しが通じる人が周りにいない。自分が変わっていくたびに、話したい内容も変わるので、話しができる人がその後だんだんと増えてきたとはいえ、今でも常に需要に対しては不足状態にある。いつもそこを開拓しようとしている。松本大洋に「zero」という作品がある。主人公の五島雅は強すぎて全力で人と闘うことができない。彼は自分の狂気を解放したいのがそれに見合う相手がいないままボクサーとしては高齢の30歳になってしまう。だがやがてようやく自分と同じような狂気を持った若きボクサー、トラヴィスと出会う。自分は卑小な人間で雅などではないのだが、雅の飢えに共感する。まだ足りない。いつも足りない。僕もそんな飢えを持っている。足りたらどうなるのか知らないが、雅がトラヴィスに「もっと高くへ行こう」「もっと高く」というシーンがあるのだが、そういう感じのことがおこる気がする。極度に集中した状況に入り、自分の何かが変容していく感じがする。

求めを一気に満たすようなものはない。少しでもより飢えを満たすようなものを探し、近づいていく。自分はそこまで劇的には変わらない。しかし少しでも必要なものを得たら自分は次の状態に移行していくので、それをただ繰り返すだけだと思って今まできている。はっきり言って今後生きていけるような体制を何も整えていないのだが、ただ落ち穂拾いをして、拾った分だけの変化をしていく。そういうスタンスだ。

生きるということはどういうことなのか。生きものとはどういうものか。人間とはどういうものか。文化とはどういうものか。変化や回復するということはどういうことなのか。それをよりはっきりと確かめていく。

 

四国遍路に関わり、知ったことは、人は適切な環境と媒体があれば治療者がなくても自律的に変容をおこしていくということ。いかに自分に必要な環境と媒体を提供するかということが重要だ。

そして自意識の問題。無意識というものは、全く感じられないから無意識なのであって、感じるものは無意識ではない。よって自意識で無意識をコントロールしようとすることには意味がない。無意識に対して自意識は、いつでも手のひらで遊ばれているような存在だ。アプローチできるのは自意識だけ。自意識とは何かを知り、そこにアプローチしていくことが自意識としての自分にできることだ。

 

自意識とは何かを探っていくと、自意識は主体であるように見えて、実のところ変化や移行の邪魔をしている一番の要因だというように見えてきた。変化していくとは、自意識に過ぎない自分がその自意識の支配を抜け出していくようなことなのだ。

 

自意識を強く働かせる時、緊張がおこり、変容のプロセスはストップする。

 

演技が上手くなるためのワークショップというのがあったとしよう。演技が上手くなるということには価値があると思っている人が参加するだろう。だが上手くなることに強く価値をおく人は今、自分が下手であることを前提している。下手であることという否定があり、上手くなれないかもしれないことへの不安と緊張がある。強く価値をおけばおくほど、緊張は高まり、プロセスはストップし、目指す状態にはなれない。

オリンピック選手のように意志してパフォーマンスを高められる人たちもいる。だがその時は、実際には自意識にあまり影響させないようにする技術を身につけているのだ。自意識でやろうとするのではなく、結果的に自意識の悪影響を打ち消し、キャンセルする能力を身につけていくとパフォーマンスがあがる。自意識の機能は動かすことより止めることに働く。

 

それは治癒や回復を求める人がそれを価値としているがために停滞し、変われないこととも同じだ。むしろそんなものがどうでもよくなる状態になれた時、矛盾するようだが変容はおこる。自意識による直接操作から、環境調整による自意識の悪影響の打ち消しへの移行が変容をおこす。だからあまり何か高すぎる価値を持つことは、移行の状態を停滞させる。

 

僕は生きることに意味がないという。意味とは有用性であり、価値である。そしてこの価値が停滞を招く。意味がなくなる場、有用性に支配されている意識が薄れる場でこそスムーズな変容がおこる。安全、安心、信頼、尊厳とはどのように提供されるものか。それらは実のところ、有用性によって自分が評価されていることを打ち消すことによって生まれている。有用性や価値に支配され、動けなくなっているプロセスを動かすためには、意味という有用性を打ち消す必要がある。

人と人として付き合うとか、人と人というのは、優しさとか暖かさとかを持っていることを指しているのではなく、あらゆる有用性を人と人の間に持ち込まず、跳ね除けること、有用性という価値が入り込んでないと感じさせることであり、その時、愛とはどんなものも等しく意味がないことを人に感じさせるものだ。等しく意味がないとは等しく意味があるということとも同じなのだが。

この有用性に支配された状態の打ち消しができないと、人は変化のプロセスに入ることができない。変わることができない。同じパターンのまま同じことを繰り返す。それはある種の地獄だと言えるだろう。変わっていくためには、一時的にではあれ、人を評価するあらゆる有用性は打ち消されなければならない。

ーーー