降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

本の作成9 四国遍路3 遍路の終わり

個人は一人では自他への疎外を止めることができない。

 

この認識になって、今まで自分が持ってきた「自分で自分をまともにしなければならない」という強迫がとれた。取ろうと思って取るというよりか、結果的に楽になったからそうだったのだなと後追いで判断したものだけど。

 

心のスペースが広がり、苦しい呼吸が楽になるような感じだ。するとこの状態が次を求め出す。常野さんのことが強いインパクトを持ったのも今の状態に対してのものだと思う。自分がやっている色々な活動に本当に満足しているのか。虚しさがよく感じられるようになった。

 

元々怠惰だが、だらだらSNSみている時に、本当につまらないなという感情が湧き上がってくるようになった。教養を身につけた自分を想像して、メリハリなくあれもこれもと注意が散漫な状態で読む。そういうのにエネルギーを注ぐのがより馬鹿馬鹿しくなってきた。人の関心をひくために動くようなことは結局あまり面白い体験がなく、疲弊をもたらすのだろう。

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 愛媛に入ると記憶にある場所も多くなった。多くの遍路者は徳島の第一番札所から始めるが、四国の人は自分の家から始めれば一周して家へ帰れる。僕もそうしている。愛媛は終盤だ。もう終わりのようで、やはりそれなりの時間もかかり、という感覚になる。ラストスパートと思って頑張っても、そんなにプラス20キロも30キロも歩けるわけではない。前に一緒になった自慢話の遍路さんにここは泊まれるよというお寺を教えてもらっていた。ガレージのようなところに歩き遍路を止めてくれるそうだ。電話してお願いしてみた。応じてくれた。夜、お寺に行くと、とても朗らかに案内してくれる。人にお願いして否定されるという恐れは強くある。だが全く想像していなかったような気持ちいい応対をしてくれた。揺り動かされた。

 

次の日は横峰寺というやや高い山にある札所だった。泊まった場所が近いので、朝早くから登っていくことができた。以前、父や家族とも来たことがある場所。そして通り過ぎていく。山道で一人になり、少し視界がひらけたところで思い切り大きな声を出してみたくなった。おおーと叫んでみた。思ったより声は出なかった。まあこんなものかと思った。少し残念だけれど、いつか今度はできればと思った。今自分はここにいるのだ。あともう一周ぐらいしたら自分が何か変わるような感じがあった。その案は採用しなかったが。遍路前はこれから生きていける気がまるでしなかったが、何とかなるんじゃないかというような気持ちになっていた。

 

あと4つの寺をめぐり、夕方に最後の寺も巡り終わった。日は暮れて夜になった。普段だったら夜歩いたりせず、どこかで泊まるのだが、家まで帰ることにした。8時か9時ぐらいだろうか。家に着いた。ついていた杖がだいぶ短くなったと父に言われた。ずっとリュックを背負っていたので、リュックがなくても前かがみ体勢になってしまって歩きずらい。足の裏はずっと痺れた状態になっている。次の日から一週間ぐらい他に何もせず、ずっとタクティクス・オウガというスーパーファミコンのゲームをやった。今までやった中で一番ストーリーがいいゲームだった。

 

大学に帰って後輩に会うと動揺されて、雰囲気が変わっているといわれた。そういったのは一人だけだったが。

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