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ここという閉塞から逸脱していくための考察

ブックレビュー 伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』 

 

ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

 

■この本を選んだ理由
 著者の伊藤洋志さんがある友人(本の中で紹介されている和歌山で当選した若い市会議員)のつてで、住んでいたシェアハウスに来られた。ちょうど古今燕という新しい場所を自転車で5分の近所につくられているときだった。伊藤さんの実践を聞いていくと、すごい人がいるものだなあと思い、どちらかというと優秀な人、できる人は自分と違うなあと遠さを
感じている部分も多かった。今もそう思うところもあるけれど、しかし、やや違うところにも意識が向き始めた。自分ができないことはとりあえずそれとして、同じ方向性をもつ人たちを応援する、と同時に、自分を鍛錬し、仲間をつくるということは、自分がもっている媒体を工夫すればすすめていける。伊藤さんがやっていることとを紹介したり、媒介したりすることなどで、自分の自給力を高め、エンパワメントしていくことができる。その在り方であれば、特に今自分がもっているもののなかでやっていくことができる。周りを知り、共に盛り上がっていくことができることをやる、という方針のなかでこの本を選んだ。

 

■概要
 ベンチャー企業に就職し、ストレスで体を痛めていた伊藤さんには、大学時代の着物販売のナリワイの経験があった。都内の古い屋敷を友達とともにかり、改修すること、結婚式を自分たちでプロデュースすること、モンゴルに頻繁にいっていた経験などを生かしたモンゴル武者修行ツアーなど自らの事例も紹介しながら、自分でまかなえるものを増やしていく、自分たちがエンパワメントされていきながら、生活を創造していくあり方、ポストグローバリゼーションの世界を含めた生活のあり方を提案している。

 

■本文引用
個人レベルではじめられて、自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事を「ナリワイ」(生業)と呼ぶ。02

 

大正9年の国勢調査で国民から申告された職業は約3万5000種、現在の厚生労働省の「日本標準職業分類」によれば、いまや2167職種。わずか90年程度前には、はるかに多様な職業の種類があり、職の多様性も高かった。003

 

仕事はもっと多様性のあるものだった。季節ごとに生業は変わるし、色々な仕事があり、それを各自が組み合わせて生活を組み立てていた。005

 

起業と言うと、大きな仕掛けやシステムが必要となってくる。そうではなくて、具体的な「ナリワイのタネ」を生活の中から見つけ、一つ一つを自分の小規模な自営業として機能させていくことを目指す。」007

 

ナリワイとは、生活の充実から仕事を生み出す手法である。作戦としては、守りを固めてから攻めるのが基本である。どういうことかというと、何よりもまず、支出をコントロールし、無駄な支出を減らす。支出を減らすことでむしろ生活が豊かになるような工夫を考えて減らす。さらに、もしものときには月3万円程度の収入でも暮らしていけるような生活場所を見つけて、非常時にはそこに動ける態勢を用意しておく。26

 

面白いことに、ここ数年で個人が仕事をつくるためのインフラがウェブサービスの分野を中心にできつつある。「Airbag」(自分の住居や別荘・空き部屋を貸し出すことができるサイト)、「Etsy」(手づくり品を世界に向けて販売できるサイト)など、個人が少ない元手で自分のナリワイをつくることができるプラットフォームが次々に定着しつつある。36

 

やるべきなのは多様な仕事を組み合わせて自分たちの暮らし方をデザインできる訓練と環境づくりである。37

 

バトルタイプでもない人が同じ業種でまともに戦うと、やられるのは非バトルタイプの側なので工夫が必要だし、そんなに儲けなくても続けていける態勢を構築することがポイントになってくる。一つの鍵が、サービスの受け手側がちょっと協力できるようにすること。「モンゴル武者修行ツアー」も、お金を払えば誰でも参加できるものではなく、武者修行ツアーの趣旨に合う人だけ参加できる、という条件を設けることによって、千客万来では実現できない濃い内容にすることができている。41

 

◇苦労の次元を変える
「田舎には雇用がない」→「定期雇用は少ないが、頼まれる仕事はたくさんあって受けきれないほど」

 

「月20万ほど必要」→「やり方を工夫すれば毎月3万円以内でもいける」
「仕事は専業でなければならない」→「借金しないで自分が自給する程度の野菜や穀物をつくる。余れば売る。」「農業大変、しんどい」→「自給程度ならそんなに難しくない」

一旦引いて状況を見てみれば、それが自分にとって必要な努力なのか不必要な努力なのか見極められる。53

 

アメリカの事例 CSA(コミュニティ・サポーティッド・アグリカルチャー)予約先払い制度での野菜購入。発想の転換「農業生産が自分の仕事」→「市民のための農園の管理人をしている。」54

 

自分の生活を自分や自前のネットワークで賄えるようにすることがスタートで、やっているうちに生活の自給度が上がるということを前提にしている。したがって、収入も増えつつ、同時に支出も減っていくという「ダブルインカム」状態が生み出されるわけである。56

 

コンセプト主導型ではない。ナリワイは弱いコンセプト 57
日頃の行い次第で誰でも時間をかければ身につけることができる。逆に、ナリワイ的感覚は日頃の生活の工夫でゆっくりとしか鍛えられない。57−58

 

ナリワイ的発想 カタカナ語を使うと一喝される道場。→参加者はゼロでもいい。でも必要としている人もいるかもしれない。少しでも人の自力を高めて役に立てるのであれば、それはナリワイにしていい。ダメならさっとやめてしまう。60

 

実感があることをする。66
副業を許さない会社は疲労していくのでは。会社7割、ナリワイ3割案。70

 

ナリワイ10か条
・やると自分の生活が充実する
・お客さんをサービスに依存させない
・自力で考え、生活をつくれる人を増やす。
・個人ではじめられる。
・家賃などの固定費に追われないほうがよい。
・提供する人、される人が仲良くなれる。
・専業じゃないことで、専業より本質的なことができる。
・実感がもてる。
・頑張って売り上げを増やさない。
・自分自身が熱望するものをつくる。

 

事例:カレーナイト
著者がナリワイをはじめた最初の3年間の住居は、飲み会が高すぎて困る、という動機から古い日本家屋を有志でかり、お金はかからないけどちょっといきたくなる企画を実行。気がついたら自力で家を修繕できる力がつき、小さな企画を考えて、段取りをして、告知をするというナリワイづくりの基礎的な鍛錬にもなっていた。77

 

■支出を面白くカットする 81
廃村で8人家族。子どもは全員進学。年収が低いため奨学金が受けやすい。頑張って勉強するはげみに。固定費が少ないので収入がそのまま使えるお金として残る。
田舎で家を借りて暮らすことができる方法を学んでおけば、かなり余裕のある家計運営に転換する「選択肢」をもつこともできる。85

 

■不安の出所はどこだ?
様々な「恐怖」を「危機感」に変換できることが基礎能力として必要である。87
「何がどれくらい難しいのか、小刻みに調べていけば、我々が普段難しそうと思っている大抵のものは、解決可能なものの集合体にすぎない。」88
「給料がなくなるという恐怖も、そもそも自分が生活していくのに毎月いくらかかるのか、どこまでそれを減らせるのか、極限まで支出を押さえてそれが何ヶ月持つのか、楽しく続けられるのか、ということが一つ一つきちんと分かっていればよいのである。」88

 

著者の事例 必要なもの→日当りのよい寝床・温泉・いい食事 →この3つを満たすための生活コストを調べて金額として把握している。最低限それだけは満たせるナリワイをつくれる訓練をしておけばよい→非常に安心感。

 

ナリワイのタネ
広くてきれいな物件で銭湯が近くにあれば風呂なしでいい
→そういう物件は少ない →ボロすぎて借り手のいない風呂なし物件を軒並み借り受けて、きキッチンをなくして広くてきれいにリフォームして、ちょっと豪華な共同キッチンをつくって個室だけど共同スペースがあるシェアハウスに改装、近所の銭湯と契約して安く入れるようにする。109

 

■ナリワイをつくるための基礎的な鍛錬は、大きく分けて2つある。第一の方法は、「未来を見る」。第二の方法は、「日常生活の違和感を見つける」だ。124

 

ありったけの取り組みたいことを書き連ねる。書いてみると自分がこういうことに取り組みたかったのかが再確認できる。確認できると、そこに書いたことを実現するのに関連しそうな情報を勝手に頭が集めるようになる。125

 

精神と時間と体力の余裕 →余裕をもつためには、なるべく固定費がかからないようにしておくこと。頑張らないで物事を解決していくことが求められる。「頑張る」というのは一つの思考停止だからである。129

 

自分自身の眼球や耳、あるいは肌で「なんかありそう」ということを感知できるように感覚を研いておくことが一つの鍛錬である。129

 

未来の予想をどうナリワイにつなげるのか、具体的に考えてみよう。「ふんどしが流行る」と予想したら、何をすればよいか考える。これが第一段階。まずは自分でふんどしをつくってもよいだろう。つくる以外にも方法はある各地に眠るふんどしの工房をスカウトしてふんどしのセレクトショップを開いても・・作り方を本にまとめて販売する、、集まってふんどしをつくる会を企画して参加費をいただく・・130

 

第二段階 考えた仕事がどういう価値をもつか、という視点で考える。
つくる→役立つものを制作して提供する、人の代わりに物をつくる。人がつくれないような優れたデザインを考える。

販売する→他人の代わりに物を選択して販売する
作り方の本を出す→やり方を研究して誰でもつくれるような形にまとめる。
メディアを運営する→情報をまとめて共有できるようにする、同好の人が情報交換できるようにする。
ワークショップを企画運営→人が集まって、技術を身につけられる場所と機会をつくる
材料をつくる→ふんどしに最適な布をつくることで、ふんどしをつくる人の環境を整備する 132

第三段階 証拠をつくる
他人からの感想をもらう。かっこいい写真をとる。ふんどしがいかにからだにいいか科学的研究を提示する。歴史的にふんどしが選ばれてきたかを紹介する。このようにアイデアがわいてくるように普段の買い物も勝負と思って買う。136

 

ナリワイをつくる第2の方法
日常生活の違和感をみつける。138
「なぜ」より「そもそも」を常に考えて。「どうやったら夢のマイホームが手に入るか」→「そもそも住宅ローン自体がいらなくないか?」138

 

19歳著者のナリワイのきっかけ
キアヌのロングコートの似合いっぷりに衝撃→着物で勝負する→着物は高い→安い着物を掘り出すには→手に入れたものを売る→じぶんの責任で商いをする体験を得る。

 

まずはボールをさわることから。
まずやってみる。地道に鍛錬する。「なんでもいいから自分でサービスを考えて確かに提供すること」を試行錯誤する。145

 

ウェブサイトを修正できるようになりたい。
→実践している人から直接教えてもらう。報酬も全部その人にいくし、その後縁ができる。

 

実験する。一次情報を得る。→二次情報を整理できるようになる。しかし、漫然と情報を得ようとするのではなく、一次情報収集時には、注意し眼を凝らす工夫をいれる。スケッチをとる、相手を驚かす質問を用意しておく、など。

 

値段の設定
お金持ち相手なのか、同世代相手なのかで値段を設定。少し高めに考えることでシステムをつくる余裕が生まれる。「極端な話、荒削りなサービスであろうとも、鋭い着眼点で他にはないものであれば、ありきたりの内容で完成度が高いものよりも、荒削りなほうがいい場合もある、168

 

クライアントワーク 床張り協会のたちあげ
ところで、建築デザインなど現代のクライアントワークの最大の課題は、依頼者の理解度が高くないので、真に価値のある提案が決済者に通らず、無難な選択肢が採用されがちであるということである。190

よい提案を徹夜して考えることも大事であるが、その前に鋭い提案を受け入れる依頼主に出会わなければならない。依頼者を何らかのかたちで教育をしなければ、渾身の提案を通すことができない。床張り協会が、多くの人の床張りリテラシーを高めようとしているのと同じような工夫が必要なのである。190

 

■自分の人生で重要視する基準を設ける
年収のほかに「どれだけ自分の生活に必要なもの自分で賄えるか」、「それを人生のなかで増やしていけるか」・・・またどれだけ「この人が困ったらなんとかしてあげよう」と思える仲間がいるかどうかを基準にするのも、健やかに暮らしていく一案になるのではないか192

 

■メリットとデメリット 決断
メリットとデメリットを比較して行動を決められる、というのは、どちらの選択肢でもOK
という場合であって、不安が伴うような判断に迷う選択肢があるときは、メリットとデメリットを考えて行動できる人はそうはいない。・・・・「嫌か嫌じゃないか」。そんなもんで決まる。それが認識できたときに、はじめて実行力というものが発揮される。204

 

■リスクを減らすこと
ナリワイをつくることは、市場経済社会からの完全脱出を目指す単なる自給自足志向ではなく、逆にこのグローバル化する市場経済の中で、経済的なチャレンジを仕掛けて行く基盤になるのではないか、とも考えている。208
ナリワイは強いコンセプトではないが、ふつーの人が、ポストグローバリゼーション時代に、自分のできる範囲の労力で、工夫し、考えて生活をつくる態勢を確保しつつ、必要とあらば市場経済のなかに切り込んで行く、という精神的余裕を生み出す意味を持っている。

 

急がば回れ
常人はそもそも試合に出る前に、ルールを覚えたり、基本的な作戦を知ったり、ボールの扱い方を知ったり、ドリブルの練習をしたり、パス回しの連背ううをしなければならない。それがナリワイにあたるのだ。外貨獲得的な産業振興はそれこそワールドカップにあたる。いきなり目指すものじゃない。218

 

■本を読み終わって
 伊藤さんが様々な問題にたいして、きちんと具体的な調査や確認を行い、その上で大局観にたって行動していることが印象的。それぞれのテーマにおける判断の根拠と例証を簡潔に提示されながら、話しが進んで行く。伊藤さんが現在の社会をどのようにとらえているか、というのも学ぶところは多かったが、本書で自分が一番関心をもったのは、ナリワイをはじめる経緯やその体験の詳細の部分だった。伊藤さんが様々な問題にたいして、すらっと、ここはこうすればよい、と提案するのだが、そうすらっとなる前の時のことややっている最中のことを知りたかった。伊藤さんも書いているように、それぞれがもっている向きや得意不得意はある。この本もまたナリワイの一端を紹介するものとして、ヒントとして柔軟にうけとって、読んだ人がそれぞれの場所でそれぞれの歩みをつくっていければいいのかなと思った。

 

■参考文献
藤村靖之「月3万ビジネス」

月3万円ビジネス

月3万円ビジネス

 


宮本常一「生業の歴史」

 

生業の歴史 (双書・日本民衆史)

生業の歴史 (双書・日本民衆史)