降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

開かれゆく対話の文化祭 オープニング 想定された規範のブレイク

対話の文化祭、オープニングでは4人が部屋の中心に座って、マイクを真ん中におき、ぼそっと話している。これはみんなに聞こえるのだろうか? こんな感じで大丈夫? と最初は思った。

 

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4人が一旦去り、話したい人が真ん中にということで、自分が真ん中に行って今の話しはみんなに聞こえているのか、伝わってないまま、みんなが戸惑いのまま今、進んでいないかと言ってみた。その後、マイクを置かずに持ってしゃべろうかとか、周りからああしたら、こうしたら、と思っていることを言う雰囲気になっていった。

 

そうなると、ああこういう感じの場の作られ方、かえっていいのかもしれないと思い返した。場を回す役割の人が隙なく回すより、放っておいていいのかというぐらいの方が、周りが動き出す。こうしたら、ああしたら、というアイデアが出て、その提案をそれぞれがすること自体が、勝手に想定されている場の敷居や規範をブレイクしていく。結果として場にはより自由が感じられるようになっていく。

 

他律的に感じられていた世界を自分のほうに引き寄せていく。自分が自分として主体化していくということが重要であり、まず必要なのはそのためのリハビリ、エクササイズだと思う。何かの媒体を導入したり、使ったりすることはその次の段階だろうと思う。