降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

世界の更新 イメージを喚起させること 時間を動かすこと

過去の世界、記憶の世界の時間は止まっている。放っておけば、どんなに時間がたってもある対象や物事に対して、同じ見え方、同じ感じ方が維持される。自意識に認識される世界はこの止まった世界を通したもの。自意識は時間が止まった世界、違う言い方をするなら、全てがすでに決定されている世界にいると思う。

 

その時間はどのように動くか。世界の見え方はどのように変わっていくか。普段、時間が更新されているように感じるのは、たとえばアナログの時計の秒針が動くのを見ていると、これは時計だということ(アイデンティファイされる、頭のなかにある「それ」のイメージと自動的に結びつけられる)が喚起され、そして何時何分何秒だという過去(たとえば1秒前の状態)がありありと更新されるためだと思う。

 

春の空にツバメがやってきたり、秋の木々の葉の色が変わっていくのをみて季節の変化を感じるのは、過去の対象(空、葉)に対するイメージが喚起された状態で、情動や反応をともないながら、それが否定され、更新されるからだろう。

 

過去の世界はもう既に決まってしまった世界だ。よって退屈であり、もしそこに閉じ込められてしまったと思うなら、絶望の世界といえるだろう。パウロフレイレが「希望」という言葉を、空疎でない、リアルな言葉として使う理由はここにあるだろうと思う。

 

自分にとっての世界の見え方、感じられ方が更新されるには、特定のイメージが喚起された状態で、かつそれが棄却されていくことを目撃する必要がある。

 

犯罪の加害者と被害者が対話を通してお互いの状態の回復をめざす修復的司法という手法がある。全ての場合というわけではないが、少なくない被害者がやがて加害者と再会し、対話することを求めるようになる。それをなぜかと考えるなら、自分のなかの「それ」と結びつき、喚起されるイメージが固定的で変わらず、その変わらなさを終わりにしたいと思うようになるためだと思う。

 

性暴力と修復的司法 (RJ叢書10)

性暴力と修復的司法 (RJ叢書10)

 

 

それを変えるためには、まさにそれだとアイデンティファイされるようなリアリティを喚起しながらイメージが更新される事態が必要なのだ。加害者本人という強烈なリアリティを求めるのは、それだけ日々の苦痛が苛烈だということを表している。

 

と同時にこのことは、対象が二度と会えないような存在であっても、「そのリアリティ」さえ喚起できればそれなりに更新可能だということでもある。墓参りで、墓石の向こうに話しかけることなどはそれに該当するだろう。

 

リアリティを喚起するものを設定してあげること、目の前のその場所に置いてあげることによって、止まった時間は動き、更新されうる。物語において、失った親族、失った恋人にそっくりで、そのリアリティを喚起させる対象が現れるということはよくあるが、それはこのことを示している。心の時間を動かす際に、対象は必ずしも本人である必要はない。ただ記憶にあるイメージと目の前のものや状況が自動的にアイデンティファイされてしまうようなリアリティは必要なのだ。

 

 

kurahate22.hatenablog.com

 

 

ゲシュタルトセラピーにおいて、ホットシートという技法があり、空白の席がつくられ、そこに自分にとっての誰かがいると想定して対話するということが行われる。

 

上岡陽江さんたちの女性ダルクにおいて過去の体験を差し替えていく行事は、当事者によって「思い出づくり」と呼ばれた。

 

”私たちのハウスにいるのは、誕生日やひなまつりのお祝いとか、一緒に食事をつくって食べるということをやってもらったことのない人たちです。あるいはそういうたびに暴力にあっていたとか、ひどい思い出しかなかった人たちです。それをみんなで、安心であたたかい体験に差し替えていくわけですが、あるメンバーがそのことを「思い出づくり」と言いました。私はまさにその通りだと思います。そしてこの「思い出」の中身って何かなと考えると、「出会い」と「生き抜く知恵」ではないかと、私は自分のことを振り返ったときに思います。 上岡陽江『その後の不自由』”

 

 

kurahate22.hatenablog.com

 


自意識から見える世界は既に決定されてしまった世界だ。だがそれは更新しうる。更新の方法を体験し、知ることは自分が自分の見え方、感じ方を変えていけるという希望になる。今知っている世界、みえ、感じている世界が全てでもないし、本当の世界でもない。決まってしまった記憶としての世界に人は閉じ込められている。完全に抜けることはできないかもしれないが、それを真に受けず、距離をとっていくことは可能だろう。