降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

亀裂をいれる 甲本ヒロトの動画から

https://temita.jp/twitter/63953

 

ロックンロールバンドがね 目指す場所はないんだよ 

小学生でも中学生でも高校生でもいい 

たとえばホウキでもいいんだ 

ギター持ってなくてさ ロックンロールに憧れて 教室の隅っこでワァーってなる 

すっげぇ楽しいんだ そこがゴールです 

そこにずっといるんだよ そっからどこにも行かないよ 

それが東京ドームになろうが教室の隅っこであろうがそんなの関係ないんだ

 ロックンロールバンドは もう最初から組んだ時点でもうゴールしてんだ

目的達成だよ

 


今ある抑圧的な秩序に亀裂をいれるということ、バンド(仲間)をつくり共同表現することは、そこがゴールであるのかと思った。

 

当事者研究界隈では「秩序を与える」という言葉があるそうだ。抑圧的な社会的規範、「普通」というあるべき姿を周りから求められる世間では、当事者の回復への内的なプロセス、精神の時間は止まってしまう。

 

だが自分に侵入し、内在化してしまったもの、その苦しみに自覚があれば、同じことを感じている仲間とのやりとりや共同行為によって、自分のなかのその抑圧的な意味を変えていくことができる。

 

何かをやった後にようやく達成(回復)があると思ってしまう。そしてそこにたどり着く距離と労力に疲弊してしまう。だが回復は回復のなかにあるのだ。

 

演劇や音楽などの共同行為は、内なる秩序を変えるためのより直接的で強い働きかけになるのだろう。

ひとりで見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる。
A dream you dream alone is only a dream. A dream you dream together is reality.

 

ジョン・レノンの言葉を思い出したが、内的な価値観を変えるためには、社会を構成している人全員が変わる必要はなさそうだ。というか、英語をみたらtogetherなので全体というような意味もあるかもしれないが、一緒に、連れ立ってとかのほうがもしかしたら強いんじゃないのかと思った。

 

思ったことには妥当なリアリティがあると感じるためにそれほど多くの人を必要としない。そもそも自分に内在化した信念など一万人とかそういう沢山の人とやりとりして出来上がったものでもないのだし。精神的な距離の近い人とのやりとり、そのなかで良くも悪くも自分を揺り動かすものが自分のものの見えかた、感じかたを変えていくのだろう。

 

本当は大きな声で聞いてほしいのに ため息だとか 舌打ちだとかひとりごとのなかに隠してる 甲本ヒロト「PARTY」

 

亀裂をいれるというのは積極的な行為だ。言葉としても「回復」という言葉が持つようなやらされ感や義務感がない。当事者研究やっていても、秩序に亀裂をいれているのだと考えればいいだろうと思った。その実感は気持ちの循環を活性化する。仲間とともにやるならば、内在化したものも変化していく。

 

甲本ヒロト語録もう少し

 

苦労だと感じ始めたら、その時点で辞めとるものね。

 

心が揺れたところで決着はもう着いてんだ。

 

どんな風にやるかっていうことが一番大事なんだよ。

大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。野球をやりたいというのが夢だ。

 

『楽しい!』と思った瞬間がゴールなの。

 

 

 

 


THE BLUE HEARTS 夕暮れ


 

nightlander.hatenablog.com

ブルーハーツ甲本ヒロト。著者は、この分析を始めるまで、ブルーハーツというグループも甲本ヒロトも知らなかったという。初期の「リンダリンダ」や「青空」を聴いたときの感想も「音程もよくないし、パンクロックとはこういうものですかね」といった程度だったという。しかし声に集中して聴き進めるうちに衝撃を受けたという。彼が話す時の声は、喉周りが脱力していて、最低限の声門閉鎖で済ませているような、呼気もあまり強くなく、嗄れてる。本気で何かを伝えようとしていないような、話すことが好きではない声のような印象を受けるという。しかし歌声になると、ほどよい張りが出て、絶妙な雑音と透明感の混ざった声になる。しかも、その声がデビューから30年経ってもまったく変わらず劣化していない。むしろ味が加わってパワーアップしているという。ふつう声は年齢とともに変化する。前に取り上げた稲葉浩志のように鍛え上げれば長く同じ声が出せるが、甲本の場合は、意図して鍛えたとは感じられないという。著者は甲本自身の言葉をあげてその理由を説明しようとする。「ロックンロールが僕の目的なんだ。ロックは手段じゃない」甲本は若くして自らの生きる目的を見つけ、純粋に気持ちがいいからずっと続けている。『彼の声は、出している本人にとって最も気持ちよく、身体に無理な負荷をかけない声』だという。彼の声を無理やり何かに例えるなら「幹細胞」ではないかと著者。幹細胞とは、器官を再生する細胞のことで、バラバラに切り刻んでも、それぞれが完全な個体として再生する。プラナリアは全身に幹細胞があるので、どこを切っても元の姿に再生する。『甲本の声はどこを切ってもロックとして再生する。歌うことの喜びが常に完全体である。意図も作為もなく、ロックであるためのすべてを希求し続けている。』著者は、彼の歌声が、『私たちが社会生活を営んでいくうえで避けられないしがらみから解かれて、人ひとりとして立った時にあるべき人間の姿を感じさせる』という。『もともとロックとは、そういうものではなかったか?』と。「だからこそ理屈ではなく、もはやひとつの生体として、多くの人の心を、とりわけ生きづらさを抱えやすい悩める若者たちの心をつかんできたのではないか」と感じるのだという。著者が甲本ヒロトの声を最後に取りあげたのは、それが第3部『自分を「変える」声の力』につながっていくからだ。                  「読書日記」