降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

開かれゆく対話の文化祭終了 次のステップに

開かれゆく対話の文化祭が終了。
参加者は60名(?)ほど。

 

修復的司法、リフレクティング、餃子づくり、ドラムサークル、オープンスペーステクノロジー、お気に入り本紹介コーナー、講師へのお手紙コーナー、当事者研究、まちづくり、難民問題、街宣行動まで多様な話題と企画が盛り込まれた。

 

終わってみて、自分にとってこの企画とはどういうものだったか振り返る。会場の雰囲気は関西当事者研究交流集会のような感じもした。それぞれの人が持っている思い、それぞれの惜しみのないシェアが感じられる場だった。個人個人のアイデアや企画が尊重され、可能な限り全て盛り込まれ実行されている。

 

ふと地元愛媛県のお寺のようだと思った。石手寺というそのお寺は、四国八十八か所の札所の一つなのだけれど、好きなお寺だ。万国旗が寺に渡されてあったり、胎内巡りがあったり、そのさきに千と千尋の世界みたいな謎のテーマパークじみた場所があったり、ちょっと小汚いようになった千羽鶴がたくさんあったり、民衆信仰を受け入れ、これでもかと様々な人の思いを受けて、盛りだくさんの場になっている。綺麗さや外観上の洗練をなど全然追究していない。対話の文化祭はその石手寺のような場所だった。

 

対話は「する」ものではなく、「おこる」ものととらえることが大事だと思っている。自意識の直接操作で状況を変えるのではなく、環境の整えをした結果、変容がおこる。対話を「発酵」のようにとらえてみる。意見を押しつけるのではなく、既に決まったこと確認しあうのでもなく、妥協の割合を決めるのでもなく、我慢するのでもなく、発酵という質的変容が自分と相手の間におこるようになるためには何が必要だろうか。あるいは何をその環境や自分たちから取り除かなければいけないだろうか。

 

私でも相手でもない、小さな自律的な力が場に生まれ、自分と相手、場を変えていく。そのことのために必要なのは、いつもなら場を支配してしまう強い力を働かせないようにすること、個々人の内的な不安や恐怖が打ち消されるように、場が整えられていることではないかと思う。

 

加えて、対話が「おこる」ために必要なことは、関わるものが互いに違うものであること、そしてそこに必然を与えてあげることだと思う。ある対話の技法が技法であることの意義は、いつもなら同じパターンで扱われることをそうはさせないようにすること、そして何かと何かが出会う必然を用意することだと思う。

 

企画についてもまた同じで、何か発酵的なことを起こすということは、いつもなら同じパターン、同じ結果になるやりとりをさせない仕組みを組み込むことであり、同時に出会うべくものが出会う必然を組み込むことであると思う。

 

例えば、お気に入り本コーナーでは、参加者は一冊の本を丸ごと読む時間はない。本屋で展示を見るのと同じ感じ、同じように通り過ぎる。本と出会う必然を組み込むと考えるなら、例えば本を置いた人たちがその本について、短いプレゼンをしていくという時間を設ける。すると、その人がどのようなことに関心があるということもわかるし、本自体の概要も入ってくる。次回があるなら、一つ一つの企画のなかに、より対話がおこる必然を組み込むこともできるだろうと思う。

 

今回の対話の文化祭は、言ってみれば、様々な技法や問題、活動の展示・紹介がされたのかと思う。参加者は興味あるものの周辺に対して、来る前よりも見渡しをもったと思う。あんなものもある、こんなものもあるということを知り、感じられた。

 

展示・紹介は、広がりや関わりを生むが拡散的でもある。もし次にステップがあるとするならば、展示、紹介という水準からもう少し上がり、それぞれの活動が何を焦点とし、何を求め、活動の結果どのようなことがおこったのかという「研究」の発表とそこで浮かび上がったテーマについて話し、探究しあうようなことがいいのではないかと思う。

 

ある程度、個々において追究されたテーマを持ち寄り、探究された濃い情報が集まってくる場所。そしてそのうえで話しをする。難民問題、街宣、当事者研究、楽器を使った交流の深化など、会場で紹介されたものの、その後の展開を含めて発表される場。対話の文化祭が、自分の活動や問題意識をブラッシュアップしていける場になっていくというのはどうだろうか。