降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

宇沢弘文 社会的共通資本のお話しを聞きに

社会的共通資本のお話しを聞きにいく。宇沢弘文さんという経済学者の方が提起したものとのことだったけれど、初めて知った。

 

メモ。

 

投資と投機の違い。投資は社会的事業に対して行うものであるのに対し、投機は利ざや稼ぎをするためのもの。

 

ミルトン・フリードマンの名が出てくる。英ポンドの切り下げの際に先に得た情報から空売りし、それに批判的だった人に、儲けられる時に儲けないものは紳士でない、といったエピソードも。

 

大恐慌前の経済学は新古典経済学。その特徴は政府が介入しない自由放任、どの資本も必要ならすぐ別の形態に変わって生産し始められると考える移動可能性(マリアビリティ)、所得配分の公平性の無視など。

 

大恐慌は、銀行までが投機を行う自由放任主義のなれの果て。

 

それに対して現れたケインズ経済学は、自由放任の新古典経済学の主張である、マリアビリティの不可能性(一旦作った設備が売れなくなったからといって直ちに他に転用できるわけもない)、投機が横行することにより市場は不安定になり、バブル崩壊がおこるということも証明した。

 

1933年ルーズベルトが大統領に就任。グラス・スティーガル法によって、公共的な存在である銀行の投機を規制。

 

(その後この法はビル・クリントンにより撤廃され、規制を解かれた無秩序な投機によってやがて2008年リーマンショックがひきおこされる。

 

トランプは富豪だが、軍産複合体のようなエスタブリッシメント(既成の権威的勢力)とは独立している。一方、ヒラリーはそこにどっぷり浸かっている。

 

トランプは2017年のインタビューのなかで、投機を制限するグラス・スティーガル法を復活させる検討に着手したと発言。トランプは、北朝鮮の融和、ロシアとの友好など、既成の権威的勢力にとっては好ましくない動きも行っている。)

 

ケインズ政策は、財政出動にとる有効需要の創出と完全雇用の達成、社会基盤への投資を大きくし、経済的な活況を目指した。第二次世界大戦後、国内に戦争被災がなかったリードをもつアメリカは世界経済の中心に。

 

だがベトナム戦争により疲弊。1971年に金とドルの交換に耐えきれなくなり、交換を停止したドルショック、1973年にはオイルショックがおこる。

 

ケインズ主義の限界と行き詰まり。アメリカはピノチェトのクーデターを通して、市場原理主義の導入の実験をチリにて行う。

 

さらに並行して、ベルリンの壁崩壊など、社会主義の崩壊がおこったため、資本主義とせめぎ合うものもなくなり、一気に市場原理主義が浸透する。

 

市場原理主義は、公共事業はや公共サービスを大幅に削減し、弱者を切り捨て苛烈な自由競争を妥当とみなす。代表的な指導者としてレーガンサッチャー、中曽根。中国はこの頃資本主義経済に加わったためあからさまな市場原理主義体制に。

 

アメリカはレーガン政権時代に独占禁止法規制を解除。食という生命に直結する資源であっても一私企業が生産から販売まで一手に握ってしまう「垂直統合化」の動きが推進。代表的企業としてウォルマートなど。貧困層に提供されるフードスタンプはウォルマートの商品の購入するものとなっている。

 

オバマは食業会の腐敗や保険問題の打開をうたったが、メスを入れることはできず。

 

市場原理主義の進展によって、医療破産の激増、中流階級の崩壊、医師たちの疲弊、劣悪な公的保険、返せない学資ローン(破産しても免れない)、刑務所の商業化(受刑者を第三世界の労働者より安価な労働力として利用。罪の軽重に関わらず3回の有罪で終身刑になるスリーストライク制の導入。)などがおこっている。

 

「民営化」の実態は、私有化であり、公共性を担保しない個人が自由勝手にインフラを握ることになる。アメリカに十分な鉄道がないのは、自動車会社が鉄道敷地を全て買取り、鉄道の発展を許さなかったため。力を持つものが自分への利益を誘導するために公共的なものに対して介入してくる。日本国鉄民有化も、資産として付随していた一等地が狙いにされていた。朝日をはじめとする大手マスコミの本社所在地も国鉄民営化の際に手に入れられたもの。

 

新古典経済学、ケインズ経済学、市場原理主義社会主義をこえた体制としての社会共通資本の導入。

 

社会的共通資本とは、全ての人が豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を継続的、安定的に維持することを可能とするような社会装置。

 

具体的には
自然環境 大気、水、森林、河川、湖沼、海岸、沿岸、湿地帯、土壌など
社会的インフラ 
制度資源 教育、医療、金融、司法、行政など
農の営みと農村、都市なども社会的共通資本

 

例1 香川県満濃池(ため池)
ため池は紀元前にスリランカで作られた技術。水をためるだけでなく、どう分配するのか、平等を保証するのかが「技術」として伝えられた。これが大乗経典に書かれ、仏教僧が日本に持ち帰り役立てた。親子でも水は別と言われるように水は根深い争いの要因。水争いを治めるためのため池。

 

例2 筑後川山田堰
ペシャワール会、中村医師が支援先で同じものを作る。堰によっておこったトラブルも筑後川山田堰の記録に記されているものと同じパターン。対応の仕方もその記録を参考にした。

 

次回は、日本における市場原理主義の具体例の紹介がされる予定。その後の懇親会の際に、それぞれ活動している人が自分の活動や考えを発表する場にしては、と提案する。