降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

本の作成12 社会に関わる転機

ちょうど転機のところになったらお題も転機だったのでいれてみた。

 

今日は畑に行った。夏野菜を植えるための畝をつくる。畑を改造中でちょっと排水の流れも調整が必要になったりしている。夕方は蚊が出てきた。19時ぐらいになってもまだ明るくなっている。

 

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絵本店での講演とワークショップの企画は、媒介しただけで仕事の多くの部分をお店と講師の方にやってもらっていた。だが、自分がこれは面白いのではと考えたことに30人ぐらいの知らない人が来てくれるという経験の手応えはその後催しや企画をやる基盤になった。

 

このワークショップがきっかけとなって、知り合いから提案があり、次の年は6人ぐらいの講師を招いてシリーズもので講演とワークショップを行った。その際、ある先生の授業の時間の一部を使わせてもらい、ボランティアの学生を募った。10人以上の学生が集まってくれた。そのなかで出会ったある人は一度社会人を経て3年次編入で学生になった人だったが、自分の話しや考えてきたことを興味を持って真剣にきいてくれた。その人がきいてくれているとどんどんと話しが繋がった。どれだけの時間話したかわからないが、大学院の修了式に最後話して、話し切ったという感じがあった。自分のなかにおこっていた何かのプロセスを終わらせてくれた人で、今でも敬意と感謝の念を持っている。

 

シリーズ講演を始める際に、チラシを各所に配ろうという提案がボランティアの学生からでた。正直なところはそんな営業的なことは苦手だったのだが、学生のほうからそう提案してくれたのだから断るわけにはいかなかった。宇治市京都市南部の様々な場所を訪ねた。その際に出会ったNPO法人働きたいおんなたちのネットワークの理事長の吉田秀子さんとはその後もずっとお世話になり、関わりを持たせてもらうことになった。初めてそのNPOの事務所に行って講演の趣旨を話して快諾してくれただけでなく、チラシを置かせてもらって次の場所に行こうとしていた時に、もう名前を覚えてくれていて後ろから「米田さーん!」と呼びかけてくれて、他にも様々な協力ができることを伝えてくれた。なぜこんなに自分を受けとめて評価してくれるのかわからなかったが、吉田さんはいつ会いに行ってもそのように扱ってくれた。行政の歪みなどの現実の矛盾と闘いながら活動している吉田さんの話しは面白く、ずっと聞いていられた。こちらが悩みを打ち明けて聞いてもらうとかいうような感じではないのだが、吉田さんには活動の場を与えてもらったり、話しをさせてもらえることで支えてもらった。

 

当時、考えていることの話しはしたいが、誰も自分が考えていることには別に関心がなく、その話しができる相手がいなかった。友人はいたが、自分が一番関心のある話し、ずっと自分が考えてきたことを話して反応がもらえる人はいなかった。現役生に比べると、3年遅れて大学に入っていたこともあり、話しが合わない。これについてどう考えるかというような話しがまるでできない。だから他大学を卒業してからきた編入生たちやNPOの吉田さんのような存在が生命線のように貴重だった。

自分が関心のあることを企画し、自分なりに社会とやりとりすることによって、人と関わることができる。企画をすることで、派生的に新しい人たちと出会い、その出会いがその後の活動や生きることの基盤になっていく。四国遍路をして少し感覚が変わったとはいえ、まるでどう生きていけるのか、確かな感覚が掴めなかったが、関心のあるところにおもむき、人と出会い、そして自分の活動をしていくことを繰り返すことで、今まで凌いできた。40歳をこえていまだに自営業にもなっていないでフリーターだが、かろうじて生きて、非常にわずかずつだが自分にフィットする環境や生き方に試行錯誤しながらにじり寄ってきた。今、自分を一番活性化させることを活動としてやる。ただそれだけをやってきた。それでは足りないかもしれない。足りなければ、それで終わるだけだ。

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