降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

ひをふくやまとあおいぬま 続

今日はシェアハウスの家賃を払いに下鴨へ。

途中、つけ麺ならぬつけうどんの店があった。最近出来た店。

 

豆腐屋がはじめたうどん屋で、店内では豆腐とか油揚げとかおからとか販売している。食べる席は端っこに寄せられているので、どちらかというと店頭販売優先な感じ。つけカレーうどんにしようかと思ったが、暑いので冷やしつけうどんにした。

 

おぼろ豆腐と切り干し大根と湯葉がついてくる。だしも美味しい。食後はコーヒーが出るようで、アイスを頼んだ。コーヒーは2杯ぐらい飲むと頭が痛くなるので本当は紅茶がいいけれど、なさそうだったので。豆腐屋なのでミルクは豆乳にできる。

 

帰ると郵便が届いていた。滋賀の古本屋さんに「ひをふくやまとあおいぬま」の在庫があって取り寄せた。早速読んだら、ストーリーを思い違えていたところあったので、訂正。

 

結婚を断られた腹いせに噴火した火山ピンネシルによって、付近の生き物は全滅し、あおいぬまピルカトーも汚れてしまった。その回復の過程のところだけれど、あおいぬまにはきれいな水がわずかに残っていた。ピルカトーはそこに集まるわずかな魚たちに汚れた水のなかからきれいな水の粒を集め、「こおりのようにうつくしいやり」をつくるように頼む。

 

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ひをふくやまとあおいぬま

 

 

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ひをふくやまとあおいぬま

 

長い時間がたち、槍が完成した。ピンネシルは槍に飛んでいくように歌う。火山は槍をさけることができなかった。ピルカトーの心をこめた槍を飲み込んだピンネシルはもう前のように怒鳴ることができなくなった。

 

ピンネシルに憐れみの心が生まれた。ピンネシルは涙を流し死んだものたちに許しを請うた。ピンネシルの涙からはきれいな川が生まれ、その水はふもとのおいぬまに流れ込んだ。あおいぬまはその水によってだんだんときれいになっていった。

 

ということで、ちゃんと展開はあったのだなと思い込みをいましめる。

 

氷のような槍は、ピンネシルの悲しみを結晶化したようなものだろう。「なごり雪」という歌とかがあるように、氷や雪は、とどまっている凍った悲しみ、時間を止めるものといった意味合いを含む。それが火山の熱によって溶かされ、涙となる。

 


なごり雪 - イルカ - YouTube

 

ピルカトーは、自己完結的な力で蘇ったのではなく、暴力的な他者である火山に自らの悲しみの結晶を打ち込み、その結果として火山から流れる涙によってはじめて回復することができた。このあたりの示唆するところはもう少しじっくりと反芻したい。ピルカトーにしても、回復へ移行するために相互作用をおこす他者が必要だった。

 

ピルカトーは、ピンネシルの求婚を断るときも、ピンネシルが憐れみの心をもち、自然を回復してからの再びの求婚を受け入れるときも、自分で決断せずに、ならのきや魚たちに相談して決める。

 

この受動性は何かなと思うのだけれど、おそらくピルカトーは実体としては存在せず、具体的に存在する木々や魚たちとその相互作用が作り出す自律性の象徴だからだと思う。

 

その自律性とは、たとえば意思をもった統一体としての「自然」は存在しないけれど、光、水、空気、生き物がそれぞれに動き、相互に影響を与えながら活動する結果として、あたかも統一体としての「自然」があり、自己調節機能をもっているような働きをもつようなことだと思う。

 

だからピルカトーができることは、呼びかけたり、歌を歌うことだけなのだ。水の粒は魚たちが集める。具体的に実体としてあるのは木々であり、魚たちである。ピルカトーはそれらの具体的なものが生き、活動した結果として表れてくる象徴であり、本質なのだと思う。

 

暴力的な破壊の後に、人は回復するために水の粒を集め出す。結晶化はその痛みと犠牲を代償にしている。限られた生のなかでは、個としては結晶化を完成する時間を持たないかもしれない。それは約束されたものではない。

 

ただ、それはぬまに住む魚たちのようなちいさな働きとして心の底で粛々と続けられている。自分がどのように荒れ果てた場所になってしまってもそれは自律的に続いている。そのことを知ることで人は支えられるのではないかと思う。

 

心に残ったところを最後に。

 

ピルカトーは いちばんとしとった ならのきが ごうっと、すさまじい ひめいをあげて もえあがったとき、おもわず、めをとじて あやまりました。

「ゆるしてください、としとった ならのき わたしが、ピンネシルのいうことを きかなかったばかりに・・・。」

「いいんだよ、ピルカトー。それよりも まけては いけない。あんな ならずものに、まけては いけない、ピルカトー

 

 

こおりのように うつくしいやり わたしのこころを こめたやり とんでいけ そらたかく さあ たかく

ピルカトーは、さざなみのような こえで うたいました。

すると、やりは いきおいよく ぬまを はなれ 、ピンネシルの くちめがけて とびさっていきました。

ピンネシルは、そのやりを さけることが できませんでした。