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降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

疲れること 疲れないこと

京北2日目。

昨日は、12時ぐらいには寝ていた。明かりがないところでは早く寝れるような気がする。とても寒くなるということで、糸川さんが心配してくれて布団を沢山用意してもらったが、ストーブもあったので、毛布と掛け布団1枚で十分だった。茶色いカメムシがわりといたが、気にせず寝た。アムステルダムに行った知り合いが宿のベッドでひどくダニにやられた話しを聞いていて、いたらまいるなと思っていたが全く大丈夫だった。

 

朝は、6時40分に起きた。まきストーブを炊いてご飯を炊く。鶏は今日も卵を産んでいたようで目玉焼きも出た。ご飯は大体その度ごとに炊くようだ。大体雑炊が多くなるそう。自給分だけでいこうとするとやっぱり、同じものばっかり食べることになる。鹿肉をもらえば一週間ずっとそれをおかずにするとか。

 

考え方は色々ある。糸川さんはそのようにやるというだけだ。別の事を重要視する人はまた別のやり方を選ぶだろう。僕は野菜こそ買わないが、好きに外食するし、紅茶やら、パン、肉、卵、チーズなど好きなだけ買う。自給分だけで全く買わずに1ヶ月や2ヶ月いけると思うけれど、そうはしない。


糸川さんは、電気ガス水道をひかない生活で、毎回ご飯に時間がかかるのに、最初はちょっと慣れなかったという。京北に来るまではカフェをやっていたから、冷蔵庫もガスもあるし、バラエティに富んだ料理を調理時間も短かく食べていただろう。

 

 

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そのお話しを聞きながら、また無意味と意味について考えていた。料理と食べるのに毎回1時間半かかるとして、毎日4時間半をそこに使う。大昔の人は、今日やったことは必ずしも明日につなげられない世界だったと思うので、料理に毎回2時間かけようと、狩猟と料理だけで1日が終わったとしても別に損失はない。

 

今日やったことが明日に意味があるようになっていって、今は明日のために使わなければいけなくなった。明日のために役に立たないことは、否定的にとらえられるようになった。より有意義な時間とそうでない時間ができた。これは、十分な悲劇ではないだろうか。

 

知的障害をもっている人たちの施設にバイトに行っている。ダウン症の人たちとかは寿命も短めで、明日に何かをつくっていくことはしない。世界や社会を発展させようとはしない。彼らの時間は無駄な時間なのだろうか。

 

有意義さ」などより無意味さこそ取り戻されるべきだと思う。さっきの時間が無駄だったのかどうか振り返るようなそんな世界で、有意義さに圧迫されて生きることは気の毒でつまらないことだと思う.もともと時間に意味などなくて、退屈だろうが何だろうがそれはそれだけでしかなかったのだと思う。

 

 

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全てのものが、流砂のような時の流れに徐々に呑み込まれていくだけ。地に足をつけるとは、その現実の認識を促すものではないだろうか。

 

その上で、意味ある世界という虚構を生きていく。意味のない世界に足をつけることで、意味ある世界で生きていく力は逆に増える。意味がないからこそ自由にのびのびやれる。賭けていける。

 

八木啓代さんが、疲労困憊して家に帰ってきても自分のために最高の料理をするとツイートしていたのを憶えている。僕はすぐに外食でいいかと考えてしまう。あるいは美味しさは妥協しても簡単にできる料理をしようと思う。だがそれは間違っている。時間に意味などないからこそ、瞬間を充満させるしか徒労感を避ける手段がないのだ。

 

書いてきたことと矛盾するようだが、どのような時間であれ、全ての時間を使い捨てにしてはならない。なぜならそのほうが疲れるから。生命力の張りが失われる。明日のために今思っていること感じていることを抑圧してくすぶっているなら、そのときは生きていない。全ての時間を生きている時間にすることが、自分に対するはなむけであり、責任なのだ。

 

畑を適当に、場当たり的にやると疲れていく。植える作物がどのようなものであるか、植える時期、作物と作物の間隔、何日後に採れはじめるか、どれくらいその作物が自分にとって必要かなど吟味せず、手を抜いたところからは学びがなく、同じ失敗を繰り返す。時間も薄まっている。それが疲れる。疲弊することをほっとくのは、投げやりであって、投げやりさは自分を殺していく。

 

何であれ、どのような状況であれ、どのような体勢であれ、そこをもって瞬間瞬間を充満させる。明日のために生きようとしたら死ぬけれど、今を最も充満させることは、副次的に明日につながるだろうと思う。しかし明日のために今を充満させようとしだすと死ぬ。自分に対してギブアンドテイクなどしないということなのかもしれない。

 

 

 

 

 

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