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降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

ジョジョ立ち 興ずる状態を維持する

🔳マンガ →マッドマックス(荒野の週末)

日曜日、トランク企画のインプロ(即興演劇)ワークショップに行ってきた。人数は5人。それぞれ自己紹介をしたあと、全員が輪になって手を握り、誰かが手を握ったらそれを横に伝えていく。さらにそれに加えて先ほどした自己紹介を再現する。どちらかに意識を全てやってしまうと、手を握るのを忘れてしまう。日常ではやらなくていいことはたくさんあるんだなと思う。リハビリされていない感覚、すぐに反応する状態を呼び起こしていく。

 

参加経験が少ないので違うかもしれないが、演劇とダンスのワークショップのウォームアップの時のワークは、共通するものが多いのではないかと思った。意識を拡げて、感覚やすぐに反応する状態を呼び起こしていく。

 

webフォームでの申し込みのときからスポーリンに関心ありますとアピールしていたので、ワークもスポーリン的なものを沢山入れてくれたようだ。しかし、反射神経が必要なワークの苦手度が半端ない。

 

椅子を用意して、誰かが1人たっている状態を維持するというワークをした。誰かが座れば誰かが立つ。感情を出さずに黙って静かにやるというルール。間違って自分と誰かが同時に立ったりしてもそのことにいちいち反応しない。

 

このワークは、参加者が中学生であっても、自分を出すのが苦手な人でもお年寄りでもできるワークだなと思った。とりあえず僕はそういう誰でもできるワークは蓄積していきたいと思っている。

 

あとこのワークの時の静謐な感じは、日常では味わえないものでとても気持ちよかった。わざわざそういうワークをしないと、それは感じられないなと思った。

 

「リハビリ」は必要であっても、それを目的にしすぎると面白くないが、できるだけこういう味わうことの楽しさのほうを主にすればいいだろうなと思った。

 

会場で自分がもっとも気持ちが落ち着く場所に行くというワークもした。1人ずつやる。視覚以外の感覚も使いながらと声がかかる。自分が一番落ち着く場所にいってOKを出す。それぞれやった後、次に1人がそこに入った状態で次の人が居場所を探す。人がいるので、前回と場所が変わる。人との距離をどのようにとり、何を快適と感じるのかが象徴的に現れるのが面白い。このワークも色々使えるなあと思った。

 

あとこれは自分が勝手に想像しているのだが、ワークとワークの間をどうにかしたい。ワークとワークの間では、いわゆる現実の規範にそった「普通の」「常識的な」反応の仕方に戻らなければならない。誰にもそうしろと言われていないがそうなってしまう。それはそれで重要な意味もあるのかもしれないが、それが面倒くさいし、ワーク自体よりそれが疲れる。

 

そもそもワークショップ中は全体の空間の文脈を変えるということができないかと思う。祭りのようなもの、ハロウィンみたいに、空間の全体の文脈を変えて、個々がいちいち自分の行動の理由を説明したり、間違いの釈明をする必要を少なくするようにできないだろうかと思う。

 

何度も出すけれど、全員がコスプレし、砂漠でマッドマックスの世界を再現するイベントWasteland Weekend(荒野の週末)とかだったらいちいち「普通」に戻らなくていいと思う。会場や全体の空間自体の意味を変えてやったらどうだろう。


『マッドマックス』の世界を生きるイベント « WIRED.jp

 

マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」の個性的すぎるポージングを真似するジョジョ立ちという遊びがある。人が集まり過ぎるので主催者が危機感を感じ、開催を見合わせたことがあるほど人気らしい。極端すぎるものはかえってやりやすい。極端のほうが恥ずかしくない。ジョジョ立ちから得られるヒントは多いと真面目に思っている。

ジョジョ立ちin大阪城公園

 

ジョジョ立ちにおいては、空間全体の文脈は変わっていて、人は真似して遊ぶことに自由を感じているはずだ。これは祭り。祭りは既にあるものもいいけれど、もっと自分に取り戻し、自分たちでつくるものというふうにとらえていいだろうと思う。

 

パロディは興味深い。自分にとって新しいものを取り入れようとしているとき、慣れないことをするときは、大抵緊張して自分が失われやすいと思う。ところがパロディにおいては、もちろん緊張するのだが、その緊張をこえて主体性を保ったままでいやすい。

 

その感覚、わかるだろうか? 主体性をもったときの感覚。興ずる感覚。自分のなかにあって展開したがっているプロセスが動き出した状態。この感覚のなかにいて、維持することが回復にとって重要だ。評価が問題なのはこの興ずる状態を阻害するからだ。せっかく生まれてきた熱を冷ましてしまう。

 

プロセスを主役にする。 現在の自分の体制をWindowsみたいなOSだとしたら、それが次へと更新されるためには、このプロセスのほうを主体とする。自意識は自己保存したい古いOSのようなものなので抵抗がある。しかし、環境を調整し、興じる状態にもっていき、その状態で踏み出す。動き出すものにゆだね、古い抵抗を放棄する。

 

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