降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

尽くすことと学ぶことの違い

大学の学部は心理カウンセリングの学科にいたけれど、人の悩みをずっときく仕事につきたいと思ったことはなかった。自分が聞いて、その人が楽になるなら聞きたいという気持ちもなかった。 一方、年間を通した当事者研究の集まりをやっていくなかで、参加者が…

場の整い

こころゆく話しの場は、どのようにできるのだろうかとずっと試行している。 自分の求める感じが成立するために必要な要件の一つは、発散の場ではなくて、学びの場であることだと思っている。 更新していく場であること。自分の捉え方、考え方、反応の仕方と…

当事者研究のプレゼン準備

当事者研究の集まりを京都の3箇所で始める。 どういう趣旨でやるかを考える。A4の紙のプレゼンで紙芝居的にやろうと思う。 あと1時間後に発表する準備を今からやってみる。 なぜ当事者研究をやるか そもそも当事者研究とは →北海道の浦河べてるの家で始ま…

初動の認識 対話が成り立たない理由

アズワン鈴鹿コミュニティは、「当事者研究」で、対話の成り立たなかった状態から対話が成立する状態をつくりだすことに成功した。 一旦コミュニティ的な集まりを作っても、距離が近くなって他人行儀に限界がくると、途端に人の行動や言動が許せなくなる。一…

じゃなかしゃばとしての文化

辞書や学問でどう定義されているか知らないけれど、僕は文化というのはサバイバルということに生を埋め尽くされることをやめるために生まれていると思う。 どんな事故に遭うかわからない。どんな病気にかかるか、どんな障害を生まれ持つかわからない。お金を…

京都文学フリマ お墓に語りかけること

みやこめっせでやっていた文学フリマに行って来た。 文学フリマがなんであるかよくわからないまま、とりあえずフリーターズフリーの栗田隆子さんと修復的司法をやっている小松原織香さんがブース出しているというのでそこだけでもと。 行ってみると、自作の…

高まり

大学時代から話しの場がほしかった。 話しの場がなかったわけではないけれど、足りなかった。友人に頼めば、別にいくらでも話しは聞いてくれただろうけれど、聞いてもらうということがしたいわけではなかった。相手が自分と同じぐらい関心がないことを話して…

バッファゾーンを育てる

今頃昨年を振り返りつつ。 1月〜2月は、アズワンネットワーク鈴鹿滞在。農場などで働かせてもらいながらコミュニティ内で、対話ができない状況を乗り越え、時間を経るごとに関係性の成熟がすすんでいくことを成功させた自己観察の手法を学ぶ。 鈴鹿の外から…

なやカフェへ

久しぶりになやカフェへ。 不思議な時間がながれる【なやカフェ】 - NAVER まとめ 明日明後日もやっているみたいだけれど、僕が行けるタイミングは今日だけだった。なやカフェは入ると空間の質が外の世界と違って、時間が止まっているように感じる。店内には…

死んだように生きている

誠光社で、砂連尾さんと西川勝さんのトーク。 www.seikosha-books.com 楽天堂のむうさんとも久しぶりにお会いする。対話の場を作られようとして、なかなか難しかったとのこと。アズワンの話しを紹介する。 砂連尾さんのお話し、自分は幹のようにあって、枝葉…

11月活動報告

10月からはじめて2回目の活動報告です。 5日 大村はまさんの教え子の苅谷夏子さんお話し会。はまさんの普段のふるまい、何かに対する対応や反応の話しが時々出る。 個人的にはそこが一番考えられて面白かったかもしれない。何をどのようにとらえ、どう対す…

報告 11/14 哲学カフェ 自立について第2弾

<11/14 ちいさなおはなし会(哲学カフェ)@本町エスコーラ>先日10日に続いて、もう一回「自立」をテーマにやってみました。「観察するための対話」をやりたいという思いで、ちいさな学校や本町エスコーラでここ何ヶ月か試行を続けてきました。 昨日は「…

シェルターとしての文化 王国をつくった先住少数民族の事例から

知り合いがFBでシェアしていたリンクをみて。 natgeo.nikkeibp.co.jp 生存環境の変化に対して文化のかたちを変える。あらためて文化とは何だろうかと考えた。自然環境、社会環境に対して自律性をもつということかと思う。それによって、誰かが決めたルールが…

報告 11/10 哲学カフェ「自立とは」

哲学カフェ、自立って何だろうということをテーマにやってみました。 聞いた知識ではなく、自分の体験、自分のリアリティに焦点をあてていく。経済的自立、精神的自立、色々使われるけれど、自立とは一体何なのか。 色々と意見が出てくる。 お金を使わなけれ…

ワーク・イン・プログレス 発酵エネルギーを使う場

学びにとって、どのような場が適しているのか? 自給農法の考案者の糸川勉さんの肥料に対する考え方は、「常識」とはちょっと違ったものだった。 糸川さんは、枯れたりごく小さい雑草と土をチャーハンのようにまぜ、作物に寄せて肥料にするということをする…

センテンスのライブに

センテンスのライブのお誘いをうけてネガポジに。 センテンスは二人のユニットで、僕と同じ畑で野菜をつくっている。 センテンスのブログ 最初の曲の歌詞でありきたりのダンスでいく、みたいなのがあっていいなと思った。メロディが面白いところがあって、あ…

2016年10月活動報告

活動報告をすることにしました。 対話の場をつくりたいと思い、ここ数ヶ月は、ドーナッツラボという名前で対話の場をやっていた赤阪さん夫妻を招いたり、哲学カフェをやってみたりして、やりたい場を確かめる試行を有志とともに本町エスコーラでおこなってき…

死としての学び

人はどのように変わりうるのか。自分はどのように変わりうるのか。 それをずっと考えてきた。20歳前とか、最初は変わることは「成長」することだととらえていた。だがあるべき方向性があるみたいな前提を含むのでその言葉を使うのはやめた。あるべき方向性を…

自律空間としての文化 「自由意志」はどこにあるのか

昨日は本町エスコーラで山口純さんによる、バンクーバーで行われたplacemaking weekという場所づくりに関わる様々な立場の方が研究を発表したり街中でユニークな企画を行う10日間の催しの参加報告を聞きにいく。以前も一回されていたのだけれど、用事があ…

精神のエサ場 Morning Zine Circleにいってきた

カフェパランのモーニングジンサークルに参加。ジンはZine。magazineのzine。流通などを通さない自主制作の冊子。 http://rakuhoku-kyoto.tumblr.com/post/151729718477/カフェパラン rakuhoku-kyoto.tumblr.com ジンを出すのは20代、30代が多いというこ…

死んでいること

からだとことばのレッスン、二泊三日の合宿に参加する。 10/8-9三浦海岸WS合宿 - ningen-engeki ページ! 竹内レッスンは、竹内敏晴本人も書籍等で言及しなかったけれど、野口体操をベースといっていいほど取り入れたうえで出来ているものだったらしい。色…

唐芋通信第9号

「書きたいことは、野口さんのことだけだ。」とは、ぼくの声。さいきん、声にすることも躊躇わなくなった。だって、そうなのだ。野口さんのこと以外は、というか、野口さんの以外がないのだ。どうしたって、野口さんなのだ。 西陣の古書店カライモブックスさ…

変化と自意識の関与 楽器が弾けるようになるということ

作曲家の野村誠さんや京都新聞の岡本晃明さんたちが東日本震災を受けて避難してきた人の情報共有の意味も含めて京都ではじまったインフォーマルな食事会、続いている。昨日は野村さんの誕生日の前日ということもあり、サプライズの小さなお祝いも用意されて…

『屍鬼』読み終わる 生の呪いと更新作用の相克

文庫版、残りの4巻と5巻が図書館にきた。 最近友人と話したとき、僕は人間は生命を生まなくて、生命が生命を生むと考えると言った。生むというのもおかしいかもしれないが、生命は、働きであって、生きたり死んだりするものではないだろうと思っていて、それ…

凝縮されたリアリティ

東山区の本町エスコーラで実験的な対話の場を重ねさせてもらっている。 今回は、ドーナッツ・ラボという名前で対話の場を作られていた赤阪さん夫妻にも声をかけさせてもらった。 対話とはいったい何なのか。そこで何がおこるのか。それを体験してきたお二人…

からだとことばのレッスン2回目

竹内レッスンと野口体操があわさった「からだとことばのレッスン」2回目の参加。首の後ろとか、後頭部とか、頭頂とか、それぞれの部位を共鳴させて声を出してみる。声を出すのはとても力がいってしんどい、という感覚を持っていたけれど、共鳴を使うと力は…

死にきれないもの

この前参加した竹内レッスンの講師の瀬戸嶋充さんから紹介された『屍鬼』をかりようと図書館に予約。5巻あるうちの3巻だけが先に届いた。もう少し待つ。『屍鬼』は吸血鬼が出てくる話しなので死にきれなさについてどんな表現がされているのか興味がある。 …

STAGEを読む

STAGEを読む。 特別寄稿をふくめると11人の人が文章を書いている。 こうしたい、というイメージがあり、一人ひとりにかけあい、関わりのなかで現実化された濃さみたいなものを感じる。 出版後のSTAGEに関わる話しを聞いていても、本の存在は薄まっていく感じ…

9/28出版 「幸せをはこぶ会社 おふくろさん弁当:本当にあった! こんな会社~規則も命令も上司も責任もない!」

9月28日に三重県鈴鹿市の「おふくろさん弁当」の本『幸せをはこぶ会社 おふくろさん弁当:本当にあった! こんな会社~規則も命令も上司も責任もない!』が出版されます。 僕も一部考察を書かせてもらっています。amazonとかで買える本に自分の書いたものが載る…

ピアの可能性

FB、1年前の記事がお知らせでくる。”回復のための演劇がつくりたい”と題してヴァイオラ・スポーリンや坂上香さんの「トークバック〜沈黙を破る女たち」から人の変化とそこに使えるものとして演劇という媒体について考えた。 kurahate22.hatenablog.com 今、…

学びとは何か サバイバルとエンパワメントの視点から

学べることは無限にあるけれど、では何を学ぶことを選ぶのか。 学ぶことは余裕のある人や、能力に恵まれた人、学ぶことが好きな人だけに関わることなのか。 僕は今まで特に学ぶという言葉に対して意識してこなかった。自分にとって火急なことがあり、自分が…

アズワン・コミュニティ 「自分を知るためのコース」に出る

鈴鹿で6泊7日の合宿。「自分を知るためのコース」というのに出る。コースは8種ぐらいあって、他は「人をきくためのコース」とか「内観コース」とか色々ある。鈴鹿でおこっている人の変化のあり方に興味をもち、自分もとりあえず一通り入ってみるかと去年…

差し出すものの足りなさ ゲリラであることとエンパワメント

自給の目的は金銭的節約でもなく、サバイバルだけでもない。自給の第一義は、自分のエンパワメントだ。そこがブレると何をやっているのかわからなくなる。 僕が自給農法とその考案者の糸川勉さんに学びたかったのは、生きものの理屈。生きものの身体が持つ動…

修復的司法講演録②『被害者と加害者の対話から生まれるもの〜個人から関係へ〜』を読む

修復的司法というのはどんなものだろうと気になって冊子を取り寄せる。 みんなで作り上げたテープ起こしの文章が冊子になりました : ピアサポートネットしぶや 「司法」という言葉から、まず国の制度の話しなのかというイメージを受けていたけれど、そうでは…

投稿させてもらったSTAGE1号が出る

STAGEという雑誌に投稿させてもらった。完成した本をいただく。家で本が読みにくいので夜外に行ったが出てみるとあんまり遅くまでやっているカフェなりの場所がなく、次の日の朝に出る。ほんやら洞に行こうと思ったけれど休み。カレー&cafeアリーナというと…

孤を終わらせる動機 人間と演劇研究所「からだとことばのレッスン」に行ってきた

人間と演劇研究所の「からだとことばのレッスン」に参加。リードする瀬戸嶋充さんは、野口三千三、竹内敏晴、林竹二に師事されたということでお話しをきいてみたかった。 林竹二は僕も立命館大の長橋為介さんに教えてもらわなければ知らなかった。卒業研究み…

遊び 揺り動かし、意味から解き放つものとして

遊び。先の投稿で哲学カフェについて書いたけれど、僕は哲学書の一つも読んでいない(それがいいとも思ってないが。)。既にある体系ももちろん重要なのだけど、さらに重要なことがある。それは何かの権威よりも自分のなかにある自律性を優先させるというこ…

ギブアンドテイクが破綻するところ

経済的な効率性や合理性に回収されないものがある。必ずしも肯定的な現ればかりするものでなく、犯罪のような破滅的方向にも向かう。この力は世間一般的なギブアンドテイクに手なづけられない。そんなものではもはや割りが合わないのだ。 逆に言うならば、ギ…

哲学カフェ@本町エスコーラ 「自信とは何か」

12日は、本町エスコーラにて小さいお話し会という名で哲学カフェをする。 浜松のクリエィティブサポートレッツのフライヤーが簡潔に満遍なく哲学カフェとは何かについてまとめてくれているので、スムーズに導入できた。 テーマは「自信とは何か」。そもそも…

「人と人」

昨日は個の尊重と調和というテーマで話し合いがされた。今まで個の尊重というと、その人の意思が示されたらそれにただ従うというイメージだった。 しかし言われてみると確かに、権力関係や上下関係がないところで、相手が何か言葉を発したらそのまま従うなら…

能力

ふと能力とは何だろうかと考える。 作用に反作用があるように、何かをより生かす力は、同時に何かを殺す力ではないだろうか。何かを生かすということは同時に見えない何かを殺していないだろうか。能力の本質は、そんなに諸手を挙げて喜べるところから成り立…

【報告】浜松のクリエィティブサポートレッツに行ってきた

浜松のNPO法人クリエイティブサボートレッツの1泊2日のツアーに行ってきました。 レッツは、武道家で臨床心理士の田代順さんからぜひ行ってみてくださいとおすすめされていたところ、今回陸奥さんのツアーがあったので早速申し込みしました。浜松はアズワン…

当事者研究in鈴鹿

鈴鹿で当事者研究をやってみようという話しになった。 ● 当事者研究とは 「当事者研究」は、北海道浦河町における「べてるの家」をはじめとする起業をベースとした統合失調症などをかかえた当事者活動や暮らしの中から生まれ育ってきたエンパワメント・アプ…

リレー

命のリレーという言い方はよく聞くけれど、ふとリレーしているのは命だけだろうかと思う。 手渡さずにはいられない存在、影響させずにはいさせない存在としての人を考えてみる。 隣の人がどんな人だか知らなくて関係もなくても、個々人や個々の家族が孤立し…

屋根裏

家にいるネズミ、活発になってはまたいなくなるサイクルがある。 いなくなるのは、ネズミを獲る猫かイタチかが入ってくるからだ。 昨日の夜に天井で重みのあるものが動いている音がして、そんなにバタバタしなかったけれど、キューッというたぶん断末魔の声…

アズワン・コミュニティ 自分を見るためのコース

鈴鹿のアズワン・コミュニティに月のうち10日ほど滞在している今年。 コミュニティの名前を変えようかという話しもあるらしい。鈴鹿コミュニティとか。シンプルでいい感じだと思う。鈴鹿はワンノブゼム、それらの一つみたいな感じで。 コミュニティにはス…

選挙 「防衛反応」に対するアプローチ

選挙があって、低投票率だった。投票しないのはなぜなのかと考えるときに、僕は一つは自治意識が疎外されているからだと思う。 自分の直接感じることにしか適切に反応できないというのは、普通の状態であると思う。国という抽象的なものに対して訓練もなしに…

死の話しをシェアする場は優しい

シーカヤックで海上散骨の仕事をされている方のお話しを聞かせてもらう機会があった。 死の話しをシェアする場は優しい。本当はこんなふうに思っていたんだ、感じていたんだということが自然と話される。それは聞いている人もまきこんでこわばり、停止まって…

セラピーでも、自己啓発でも、信仰でもなく。

内観に行くというと、何で行くのと聞かれることがある。今日もきかれた。 内観は、内観療法とも呼ばれ浄土真宗の修行方に着想を得て、吉本伊信が確立した観察法。身近な人について、してもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたことの三点からみることを…

人という状態

人という言葉がある一方で「人でなし」という言葉もある。人間であるのに人でなしとはどういうことだろうか。あと「鬼」とかいう言葉もあって、一つのことだけを重要視し、それ以外のものには容赦のない態度で臨んだり、切り捨てたりする。 人でない状態があ…