降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

関わること そこねること

ケア塾茶山、西川さんの星の王子様読書会に。 飛行士の質問に答えない王子さまの場面から、フィールドで折に触れた話しは聞くが訊いてまわることをしない人類学者や、傾聴の暴力性の話しなどがされる。人と関わることが援助や相手の喜びにつながることであっ…

当事者研究 人との関わり

当事者研究、人との関わりについてちょっとまとめておこうと思う。 集団とか人間関係がもともと得意とかいうことはない。得意になったらいいなという憧ればあるが、無理やりそのためにエネルギーを注ぐほどの動機はない。話す場は昨年に比べたら明らかに充実…

当事者研究 振り返り

当事者研究を1年やってみた年だった。 ◇話しをする場が足りなかったことについて 話しができる場と回数が増えた。やる前は話す場が少なすぎるという感じだった。ただまだ十分に話しができているかと振り返ると、自分の内面的な話しができる場はあるのだけれ…

12月の終活ゼミ予定です。

先月からはじめた終活ゼミワークショップ。 12月は17日(日)と23日(土)の13時〜16時で場所はちいさな学校鞍馬口です。 マイノリティと高齢者は社会においてあるべき姿として課されている「普通」にならない、できない(できなくなる)という地平において…

「健全な」逸脱のために

月3回ぐらいのペースだが、身体教育研究所の稽古に通って3ヶ月になる。 カラダ系のことは3日坊主が多いけれどそれでも続けられるのは、自分の探ってきたことと通じて、また探っていくことの手がかりになる実感があるからだろう。 あと教えてくれる方とのフ…

「明日」の支配から解放されていくために 終活ゼミ。案内文

明後日から終活ゼミを開始します。 全ての活動は、終活の一部分として位置づけられる。ずっとやっていくので、今回来れない人も関心があったら打診ください。 明日なきところは、実は「普通」から排除された人たちが同じ地平に立てるところ。明日への隷従か…

イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』 11/16南区DIY研究室読書会感想

木曜日は南区DIY研究室で開催されたイリイチの読書会に参加した。本はイリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』。 この語コンヴィヴィアリティの意味合いは微妙なものがあって、日本語にはこれといった適訳が存在していないようである。「自律共働」…

当事者研究 パーティの苦手さ

パーティや飲み会などの場が苦手だ。雑談とか日常会話に関心がなくてしたくないというのと、そこに興味深い人がいても、そもそも質問とかが思いつかないという状況がある。 状態: ・緊張 → 人に話しかけるのがまず大変 ・圧倒されている → 質問が出ない ・…

11/23、25 終活ゼミ。 ワークショップ参加者募集

生き方を「行き方」ではなく、「帰り方」だと考えたとき、そこへの向かい方はどう変わるでしょうか。 生きることを自分や他人が決めた何かの頂点にたどりつくことだと考えたとき、頂点にたどり着いたその後のことはフェイドアウトとしてしか存在しないようで…

哲学カフェで何をやっているか

これまで当事者研究でやった哲学カフェは、まずその言葉を聞いて自分に浮かび上がるものをベースにしてそれがどのように成り立っているのかを見ていくようにしてきました。 哲学カフェで何かいい発見があったとして、それはたぶん最初に思い浮かんだものがよ…

これからの調整

台風で家に閉じこもっている。やっていたゲームもアンインストールした。時間を持て余す。 当事者研究の日を設けて、別々の3グループを月に1〜2回やっていて、それで満足いく話しの場があるけれど、まだそれだけでは足りないようだ。もう少し、軸になって…

自給

自給とは何か。ずっと言葉にしようと考えてきた。 糸川勉さんに出会い、その言葉と実践を聞き、見て、糸川さんが畑ができなくなった後もずっと考えている。 みずから、あるいはおのずから給うこと。必要なものを自分に提供すること。サバイバルであり、力を…

倉田めばさんのことば 移行的状態としての到達と回復

薬物依存症の回復というものがプログラムの実践や行動の先に訪れるものだと信じてやまない人は厄介だ。よくなろうと歩き始めている今この瞬間こそが回復なのに。 倉田めばさんは薬物依存からの回復者で、大阪ダルクセンター長。釜ヶ崎芸術大学の講師などもさ…

哲学カフェ 「政治について」 働きかけと秩序 オープンダイアローグを参考に

長福寺で行われた哲学対話「政治について」に行ってきた。 朝9時からの開始で場を囲む人はスタッフをいれて9人。コミュニケーション・ボールというほわほわの玉を使って、それを持っている人が話せるという設定。 国や選挙などに関わるいわゆる政治と日常的…

高円寺界隈の「マヌケ」とべてるの家の通じるところ

臨床心理の学科にいた時は、なぜそこで得ている知見から他分野のものを見ないのかと思っていた。それをしないために自身の相対化もできない。次に文化人類学に移って心理的なことも踏まえたことを考えようとすると、「それは心理の話しでここでは共有されな…

関西当事者研究交流集会に

べてるの家から生まれ、各地に広がりつつある当事者研究。 大阪では去年にその全国交流集会があって、参加した知り合いからとてもよかったと聞いていた。今回は全国ではなく関西地区の交流集会ということで行われたようだ。 npo-sone.jimdo.com 集会のだいぶ…

報告 哲学カフェ 信頼から中動態へ

18日に哲学カフェをやりました。当初「友人とは」をテーマにしていたのですが、場の状況に合わせて友人に関わる「信頼」とは何かでやりました。人を信頼するという時の信頼とは具体的にどういうことなのか。自分を傷つけたり、危害を加えない状態が変わらず…

稽古のレポート3

自転車で転んだあばらも3週間ぐらいするとくしゃみしても痛くなくなった。 今回は座法と臥法(がほう)をやった。座り方と寝方。 ただ座ってはいけないのか、何をしようとしているのかと思っていたのだけれど、やってみて思ったのは意識状態が変わるなとい…

稽古のレポート2

身体教育研究所の稽古、3回目に行ってきました。 野口晴哉さんはいわゆる天才で、できるのが当たり前で説明できない。息子である裕之さんはどうしたら晴哉さんに近づけるのかという問いのもとに設定したのが、明治の人の体≒晴哉さんというものだったようです…

自意識とは何か 自意識からの自由

心理学科に入った頃は心の構造を理解すれば自分がわかるかと思っていたが、どうもそうではないようだった。無意識とは意識できないものであり、そこに直接のアプローチはできない。考えてどうこうなるものは意識できるところしかない。 自意識とは何かが状況…

充実の裏返しとしての根源的苦しみ 救い

先の投稿、一度に一通り書こうと思ったけれど、書けなかったところも多かったので補足。 自分が生きていくという時に、力が弱いように感じていた。社会に放り出されたところでまるで生きていける気はしなかった。根性も能力も何もないが、自分を動かすもの、…

これまでの経緯 このブログについて

このブログ、新しく読みはじめてくれる人もいるようなので、年に1度ぐらい、このブログで書いていることが何を問題にして、どこに焦点を持っているのかを書こうと思う。このブログを描き始めた三年ぐらい前と同じく、僕は週に1度か2度夜勤のバイトをしな…

自給ということ

昨日、畑にニンジンをまきに行った。だが通路の草が伸びていたので気になり、そちらを先に刈った。ニンジンをまかなければと思いながら、草結構あるな、やらねばと思って少し焦燥する心持ちになった。 その時ふと、自分の外部にある畑をやらなければいけない…

当事者研究のスタイル

自分たちでやっている当事者研究、ベースのスタイルは、大体以下のようになってきました。 流れとしては、 1.今日の気分・体調2.ここ2週間が自分にとってどういう2週間だったか(ふりかえり)3.自分の苦労とは何だろうか。(繰り返す苦労など)4.苦労に名…

稽古のレポート

身体教育研究所の稽古にいってきました。まず一つは身体イメージを実際に実感される内観的身体に構成し直すということをやっているようです。 身体イメージはいわゆる解剖学的な身体イメージです。通常はその後天的に目で見て取り入れたイメージをリアルだと…

過大な課題 「成長」から「培い」へ

イリイチとフレイレの対話の翻訳者の方と偶然お会いする。 その方はフレイレの著作の中で多用される「意識化」という言葉に抵抗を感じていって非言語や身体の方へ向かったそう。 確かに、西洋近代が拡張してきた資本主義社会の文脈において抑圧される側であ…

当事者研究の試み

4ヶ月ぐらい当事者研究の試みをしてみている。 当事者研究は、医療機関から診断名をつけられ、受動的に医療に従わなければいけない状態から、苦労と主体を自分のほうに取り戻すためのスタートとして、自分に自己病名をつける。 僕たちがやっている当事者研…

おふくろさん弁当講演会@mumokutekiホール

mumokutekiホールでのおふくろさん弁当の講演会。懇親会ではmumokutekiの経営陣の方たちも一参加者としてみんなに混ざっていたそう。講演会としておふくろさん弁当の活動が京都で紹介されることだけでなく、意志と方向性を持った人同士の出会い、といった印…

徳島の住民運動 姫野雅義さんの文章

90年代の徳島で、吉野川に人工の可動堰が作られる国の公共工事計画を市民が止めた。 国が一度決めた公共工事を市民が止めたのはこのときが初めてだったという。かつて長良川で同様の計画が実行され、川がヘドロのたまる場所になってしまったとき、大きな反…

本当に鳴ること 驚きと内なる世界像の更新

岩倉英数研究会をされている。瀧セージさんのお話しを聞きにいく。4人で行き、2時間充実した対話の時間になった。 エデュケーションは、なかのものを引き出す、というのが原義だということを紹介してもらった。決まった知識を個々の頭に貯金でもするように…