降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

京都のらびと学舎 畑の計画2018

京都のらびと学舎 <活動の趣旨>自分を元気にし、生きていく勢いをもたらす軸は自分にとっては何か。その軸を確かめて近づいていくこと、そしてその軸の力を生かすために暮らしをデザインし、必要な環境を作り出していくことを自給的あり方と位置づける。そ…

見ていくこと お好み焼き屋の話し

数年前に何回か行ったお好み焼きの店、高齢の女性がやっていて、しばらく閉まっていたのでもうやめたと思っていた。だがやっていることがわかって驚いた。行こうと思った。 来月で90歳になるそうだ。店に入ったとき、店にいたお客さんの持ち帰り用の焼きそ…

当事者研究 整理と吟味

土曜日の当事者研究。 僕は整理と吟味は大事で、それには少しも無駄がないと思っているので、最初に今日の気分体調を言って、ここしばらくの振り返りをやる。新年なので去年の振り返りもざっくりして、今年をどうしたいかというのもいれた。A4用紙にそれぞ…

文化 ささやかな逸脱と反逆として

大澤寅雄さんの文章を受けて。 news.livedoor.com 昨日送信した文化芸術推進基本計画のパブコメに関連して、このニュース。http://news.livedoor.com/article/detail/14116493/ 「稼ぐ文化」という言葉には抵抗があります。「稼ぐ文化」「稼げる文化」「文化…

1月の終活ゼミ案内 人心地をつけていくために

1月の終活ゼミ・ワークショップは13日(土)、19日(土)19時〜21時@ちいさな学校鞍馬口で行います。(2回目はもと20日だったのですが、19日金曜日に変更になりました。) 人心地がつくと、それまでとは違う層の新しいものが動きはじめます。その人心地も…

タイムファンタジー

タイムファンタジーが好きだけれど、君の名は。は見てなかった。 ハッピーエンドが軽薄に嘘っぽく感じられるのは、失われたものと出会えたならそれは失われたものじゃないから。でも失われたものと出会いたいのが望みだから。 現実化すると嘘になる。 あり得…

エピローグとしての生

以前デモクラシーナウを観ていると、その年におこった様々な出来事や大国の狂気を立て続けに流している動画があった。 はっきりいって酷いものだった。世界はなんで自ら終末を求めるような歩みをこんなにも着実にすすめているのだろうと思わされるようなもの…

年内最後の当事者研究

今年最後の当事者研究、終了しました。今年ご参加いただいた方、ありがとうございました。 今日は、いつも通り振り返りと気分体調から始まって、これからの自分助けプランを考え、最後は何が自分の生きることを充実させることをつくるのかという哲学カフェ的…

通路の詰まりと回復 菊地直子さんの手記から

自己不信と他者不信は別々のことではない。それらは自分が閉じていなければ既に開いていつも息づかせる流れを運びこんでくるいわば「通路」の状態のことを指していると思う。 ironna.jp 気づいてみれば自分が閉じているためにその感じ方が作り出されるのだが…

当事者研究というスタンス

FBから菅原さんの演劇の感想のリンクでやってきた方は下記へ。 kurahate22.hatenablog.com さて、今年はこれまで考えてきたことをまとめる本を出そうと思う。3年前の記事から基本同じことを書いているが、自給とは何かということが明確化し、回復から学びと…

菅原直樹さんの「カメラマンの変態」を観に行った。

前日の終活ゼミに続き、菅原直樹さんの公演「カメラマンの変態」を観に岡山へ。 oibokkeshi.net 今自分がいる現在の世界の物事はとても確固たるもののように見える。他人のきらびやかさやステイタス、幸運もまた確固たるものに見える。だが大きな時間の流れ…

1月の終活ゼミ・ワークショップと昨日の報告

昨日、終活ゼミ4回目を行いました。終活ゼミは現在哲学カフェを基調にしています。哲学カフェ的にやる時間は、老いや死の準備というよりは、老いや死が先延ばしにしたり不問にしている自分の底の求めや救いを明確にするのに適した媒介であるところを使って…

「休日」というイデオロギー

「祝日日数世界一だから日本人は休み過ぎ?」は本当かを検証してみる - 井を出た蛙の生中継「休日」とか「余暇」は現在の社会構造や労働が人にとって本来的なものであり、その構造の妥当だと前提した言葉だと思う。そうでないとその時間は余りでもないし、暇…

当事者研究 振り返り2

当事者研究を3つの場でやっているのだが、12月は振り返り月間ということで、1年の振り返りをやってもらっている。僕はどの場でも一緒にやるので3回以上やるわけだが、無駄がないと思う。吟味すること、整理することには何も無駄がない。やったらやった分だ…

「老後」を心配する人としない人 終活ゼミワークショップ

終活ゼミ・ワークショップ。 ワークをやるとき「老後」を心配する人と別に心配していない人がいる。どちらでもいいと思っている。 重要だと思うのは、心の詰まりがあるならそれを取り除いていくこと。何が心の詰まりになっているのか。「老後」を心配してい…

関わること そこねること

ケア塾茶山、西川さんの星の王子様読書会に。 飛行士の質問に答えない王子さまの場面から、フィールドで折に触れた話しは聞くが訊いてまわることをしない人類学者や、傾聴の暴力性の話しなどがされる。人と関わることが援助や相手の喜びにつながることであっ…

当事者研究 人との関わり

当事者研究、人との関わりについてちょっとまとめておこうと思う。 集団とか人間関係がもともと得意とかいうことはない。得意になったらいいなという憧ればあるが、無理やりそのためにエネルギーを注ぐほどの動機はない。話す場は昨年に比べたら明らかに充実…

当事者研究 振り返り

当事者研究を1年やってみた年だった。 ◇話しをする場が足りなかったことについて 話しができる場と回数が増えた。やる前は話す場が少なすぎるという感じだった。ただまだ十分に話しができているかと振り返ると、自分の内面的な話しができる場はあるのだけれ…

12月の終活ゼミ予定です。

先月からはじめた終活ゼミワークショップ。 12月は17日(日)と23日(土)の13時〜16時で場所はちいさな学校鞍馬口です。 マイノリティと高齢者は社会においてあるべき姿として課されている「普通」にならない、できない(できなくなる)という地平において…

「健全な」逸脱のために

月3回ぐらいのペースだが、身体教育研究所の稽古に通って3ヶ月になる。 カラダ系のことは3日坊主が多いけれどそれでも続けられるのは、自分の探ってきたことと通じて、また探っていくことの手がかりになる実感があるからだろう。 あと教えてくれる方とのフ…

「明日」の支配から解放されていくために 終活ゼミ。案内文

明後日から終活ゼミを開始します。 全ての活動は、終活の一部分として位置づけられる。ずっとやっていくので、今回来れない人も関心があったら打診ください。 明日なきところは、実は「普通」から排除された人たちが同じ地平に立てるところ。明日への隷従か…

イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』 11/16南区DIY研究室読書会感想

木曜日は南区DIY研究室で開催されたイリイチの読書会に参加した。本はイリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』。 この語コンヴィヴィアリティの意味合いは微妙なものがあって、日本語にはこれといった適訳が存在していないようである。「自律共働」…

当事者研究 パーティの苦手さ

パーティや飲み会などの場が苦手だ。雑談とか日常会話に関心がなくてしたくないというのと、そこに興味深い人がいても、そもそも質問とかが思いつかないという状況がある。 状態: ・緊張 → 人に話しかけるのがまず大変 ・圧倒されている → 質問が出ない ・…

11/23、25 終活ゼミ。 ワークショップ参加者募集

生き方を「行き方」ではなく、「帰り方」だと考えたとき、そこへの向かい方はどう変わるでしょうか。 生きることを自分や他人が決めた何かの頂点にたどりつくことだと考えたとき、頂点にたどり着いたその後のことはフェイドアウトとしてしか存在しないようで…

哲学カフェで何をやっているか

これまで当事者研究でやった哲学カフェは、まずその言葉を聞いて自分に浮かび上がるものをベースにしてそれがどのように成り立っているのかを見ていくようにしてきました。 哲学カフェで何かいい発見があったとして、それはたぶん最初に思い浮かんだものがよ…

これからの調整

台風で家に閉じこもっている。やっていたゲームもアンインストールした。時間を持て余す。 当事者研究の日を設けて、別々の3グループを月に1〜2回やっていて、それで満足いく話しの場があるけれど、まだそれだけでは足りないようだ。もう少し、軸になって…

自給

自給とは何か。ずっと言葉にしようと考えてきた。 糸川勉さんに出会い、その言葉と実践を聞き、見て、糸川さんが畑ができなくなった後もずっと考えている。 みずから、あるいはおのずから給うこと。必要なものを自分に提供すること。サバイバルであり、力を…

倉田めばさんのことば 移行的状態としての到達と回復

薬物依存症の回復というものがプログラムの実践や行動の先に訪れるものだと信じてやまない人は厄介だ。よくなろうと歩き始めている今この瞬間こそが回復なのに。 倉田めばさんは薬物依存からの回復者で、大阪ダルクセンター長。釜ヶ崎芸術大学の講師などもさ…

哲学カフェ 「政治について」 働きかけと秩序 オープンダイアローグを参考に

長福寺で行われた哲学対話「政治について」に行ってきた。 朝9時からの開始で場を囲む人はスタッフをいれて9人。コミュニケーション・ボールというほわほわの玉を使って、それを持っている人が話せるという設定。 国や選挙などに関わるいわゆる政治と日常的…

高円寺界隈の「マヌケ」とべてるの家の通じるところ

臨床心理の学科にいた時は、なぜそこで得ている知見から他分野のものを見ないのかと思っていた。それをしないために自身の相対化もできない。次に文化人類学に移って心理的なことも踏まえたことを考えようとすると、「それは心理の話しでここでは共有されな…