降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

徳島の住民運動 姫野雅義さんの文章

90年代の徳島で、吉野川に人工の可動堰が作られる国の公共工事計画を市民が止めた。 国が一度決めた公共工事を市民が止めたのはこのときが初めてだったという。かつて長良川で同様の計画が実行され、川がヘドロのたまる場所になってしまったとき、大きな反…

本当に鳴ること 驚きと内なる世界像の更新

岩倉英数研究会をされている。瀧セージさんのお話しを聞きにいく。4人で行き、2時間充実した対話の時間になった。 エデュケーションは、なかのものを引き出す、というのが原義だということを紹介してもらった。決まった知識を個々の頭に貯金でもするように…

おとあそび工房ふりかえりの会

おとあそび工房のふりかえりの会に参加。準備するからだは後手後手にまわる、など砂連尾さんのお話しはやはり面白いなあと思う。メンバーのそれぞれのリアリティもかなり濃縮された知見で興味深い。 舞台にして観客にみせることと、自由さとか、パフォーマン…

「止めるを止める」=「動かす」 吃音についての話しの会で思ったこと

吃音についてのお話し会。止まるということについて話しを興味深く聴きながら色々と勝手な想像を巡らせる。 脳のある部分に障害がおこると、例えばメガネを目の前に提示されると自動的にかけてしまうときく。止められないということ。また歳をとって常時の手…

コミュニティを更新する仕組み

べてるの家発の集まりや当事者研究とも関わっている方がブログを見てコメントをくれ、やりとりをした。 場を単に人のコントロール下にあるものと考えず、どうあれば自律的な何かが浮かび上がってくるのかという視点を持っていて、何が「いい感じ」なのか、直…

緊張感

スマホにいれていたゲームが面白くなくなって削除した。 最後の方は義務的にやっていた。今までやっていた分の蓄積があるから勿体無いというのがあるので少し削除するのが延びただろうか。飽き飽きしてたのはそれまでもあったけど、もういいやとふとやってき…

魔女の宅急便を今頃 飛べなくなったキキ

友人が竹林で手製のほうきを作った記事へのコメントを見ていたらなぜキキが飛べなくなったのか気になってきた。ジブリの作品というのもあって、すぐに検索候補が表示されてくる。 matome.naver.jp 宮崎駿は、聞かれてもこれが理由だと答えていないようだ。確…

学びとコミュニティ

学びに適した環境とは、そこにいる人たちが防衛的にならずにすみ、自分の揺れ動きを安心して表明できる場だと思う。 こうしなければいけないとか、こう考えるべきだ、と強制されるところでは、変化へのプロセスはおきにくい。OSは更新されず、小手先のアプリ…

学び 自律的な現出

学びの環境を整えるという時、自分のあるべきイメージを達成するために自分は黒子になって、という発想はよろしくないと思っている。 むしろ自分の学びのプロセスを展開させるということをど真ん中に置いてやり、それが逸れて虚しくなったり世間を恨んだり人…

旅としての学び 能動という反逆

学びを将来のアウトプットのためのものと考えるなら、明日なき今を生きている人たちにとっては学びは縁遠いものになるだろう。 先のためではなく、今ここ自体を面白いものにするために入る状態がむしろ学びの核心ではないだろうか。獲得するものは、結果とし…

ハンセン病

岩倉の私塾、論楽社で主宰の虫賀さんにお話しを聞いたとき、ハンセン病の方との出会いが活動に与えた影響が大きかったとのことだった。 ハンセン病に関しては、もともと興味もあった。 ハンセン病ほど多くのことが奪われる病気があるだろうか。ハンセン病は…

生と死の転倒 喪失するアンデッド

変化は喪失であって危機であるので、それを乗り越えられるとは限らない。 気軽に変化を求められるのは、状況や状態を変えることによって、実のところは自分のいるところが変わらないで済むからであるかもしれない。 維持したいというのは、生きものの欲求の…

微妙な揺れ動き 

話しの場をどのようにやれるかを試行錯誤中。 今やっている当事者研究やリフレクティング・プロセスの集まりで、一つは自分に触れるということをしていると思う。 自分自身が確かめたい、もう一度見てみたいという動機があるもとで、ひっかかりが残っていた…

エスコーラ ベーシックインカム 新しい場所

エスコーラで聖なる経済学読書会。話しはベーシックインカムから瞑想までいって面白かった。 ベーシックインカムというのは問いなんだなと思った。 食いつなぐための労働をもししなくてよいのなら私は一体何をしたいのか。何をするのか。 それを空想上のもの…

聞かれるとき

昨日は聞くことについて話した。 あくまで僕の場合、別に危急の時とかでない場合だが、僕は聞かれるとき、基本、心理カウンセラーとか傾聴みたいに聞いてほしくない。話しづらいから。 相手にそうあられると、話す内容に対して、あらかじめベートーベンの「…

出会いの場

学びとは何か。どのようにそれはおこるのか。 考えていった結果、既に型が決定している勉強会のような企画の前に、かつての京大地塩寮のウィークエンドカフェ、高野の月曜ハナレのような、あるいはアサダワタルさんがやっていた琵琶湖の花火大会の時の住みび…

学びの前段階 手段と目的

学びを実際の変容が伴うものと考えるなら、直ちにインプットから始まるのではなく、まず変容可能な状態にする場の整えが必要なはずだ。 攻撃されそう、否定されそう、干渉されそうとか感じる場、自分はここにはそぐわないとひしひし感じる場では、まず自分と…

救いのベクトル

論楽社の虫賀宗博さんの話しを聞いたことがきっかけで、ハンセン病についての本を何冊か買った。 病者は家族を「守る」ために偽名を名乗らされたり、結婚の際の断種手術を強要されるなど人権や尊厳を奪われた。 本名を名乗ることで家族の縁談が反故になり、…

宛先

人には自律的に気づき、変化更新していく力がある。ただ、ゆだねることができないと更新はおこらない。 ゆだねるというとき、相手の助けてくれる力に依存することが核心なのかというと、そうでもなさそうな気がしていて、むしろどちらかというと、それまで自…

企画と自律性

企画者がこれをやろうと決めて募集するのもいいが、学びのプロセスを触発するものは、意識的に狙ったものより偶発的に現れることのほうが多い。 ここではこれをやると決めた場所ではなく、もう少し境界的な、どっちつかずの場所では、自律的なその触発が生ま…

論楽社

論楽社の虫賀さんから昔の論楽社便りを郵送していただいた。中村晢さんや緒方正人さんなど、本当に様々な人を招いて話しをされている。 講座のための講座ではなく、虫賀さん自身がこの人に会いたいと思い、そして連絡をとって学びの場をシェアされている。そ…

観察 

お世話になった人で、療養中の人に1年ぐらい連絡をとっていなかった。 お世話になったからお返しをしなければいけない、と考える。「お返しをする自分」を思考上では標準設定していて(これが問題なのだが。)、そうしない自分に後ろめたさを感じ続ける。し…

滋味

糸川勉さんが左京区の元田中で「畑のみえるカフェ おいしい」をやっていた時、出してくれる野菜を食べると、体に沁み入ってくる感覚があった。 滋味、という感じ。単に必要とされる栄養素とカロリーを取るということ以上のことがある感じ。 生きる時に、心に…

現代の学びの場

自分が考えてきたことは、つまるところサバイバルについてだ。この社会でどう生きればいいのか、どう生きられるのか。人の変化や回復について確かめていくことも、サバイバルのなかに入る。 ただこれは、多分サバイバルという言葉がよく使われている文脈、つ…

オールマイティ

オールマイティなモデルになろうとしてかかるコストの高さ。効率の悪さ。そしてなお矯正しきれない癖。歪み。 コストと時間をかけて作ったオールマイティさをもって、多人数に一斉にアプローチしてコストを回収するのが経済の理屈。 だが物ならともかく、人…

寝る前

寝る前にわりと毎度親のことが頭に浮かぶ。 両親とも一応元気だが、年はとっていくし、父は脳梗塞以来歩きにくくなっていて、熱など出ると自分でトイレに行けないらしい。 らしい、というのは姉から聞いた話しだから。 正月は帰るし、別に話さないわけではな…

リアリティをひっつける

話しの場では何がおこっているのか。 言葉を使うので、言葉が作用することをやっているんだろうと思うけど、言葉を使う以前に表現するということでもある。 表現一般とは何なのか、そういうことはわからないけれど、自分が自分に関心に基づいて確かめてきた…

話しの場

何かが始まるということは、何かが終わったということだ。始まりはその派生的、必然的な結果にすぎない。 何かが本当に終わる。 そのことをみたい。 話しの場での気づき。 言葉を一つ一つ、そのリアリティをなぞるように置いていく。 リアリティに少しでもか…

終わりない学びの場はつくれるか

話しの場の可能性、当事者研究、リフレクティングプロセスの場などを通して共に探りたい。 話しの場、エンカウンターグループにしても、傾聴やカウンセリングみたいなものにしても、治療者、聴き手、ファシリという役割がある。 その役割抜きに話しの場は成…

死を避ける生と死によって生きる生

誰かの描いた物語を生きる。 そこに寄る一体感と高揚、安心感は大きく、自分の望みとそれが同じであると信じたい気持ちは、小さく発信されている違和感を圧倒するには十分なのだろう。 ウィニコットは、幼児は母親を見ているのではなく、母親の瞳に映る自分…

生きること学ぶこと

なぜ今のようなことに関心を持ち、今のようなことをやっているのか。 書いたこともあったけど、2年半前なのでまたあらためて。 kurahate22.hatenablog.com そもそもは中学時代に始まったフラッシュバックがことのおこり。 いじめや嫌がらせをしてくる同級生…

聞いた話し 学びの場としての大地の再生講座

知識や技術の蓄積は副次的におこるもの、あるいは学びがおこる過程を整えるものとしてあると思う。 学びとは自己更新であり、その更新は認識や世界の体験の仕方自体を変えるものだ。学びとは出会いであり、それがおこったとき、人の感じ方、行動の仕方は変化…

当事者研究3/4 状況→反応→工夫→結果→では問題とは何か、のサイクル

土曜日の当事者研究の集まり。 大事にしたいことはまずは実用的なこと。なので、気のめぐりの改善ということをまず考える。 あることを困ったことと感じ、その困ったことが心中で不本意に大きくなってくると生きることに滞りや支障が出てくる。その際、いき…

エンパワメント 内在化したものを取り除く

学びは、まず生きものが持っている自律的な更新の働きに基づくものであると思う。自律的な更新の結果としておこることは、エンパワメントだ。だから学びの結果、エンパワメントがおこる。 それは試験後は忘れる丸暗記のような辛い作業をしていい結果が得られ…

身をひたす

人に直接働きかけることによって、直接的な効果を得るのではなくて、働きかけたり調整するものは場の設定だと思う。 豊かなものとは派生的なものだ。そして派生的なものは自律的であり、自己展開する。派生的なものが持続的であり、派生的なものを発生させ、…

手をつけてなかった自由

いかにも春という感じの草が庭にも生えてくる。 庭のミツバは去年の夏の干ばつで全滅したのか、芽は見当たらない。ミツバかと思った発芽はセロリだった。セロリも一旦タネが落ちれば野良生えを繰り返すタイプ。コリアンダーも出てきた。 畑では腹にたまるも…

話しの場 自給的学びの場

なぜ今の形の話しの場をやるのかと訊かれて、話しができる環境をつくっているからとこたえた。長いスパンで見たら環境を育てていく、つくっていくということが伴わないと結局自分の状態も停滞するのは個人的な感覚では明らかだから。 一般的には6人ぐらいの…

息とめぐり

日曜日はからだとことばのレッスンへ。 一ヶ月あいて久しぶりに行くと二ヶ月前にお会いした人の雰囲気が結構変わっている。座った状態で息の入りをお腹まで通す。この時は自分でやるのではなくて、講師の瀬戸嶋さんが手で直接顎を押したり、背骨と胸を押した…

巡るプロジェクト思案中

想像だけしていた「巡るプロジェクト」に応じてくれる人が集まり、始動できそう。 とりあえず京都や関西の学びの場を巡るということをやりたい。巡ることは人と出会うことであり、それ自体が関係性の変化を引き起こす。 「仲良くなりましょう」で誰かと直接…

蝕み

徒歩で四国八十八ヶ所巡りをした時があったのだけれど、山に入ると、一人になったという感覚になっていた。街とかだと、たとえ一人でいても、あまり一人という感じがしない。いい意味で、充実する「一人」の感覚だ。 一方、僕は孤独という言葉にいい意味をも…

パラレルワールド 全ての意味が無化するところで

あまり音楽聞くほうでもないし、音楽のことを何も知らないけれど、何となく久しぶりに原田知世のシンシアをyoutubeで見ていて気持ちが揺られる。 原田知世 - シンシア 顔を両手で覆うと、森の中から水辺や街などに場面が移る。着ている服も変わる。 それぞれ…

<2016年12月ー2017年2月総括>

活動記録に続き。 自分の求めるかたちで、話しの場をつくる、持つということが、ようやくできるようになってきたように思う。 バイトと組み合わせて、自給の畑をしたり自給の畑を教えることなどを通して経済や身体の維持、自分として世界と関わる接点はあっ…

2016/12/7〜2017/2/21 活動記録

<2016.12〜2017.2.21 活動記録> 12/7 誠光社での西川勝さんと砂連尾さんのトークへ。お二人と久しぶりに会う。楽天堂のむうさんも来ていた。打ち上げに参加して、西川さんに教育哲学者林竹二の話しをふった。世間で奉られている価値でも西川さんはばっさり…

酵母を満たして ちいさな学びの場をつくること 当事者研究大会のミーティングに行ってきた

当事者研究大会の実行委員会の初回ミーティングに参加させてもらう。 2016年の大会は別の予定があって参加できなかったけれど、大会の雰囲気やあり方自体に衝撃を受けて強い関心を持った人も少なくなかったようだ。ミーティングでもそういう感想がちらほら聞…

当事者研究 気の通路をつくるものとして

東山区の本町エスコーラで大地の再生講座が3/4にあるらしい。畑の小学校の市川ジャンさんからよくお話しは聞いたりしていて、とても興味深い。岩倉の畑も手を入れてもらったりした。 基本的な考え方は、既にある詰まりをとり、空気を通し、水の流れを良くす…

カーリングのように 4/1カフェスローのローカリゼーション・カフェ

東京のカフェ・スローで4/1に「おふくろさん弁当」の岸浪龍さんのお話し会。 cafeslow-even.jugem.jp 環境を整えて、ゆだねる。その認識が大事だと思う。「自分でやる」のは、整えまで。 ただただ整えていく結果、やがてゆだねられる環境ができる。 ゆだねに…

人心地と学び

「先生」になる程の知識とスキルを身につけなければ学びの場は作れないのか。 もちろん、ただ集まればできるとか、とりあえず続けていったら成り立つとか、そういうこともない。 動機の強さは、その場でおこるやりとりの質の高低、場の持続性にも直接的に影…

リアリティ 「明日」に支払う代償

「成長」した暁に、本当の自分になり、本来あるべき体験ができるという考え方がある。自分なりに人の変化を確かめてきた結果、僕はそのようには思わなくなった。 深刻なトラウマを抱えた人が「回復」に長い時間かかる。その回復までの期間は、どちらかという…

尽くすことと学ぶことの違い

大学の学部は心理カウンセリングの学科にいたけれど、人の悩みをずっときく仕事につきたいと思ったことはなかった。自分が聞いて、その人が楽になるなら聞きたいという気持ちもなかった。 一方、年間を通した当事者研究の集まりをやっていくなかで、参加者が…

場の整い

こころゆく話しの場は、どのようにできるのだろうかとずっと試行している。 自分の求める感じが成立するために必要な要件の一つは、発散の場ではなくて、学びの場であることだと思っている。 更新していく場であること。自分の捉え方、考え方、反応の仕方と…