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降りていくブログ

生き残りながら回復していくために

オールマイティ

オールマイティなモデルになろうとしてかかるコストの高さ。効率の悪さ。そしてなお矯正しきれない癖。歪み。 コストと時間をかけて作ったオールマイティさをもって、多人数に一斉にアプローチしてコストを回収するのが経済の理屈。 だが物ならともかく、人…

寝る前

寝る前にわりと毎度親のことが頭に浮かぶ。 両親とも一応元気だが、年はとっていくし、父は脳梗塞以来歩きにくくなっていて、熱など出ると自分でトイレに行けないらしい。 らしい、というのは姉から聞いた話しだから。 正月は帰るし、別に話さないわけではな…

リアリティをひっつける

話しの場では何がおこっているのか。 言葉を使うので、言葉が作用することをやっているんだろうと思うけど、言葉を使う以前に表現するということでもある。 表現一般とは何なのか、そういうことはわからないけれど、自分が自分に関心に基づいて確かめてきた…

話しの場

何かが始まるということは、何かが終わったということだ。始まりはその派生的、必然的な結果にすぎない。 何かが本当に終わる。 そのことをみたい。 話しの場での気づき。 言葉を一つ一つ、そのリアリティをなぞるように置いていく。 リアリティに少しでもか…

終わりない学びの場はつくれるか

話しの場の可能性、当事者研究、リフレクティングプロセスの場などを通して共に探りたい。 話しの場、エンカウンターグループにしても、傾聴やカウンセリングみたいなものにしても、治療者、聴き手、ファシリという役割がある。 その役割抜きに話しの場は成…

死を避ける生と死によって生きる生

誰かの描いた物語を生きる。 そこに寄る一体感と高揚、安心感は大きく、自分の望みとそれが同じであると信じたい気持ちは、小さく発信されている違和感を圧倒するには十分なのだろう。 ウィニコットは、幼児は母親を見ているのではなく、母親の瞳に映る自分…

生きること学ぶこと

なぜ今のようなことに関心を持ち、今のようなことをやっているのか。 書いたこともあったけど、2年半前なのでまたあらためて。 kurahate22.hatenablog.com そもそもは中学時代に始まったフラッシュバックがことのおこり。 いじめや嫌がらせをしてくる同級生…

聞いた話し 学びの場としての大地の再生講座

知識や技術の蓄積は副次的におこるもの、あるいは学びがおこる過程を整えるものとしてあると思う。 学びとは自己更新であり、その更新は認識や世界の体験の仕方自体を変えるものだ。学びとは出会いであり、それがおこったとき、人の感じ方、行動の仕方は変化…

当事者研究3/4 状況→反応→工夫→結果→では問題とは何か、のサイクル

土曜日の当事者研究の集まり。 大事にしたいことはまずは実用的なこと。なので、気のめぐりの改善ということをまず考える。 あることを困ったことと感じ、その困ったことが心中で不本意に大きくなってくると生きることに滞りや支障が出てくる。その際、いき…

エンパワメント 内在化したものを取り除く

学びは、まず生きものが持っている自律的な更新の働きに基づくものであると思う。自律的な更新の結果としておこることは、エンパワメントだ。だから学びの結果、エンパワメントがおこる。 それは試験後は忘れる丸暗記のような辛い作業をしていい結果が得られ…

身をひたす

人に直接働きかけることによって、直接的な効果を得るのではなくて、働きかけたり調整するものは場の設定だと思う。 豊かなものとは派生的なものだ。そして派生的なものは自律的であり、自己展開する。派生的なものが持続的であり、派生的なものを発生させ、…

手をつけてなかった自由

いかにも春という感じの草が庭にも生えてくる。 庭のミツバは去年の夏の干ばつで全滅したのか、芽は見当たらない。ミツバかと思った発芽はセロリだった。セロリも一旦タネが落ちれば野良生えを繰り返すタイプ。コリアンダーも出てきた。 畑では腹にたまるも…

話しの場 自給的学びの場

なぜ今の形の話しの場をやるのかと訊かれて、話しができる環境をつくっているからとこたえた。長いスパンで見たら環境を育てていく、つくっていくということが伴わないと結局自分の状態も停滞するのは個人的な感覚では明らかだから。 一般的には6人ぐらいの…

息とめぐり

日曜日はからだとことばのレッスンへ。 一ヶ月あいて久しぶりに行くと二ヶ月前にお会いした人の雰囲気が結構変わっている。座った状態で息の入りをお腹まで通す。この時は自分でやるのではなくて、講師の瀬戸嶋さんが手で直接顎を押したり、背骨と胸を押した…

巡るプロジェクト思案中

想像だけしていた「巡るプロジェクト」に応じてくれる人が集まり、始動できそう。 とりあえず京都や関西の学びの場を巡るということをやりたい。巡ることは人と出会うことであり、それ自体が関係性の変化を引き起こす。 「仲良くなりましょう」で誰かと直接…

蝕み

徒歩で四国八十八ヶ所巡りをした時があったのだけれど、山に入ると、一人になったという感覚になっていた。街とかだと、たとえ一人でいても、あまり一人という感じがしない。いい意味で、充実する「一人」の感覚だ。 一方、僕は孤独という言葉にいい意味をも…

パラレルワールド 全ての意味が無化するところで

あまり音楽聞くほうでもないし、音楽のことを何も知らないけれど、何となく久しぶりに原田知世のシンシアをyoutubeで見ていて気持ちが揺られる。 原田知世 - シンシア 顔を両手で覆うと、森の中から水辺や街などに場面が移る。着ている服も変わる。 それぞれ…

<2016年12月ー2017年2月総括>

活動記録に続き。 自分の求めるかたちで、話しの場をつくる、持つということが、ようやくできるようになってきたように思う。 バイトと組み合わせて、自給の畑をしたり自給の畑を教えることなどを通して経済や身体の維持、自分として世界と関わる接点はあっ…

2016/12/7〜2017/2/21 活動記録

<2016.12〜2017.2.21 活動記録> 12/7 誠光社での西川勝さんと砂連尾さんのトークへ。お二人と久しぶりに会う。楽天堂のむうさんも来ていた。打ち上げに参加して、西川さんに教育哲学者林竹二の話しをふった。世間で奉られている価値でも西川さんはばっさり…

酵母を満たして ちいさな学びの場をつくること 当事者研究大会のミーティングに行ってきた

当事者研究大会の実行委員会の初回ミーティングに参加させてもらう。 2016年の大会は別の予定があって参加できなかったけれど、大会の雰囲気やあり方自体に衝撃を受けて強い関心を持った人も少なくなかったようだ。ミーティングでもそういう感想がちらほら聞…

当事者研究 気の通路をつくるものとして

東山区の本町エスコーラで大地の再生講座が3/4にあるらしい。畑の小学校の市川ジャンさんからよくお話しは聞いたりしていて、とても興味深い。岩倉の畑も手を入れてもらったりした。 基本的な考え方は、既にある詰まりをとり、空気を通し、水の流れを良くす…

カーリングのように 4/1カフェスローのローカリゼーション・カフェ

東京のカフェ・スローで4/1に「おふくろさん弁当」の岸浪龍さんのお話し会。 cafeslow-even.jugem.jp 環境を整えて、ゆだねる。その認識が大事だと思う。「自分でやる」のは、整えまで。 ただただ整えていく結果、やがてゆだねられる環境ができる。 ゆだねに…

人心地と学び

「先生」になる程の知識とスキルを身につけなければ学びの場は作れないのか。 もちろん、ただ集まればできるとか、とりあえず続けていったら成り立つとか、そういうこともない。 動機の強さは、その場でおこるやりとりの質の高低、場の持続性にも直接的に影…

リアリティ 「明日」に支払う代償

「成長」した暁に、本当の自分になり、本来あるべき体験ができるという考え方がある。自分なりに人の変化を確かめてきた結果、僕はそのようには思わなくなった。 深刻なトラウマを抱えた人が「回復」に長い時間かかる。その回復までの期間は、どちらかという…

尽くすことと学ぶことの違い

大学の学部は心理カウンセリングの学科にいたけれど、人の悩みをずっときく仕事につきたいと思ったことはなかった。自分が聞いて、その人が楽になるなら聞きたいという気持ちもなかった。 一方、年間を通した当事者研究の集まりをやっていくなかで、参加者が…

場の整い

こころゆく話しの場は、どのようにできるのだろうかとずっと試行している。 自分の求める感じが成立するために必要な要件の一つは、発散の場ではなくて、学びの場であることだと思っている。 更新していく場であること。自分の捉え方、考え方、反応の仕方と…

当事者研究のプレゼン準備

当事者研究の集まりを京都の3箇所で始める。 どういう趣旨でやるかを考える。A4の紙のプレゼンで紙芝居的にやろうと思う。 あと1時間後に発表する準備を今からやってみる。 なぜ当事者研究をやるか そもそも当事者研究とは →北海道の浦河べてるの家で始ま…

初動の認識 対話が成り立たない理由

アズワン鈴鹿コミュニティは、「当事者研究」で、対話の成り立たなかった状態から対話が成立する状態をつくりだすことに成功した。 一旦コミュニティ的な集まりを作っても、距離が近くなって他人行儀に限界がくると、途端に人の行動や言動が許せなくなる。一…

じゃなかしゃばとしての文化

辞書や学問でどう定義されているか知らないけれど、僕は文化というのはサバイバルということに生を埋め尽くされることをやめるために生まれていると思う。 どんな事故に遭うかわからない。どんな病気にかかるか、どんな障害を生まれ持つかわからない。お金を…

京都文学フリマ お墓に語りかけること

みやこめっせでやっていた文学フリマに行って来た。 文学フリマがなんであるかよくわからないまま、とりあえずフリーターズフリーの栗田隆子さんと修復的司法をやっている小松原織香さんがブース出しているというのでそこだけでもと。 行ってみると、自作の…

高まり

大学時代から話しの場がほしかった。 話しの場がなかったわけではないけれど、足りなかった。友人に頼めば、別にいくらでも話しは聞いてくれただろうけれど、聞いてもらうということがしたいわけではなかった。相手が自分と同じぐらい関心がないことを話して…

バッファゾーンを育てる

今頃昨年を振り返りつつ。 1月〜2月は、アズワンネットワーク鈴鹿滞在。農場などで働かせてもらいながらコミュニティ内で、対話ができない状況を乗り越え、時間を経るごとに関係性の成熟がすすんでいくことを成功させた自己観察の手法を学ぶ。 鈴鹿の外から…

なやカフェへ

久しぶりになやカフェへ。 不思議な時間がながれる【なやカフェ】 - NAVER まとめ 明日明後日もやっているみたいだけれど、僕が行けるタイミングは今日だけだった。なやカフェは入ると空間の質が外の世界と違って、時間が止まっているように感じる。店内には…

死んだように生きている

誠光社で、砂連尾さんと西川勝さんのトーク。 www.seikosha-books.com 楽天堂のむうさんとも久しぶりにお会いする。対話の場を作られようとして、なかなか難しかったとのこと。アズワンの話しを紹介する。 砂連尾さんのお話し、自分は幹のようにあって、枝葉…

11月活動報告

10月からはじめて2回目の活動報告です。 5日 大村はまさんの教え子の苅谷夏子さんお話し会。はまさんの普段のふるまい、何かに対する対応や反応の話しが時々出る。 個人的にはそこが一番考えられて面白かったかもしれない。何をどのようにとらえ、どう対す…

報告 11/14 哲学カフェ 自立について第2弾

<11/14 ちいさなおはなし会(哲学カフェ)@本町エスコーラ>先日10日に続いて、もう一回「自立」をテーマにやってみました。「観察するための対話」をやりたいという思いで、ちいさな学校や本町エスコーラでここ何ヶ月か試行を続けてきました。 昨日は「…

シェルターとしての文化 王国をつくった先住少数民族の事例から

知り合いがFBでシェアしていたリンクをみて。 natgeo.nikkeibp.co.jp 生存環境の変化に対して文化のかたちを変える。あらためて文化とは何だろうかと考えた。自然環境、社会環境に対して自律性をもつということかと思う。それによって、誰かが決めたルールが…

報告 11/10 哲学カフェ「自立とは」

哲学カフェ、自立って何だろうということをテーマにやってみました。 聞いた知識ではなく、自分の体験、自分のリアリティに焦点をあてていく。経済的自立、精神的自立、色々使われるけれど、自立とは一体何なのか。 色々と意見が出てくる。 お金を使わなけれ…

ワーク・イン・プログレス 発酵エネルギーを使う場

学びにとって、どのような場が適しているのか? 自給農法の考案者の糸川勉さんの肥料に対する考え方は、「常識」とはちょっと違ったものだった。 糸川さんは、枯れたりごく小さい雑草と土をチャーハンのようにまぜ、作物に寄せて肥料にするということをする…

センテンスのライブに

センテンスのライブのお誘いをうけてネガポジに。 センテンスは二人のユニットで、僕と同じ畑で野菜をつくっている。 センテンスのブログ 最初の曲の歌詞でありきたりのダンスでいく、みたいなのがあっていいなと思った。メロディが面白いところがあって、あ…

2016年10月活動報告

活動報告をすることにしました。 対話の場をつくりたいと思い、ここ数ヶ月は、ドーナッツラボという名前で対話の場をやっていた赤阪さん夫妻を招いたり、哲学カフェをやってみたりして、やりたい場を確かめる試行を有志とともに本町エスコーラでおこなってき…

死としての学び

人はどのように変わりうるのか。自分はどのように変わりうるのか。 それをずっと考えてきた。20歳前とか、最初は変わることは「成長」することだととらえていた。だがあるべき方向性があるみたいな前提を含むのでその言葉を使うのはやめた。あるべき方向性を…

自律空間としての文化 「自由意志」はどこにあるのか

昨日は本町エスコーラで山口純さんによる、バンクーバーで行われたplacemaking weekという場所づくりに関わる様々な立場の方が研究を発表したり街中でユニークな企画を行う10日間の催しの参加報告を聞きにいく。以前も一回されていたのだけれど、用事があ…

精神のエサ場 Morning Zine Circleにいってきた

カフェパランのモーニングジンサークルに参加。ジンはZine。magazineのzine。流通などを通さない自主制作の冊子。 http://rakuhoku-kyoto.tumblr.com/post/151729718477/カフェパラン rakuhoku-kyoto.tumblr.com ジンを出すのは20代、30代が多いというこ…

死んでいること

からだとことばのレッスン、二泊三日の合宿に参加する。 10/8-9三浦海岸WS合宿 - ningen-engeki ページ! 竹内レッスンは、竹内敏晴本人も書籍等で言及しなかったけれど、野口体操をベースといっていいほど取り入れたうえで出来ているものだったらしい。色…

唐芋通信第9号

「書きたいことは、野口さんのことだけだ。」とは、ぼくの声。さいきん、声にすることも躊躇わなくなった。だって、そうなのだ。野口さんのこと以外は、というか、野口さんの以外がないのだ。どうしたって、野口さんなのだ。 西陣の古書店カライモブックスさ…

変化と自意識の関与 楽器が弾けるようになるということ

作曲家の野村誠さんや京都新聞の岡本晃明さんたちが東日本震災を受けて避難してきた人の情報共有の意味も含めて京都ではじまったインフォーマルな食事会、続いている。昨日は野村さんの誕生日の前日ということもあり、サプライズの小さなお祝いも用意されて…

『屍鬼』読み終わる 生の呪いと更新作用の相克

文庫版、残りの4巻と5巻が図書館にきた。 最近友人と話したとき、僕は人間は生命を生まなくて、生命が生命を生むと考えると言った。生むというのもおかしいかもしれないが、生命は、働きであって、生きたり死んだりするものではないだろうと思っていて、それ…

凝縮されたリアリティ

東山区の本町エスコーラで実験的な対話の場を重ねさせてもらっている。 今回は、ドーナッツ・ラボという名前で対話の場を作られていた赤阪さん夫妻にも声をかけさせてもらった。 対話とはいったい何なのか。そこで何がおこるのか。それを体験してきたお二人…

からだとことばのレッスン2回目

竹内レッスンと野口体操があわさった「からだとことばのレッスン」2回目の参加。首の後ろとか、後頭部とか、頭頂とか、それぞれの部位を共鳴させて声を出してみる。声を出すのはとても力がいってしんどい、という感覚を持っていたけれど、共鳴を使うと力は…