降りていくブログ 

ここという閉塞から逸脱していくための考察

報告 11/10 哲学カフェ「自立とは」

哲学カフェ、自立って何だろうということをテーマにやってみました。

 

聞いた知識ではなく、自分の体験、自分のリアリティに焦点をあてていく。経済的自立、精神的自立、色々使われるけれど、自立とは一体何なのか。

 

色々と意見が出てくる。

 

お金を使わなければ生きていけないようになっている社会の仕組みなど、自分を依存状態に陥らせているものを取り払えば自立できるのではないか。しかし依存といっても、都会は田舎に依存しているし、生きものは土にも太陽にも依存している。それらを無視して、果たして本当に自立などという立派なものがあるのか。あえて自立というならば、自らが立つポジションをみつけることではないのか等々。

 

今の認識を吟味していく。

 

言ってもらったことを換言し、確かめる。反駁とかしたりする必要は全くなく、言ってもらったことを更に明確に、自ら浮き彫りにしていってもらうのをサポートする。成り立たない構造でできていたものは、ただ純粋にその論理をその論理通りに展開していくと自然に吟味がかかる。人の諭しや説得ではなく、自分の吟味によって自分の認識、ものの見方、感情の反応は変わっていく。

 

外から「こうあるべきだ」と押しつけられる「自立」。あるべき姿と比較し、今の自分を否定してエネルギーを奪い、むしろ同じところにとどめる強迫観念としての「自立」がある。外に奪われ、自分がそれに規定されてしまうものとしての言葉を、自分が使う道具としての言葉に位置づけし直し、奪われた主体を取り戻していく。

 

自立とは「しなければならない」ものなのか。本当にそうか。

 

シンプルに考えてみる。自分が何か求めていることがあり、そこにたどりつく。それができればいいと考えるならどうだろうか。

 

そこにたどりつくための道筋がある。求めている状態を得るために、幾つもの道筋ややり方がある。一つのやり方がうまくいかなくても、自分なりのやり方をみつけて自分の求め以上でも以下でもないものを得ればいい。外部の規定ではなく、自分の求めに対して自分なりのアプローチを設定し近づいていく。そのことこそを「自立」的と呼べないだろうか。

 

既にあるもの、既にある選択肢のなかで、人に言われる姿に自分を矯正していくことが「自立」的だろうか。

 

自分の求めがあり、それを満たしていく。そのやり方は、自分のやり方でいい。人に言われたようにではなく、自分が進んでいけるあり方で進んでいく。それが自立のベースの心性ではないだろうか。その時、自分のなかに取り込んでいた無用なもの、外から植え付けられたものとの決別がされていく。

 

自分の心、身体の反応に強固に植えつけられている認識をどのように更新していけばいいのだろうか。話しのなかでそのヒントも出てきた。

 

自分の身体の実感を発生させ、実感を付随させた状態において再学習することが、古い植えつけを更新する。身体の実感が自意識を揺り動かす状態、今まであった自分のなかの秩序を圧倒するような状態のもとで、自分の求めるあり方を演じなおす。そのことによって、自己像は変わるようだ。「生き直し」「育ち直し」という作業は、自分が持っているリアリティを呼び起こしながら、それが焼き付けられたある時点に戻り、再更新しているのでそのように呼ばれているのではないかと思う。

 

(※人間を変化させる通過儀礼が、分離→境界(過渡期)→再統合という段階をふむというヘネップの三段階構造の理論を深化させたターナーは、その境界の段階において、個人は昔属していた社会にもこれから属する社会にもあてはまらない状態、リミナリティの状態になると指摘している。リミナリティは、自己卑下、隔離、試練、性的倒錯やコムニタスによって特徴づけられる不安定で曖昧な時期であり、コムニタスは、社会構造が未分化で全ての成員が平等である状態として定義される(←wikiから引用)。自己卑下、隔離、性的倒錯などはまさに自分のうちに既にある秩序を揺り動かすものだろう。そしてコムニタスという意味の強迫から解放された空白の場所に支えられ、移行、更新がおこるのだろう。)

 

 

通過儀礼

通過儀礼

 

 

 

 

儀礼の過程

儀礼の過程

 

 

自給農法を学ぶことは、自分と世界との関係性を規定している認識の枠組みを再更新していくリハビリになると思っていた。お金や制度など、自分の外部に価値があり、それに感情反応、情動反応をともなわせて経験させると、身体はそのように刷り込まれる。それに対し、自給農法では作物を育てるとき、自分を軸として全てを位置づけし直し、体験し直す。

 

身体の実感を伴いながら経験すると認識は再更新される。より大きな実感、揺り動かしがともなう場合は更新もそれに比例して大きな変化がおこるようだ。

 

場の流れで、「怒り」と自立の関係性にも焦点があたった。怒りとは、身体の自律的な自助であり、それは状況を現状のまま留めるために、あるいは変えようとしておこる。

 

その意味ではコントロールしようとして怒りはおこっている。怒りという反応の結果として、ある状況が好転する場合もあり、怒り自体は全否定されるものではないが、コントロールするためにそもそも怒りが生まれているのに、怒りそれ自体は個人から自分のコントロールを奪うという矛盾した特徴をもつのが興味深い。怒りによって余計なストレスやパターン化した拒否行動、攻撃行動なども自動的におこる。

 

他人からみて怒っているのに、本人は自分が怒っていることに無自覚ということがあるという話しから、自分自身の「抑え」に無自覚であることが怒りを生んでないかという気づきがあった。一見、怒っている人は別に抑えていないだろうと思えるけれど、実際は「抑え」の存在自体に対して全く無意識であるからこそ、怒りが生まれ、たまっていくという場合は少なくないだろう。イラク人質事件に反応した非難の声などはまさにそれではないか。どれほどの「抑え」が知らない間に身体に刷り込まれていることだろうか。

 

自立は、まだやれるテーマだと感じ、来週もやろうと思っている。

ワーク・イン・プログレス 発酵エネルギーを使う場

学びにとって、どのような場が適しているのか?

 

自給農法の考案者の糸川勉さんの肥料に対する考え方は、「常識」とはちょっと違ったものだった。

 

糸川さんは、枯れたりごく小さい雑草と土をチャーハンのようにまぜ、作物に寄せて肥料にするということをする。一般に、土のなかで分解される有機物は作物に対して有毒なガスをだすので、有機物を土のなかにいれるのは一律にバツとされる。

 

だがそれは規模の問題で、自然状態でも有機物が土に混ざるのはそんなに珍しいことではないはずで、チャーハンのご飯と具の割合ぐらいであれば、害は相殺され、むしろ分解発酵が促進されて栄養としてほどよい。糸川さんは一般にいわれているようなことを鵜呑みにせず、そのやり方を自分で確かめてきた。

 

糸川さんはそのやり方を教えてくれるときにこのようにも言っていた。「肥料をどこか別のところで作り、完全に発酵しつくしたもののやるというのは、エネルギーがカスカスになったものをやるのと同じ。自給農法では、有機物が分解していく発酵のエネルギー自体も使う。それが作物の育ちにとってもいい。」

 

春秋冬の作物は基本的に土の温度が高いほうが成長がいい。ほどよく土にまざり、発酵分解していく温度が作物の成長を促進する。

 

そして糸川さんは、その発酵の産物には、単に熱エネルギーだけでない何かがあるととらえていたふしがあった。単にあたたかいからだけではなさそうだ。それは作物の育ちの状態から感覚的に受け取っていたことだろう。

 

自給とはエンパワメントであり、同時にサバイバルだ。サバイバルなら世間の常識や学問に検証されたことしか応用できないのであれば不十分。空いたお腹で待っているわけにはいかない。自分に必要なことは自分で見つけていく。自分で感覚的に感じ取り、検証し、腹を満たしていく。全てのことには及ばないが、切実に必要な一点に対して、人間は学問の成熟を待つまでもなく、自らそのものを明らかにしていくことができると僕は思う。


さて、糸川さんが教えてくれた発酵エネルギーを使うというあり方が、学びの場でも通じるものがあるのではないかと思ってきた。

 

大規模な教育システムのなかで、確立した知識、完成された見識をもった「教える人」が、それを持たぬ人に伝える。だがそれは、「知識」としては重要かもしれないが、発酵が終わったあとのエネルギーとしてはカスカスのものが提供されているのではないだろうか。

 

学びとは、人が更新していくプロセスだ。一方、完成されたものというのは、変わらないものだろう。確立して変わらなくなったものを人に伝えるということは、本人にとっては自分の更新に関わらない退屈なことだ。その退屈なことを伝えられる人はやっぱり退屈だ。

 

国語教師大村はまさんが徹底的にマンネリ化、定型化を避けたというのは、一つには自分自身を更新させていくということ抜きに、学びの本質を生徒に伝えることはできないということもあったのではないかと思う。

 

面白いものとは、今ここで化学反応をおこし、変わりつつあるものだ。何がおこるかその当人でさえ知らない。その状態にある人は、それだけで化学反応を周りに伝染させる。

 

だから僕は、学びの場とは、自分自身が化学反応をおこしつつある状態になり、そのことを周りとシェアするかたちが理想的であるのではと思う。たくさん知っているか、知っていないかは、それほど問題ではない。自主ゼミと考えればいい。仲間同士で学びあいをしているとき、別にたくさん知っている必要もないし、絶対正しいことを知っている必要もないだろう。周りの人は、誰かが絶対的に正しいことを期待していない。

 

自分が言ったことにそのまま影響されてしまう不特定の相手を前提にするのと、ピアで学ぼうとしているときはそこが違う。鵜呑みにする不特定多数、通りすがりだから訂正できず責任をとれない不特定多数を前提にすると、自分自身が化学反応をおこしていく場が少なくなる。化学反応がおきている人にふれ、伝染されるのが重要な要素なのであれば、不特定多数を前提にした設定がそもそも学びに適した設定ではないと思う。仕方なくそうしているというだけだ。

 

大規模農業と大規模な教育のシステム。それに対して自給農と、自給的な学びというあり方があるのではないか。労力とお金をはらい、肥料をガンガンつくり投入しなくても、もともと持つ発酵エネルギーを利用すれば、省労力低コストで周りとともに作物(学び)は育っていく。市場の規格にあわせなければ売れない教育と、自らが更新という自分の必要を満たしていく自給的学びの違い。後者にとって重要なのは発酵エネルギーを利用する仕組みであると思う。そのエネルギーさえあれば、更新は進んでいくと思うから。

 

とどまることが間違いを重大にする。自立した個々人の学びは、絶対的な正しさや完成ではなく、プロセス自体が重要だ。完成し、安定した作品ではなく、公開されるプロセス、ワーク・イン・プログレスこそが学びの舞台として適しているのではないか。

センテンスのライブに

センテンスのライブのお誘いをうけてネガポジに。

センテンスは二人のユニットで、僕と同じ畑で野菜をつくっている。

 

センテンスのブログ


最初の曲の歌詞でありきたりのダンスでいく、みたいなのがあっていいなと思った。メロディが面白いところがあって、ああいう感じの自分もつくってみたいなあと思った。舞台の上でも畑であうお二人の感じもあり、通算40回ぐらいライブされたとのことだけれど、とても初々しい感じもした。

 

今回は緊張がありながらも「抽象的な意味でも歌えるようになった」とのことで、一つ違った段階にいけた実感があったそうだ。センテンスのライブが3回目だという同席の方は、今までと全然違ったよと言っていた。

 

センテンスも、前後の方も、旅というテーマが入った歌があった。旅とは何だろうか。森の案内人の三浦豊くんが「僕は森はメタファーだと思っている」と言っていたのがとても腑に落ちるところがあり、畑はメタファーだとか、他のところにもあてはめてみてたりしていたけれど、旅についても、旅というものが実際にあるわけではなく、旅はメタファーだなと思った。何も持っていなくて、通り過ぎていく、そのなかで色々なものに出会うというような要素をまとめて旅なのだろうか、などと思いつつ。

 

音楽の話し、舞台に出ることの話しとか、自営業の話しとか色々お話し聞かせてもらった。舞台上で、音とか自分のあり方とか、そういうごまかしのきかない場に自分が出れるだろうかと思う。あと必ずしも自分の思いとそぐわない経済の理屈と、そこへの小さな、しかし思いをこめた反逆の話しも迫ってくるものがあった。

 

音楽のことを全然わかっていないけれども、歌というのは実はどれもレクイエムなんじゃないかなと思ったりしている。「歌えた」今日は、晴れ晴れとしてなお一層そうだったんじゃないかなとか。

 

生きるということを長い時間をかけて絵が完成していくようにイメージする見方もある。割りとそういうイメージをよく聞く。でも、自分はそうじゃないのではないかと思って、別の見方を探していた。

 

長い時間を生きられない人もいるし、「うまくいった」人だけを選んで、それを全体に一般化するのはおかしいんじゃないか。持つものと持たざるものがあり、生きている間に社会で報われることは保証されていない。その上さらに絵が完成することが生の一般的な価値であるかのように述べる言説は全くいただけない。

 

最近は、生きる時間の短い長いでなく、ネガティブであれ、ポジティブであれ、受け取ったものを凝縮して世界に伝えた反応を得るということができれば、心は満足するようじゃないかと思うようになってきた。藤田和日郎の「うしおととら」でいえば、能力が高すぎて誰とも全力でぶつかることができなかった(つまり世界に自分として受け止められることのなかった)ナガレが、最後にうしおを裏切り、闘いを挑んで死んでいくとき、それまで彼の心の穴にいつも吹き抜けていた風が止んだように。

 

自分が関われるある一点に凝縮し、賭けるということは、持たざるもの、「不遇」なものにもできることだ。全てを思い通りにする必要も必然もない。「幸せ」だろうと「不幸せ」だろうと、心ゆくことはできる。持っている時間の短いや長いさえこえることができる。それはそれまでの全てに対するとむらいのように行われる。

 

ネガポジは話しているとスタッフがお菓子をちょっと差し入れてくれたりするとか、出演者がもっていったハーブをメニューにいれてふるまうとか、あたたかい空間だった。
とむらいによって生まれたものは、個人のなかにとどまるものではなくて、放電されるように周りに伝わっていくと思う。深いとむらいは、誰もがもつ報われぬ思いへの共感でもあり、沈殿し残っているものを取り去っていく。

2016年10月活動報告

活動報告をすることにしました。

 

対話の場をつくりたいと思い、ここ数ヶ月は、ドーナッツラボという名前で対話の場をやっていた赤阪さん夫妻を招いたり、哲学カフェをやってみたりして、やりたい場を確かめる試行を有志とともに本町エスコーラでおこなってきました。

 

話しの場というのは昔から得たいと思っていたのですが、自分の求める感じをつくるのはなかなかうまくいかず、何がどうなったら成り立つのか、何をやると拡散してしまうのかとか、ちょっとずつ確かめつつ、またやってみつつという感じです。

 

2014年アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティを知ったことは、場のイメージをもつ大きい契機になりました。人のことをいえないけれども、それまでは、正直なところ、この世界には話しをきく人と話しを聞かない人の二種類がいて、話しを聞かない人が変わることはどうやらほぼなさそうだと思っていました。対話の場といっても自分のなかにある前提を問う気がそもそもないとむしろ虚しい場になるなあと思っていました。

 

鈴鹿で僕が経験したことは、どちらかというと自分の話しばっかりする人とか、他の人の話しを受けても、その受けたことによる自分の変化や新しい感覚などをもって応答するのではなく、目の前の人から発されたことにその人の言葉は何の影響も受けてないのだろうなという感じをムンムンさせつつ、もともとある自分の言いたいことをいうために人がだしたキーワードだけを奪って話しだすとか、そんな感じで話していた人が変わっていって、キャッチボールが成り立つようになっていくというものでした。変わるんだなと驚きました。

 

話しの場をつくるとき、そもそものコンセプトが重要で、そのコンセプトによって、来る人も変わるし、話し合いの中身も変わる。僕が得たいのは、一つは自分のなかにある前提を問うものとしての対話の場だなと思いました。そういう意味でテーマを設定し、それを自分に問うていく哲学カフェはそこに近い。

 

素晴らしい見解に到達するために話すのでもなく、頭のなかに既にあるものに亀裂をいれて成り立たせなくするのを楽しむ。その場にいる他人を変えようとするのではなく自分の中を変える。

 

外界から来た情報は、意識で把握できないほど瞬時にプロセスされ、そこでつくられた意味を自分は受け取ります。そのプロセスは一秒の何分の一かわからないけれど本当に瞬時です。この瞬時に何がおこっているのかをリアルタイムでみることは難しいのですが、そこで何がおこったかは、後でたぐりながらみることができます。

 

インプロの今井純さんのワークショップに初めていったときに印象的だったのは、何かワークをやった後に誰かがある状態に疑問をもったり、上手く行かなくなっていたりすると「それ、どうなってる?どうなってた?」と、ワークのある一瞬におこっていたことを想起させ、観察させる働きかけを頻繁にしていたことでした。

 

瞬時におこったことに、あとからでいいので意識の光をいれる。その瞬時におこるプロセスは放っておけばそのままになり、無自覚に繰り返すのですが、そのからくりに気づくと変わる。自動的に繰り返すことが終わります。

 

自分がやっていると思っているけれど、実は自動反応の繰り返しでしかないものは、観察抜きでは変わらない。僕が以前話しの場で虚しいなと思っていたのは、刺激に対してレコーダーが録音の自動再生をはじめるだけで終わるということだったのかなと思います。

 

その一瞬、自分はどうなっていたのか。どうその情報はプロセスされたのか。この瞬時を観察することを場の設定にいれることによって、その場は自動再生の場ではなく、自動再生を終わらせていく場になると思います。

 

観察する対話ということに軸をおいて、試行を続けていきたいなと思います。

死としての学び

人はどのように変わりうるのか。自分はどのように変わりうるのか。

 

それをずっと考えてきた。20歳前とか、最初は変わることは「成長」することだととらえていた。だがあるべき方向性があるみたいな前提を含むのでその言葉を使うのはやめた。あるべき方向性を暗黙に前提することは変化を停滞させる。

 

変化がスムーズにすすむところは、フラットな場だ。治療の場でも人は変わる。しかし、治療者とクライアントとか、治るとか治らないとか、そういう序列やあるべき価値観が持ち込まれるので、弊害がある。

 

そもそも誰しもが自分は普通でおかしくないと思いたがっているのに、治療受けるとか、自分が普通じゃないとか、不十分だとか認めるような場にいかないし、あんまり受け入れない。ひっかかりがあると何かやっても無理やりになってしまう。

 

逆に「自分は変わらなければいけない存在だ」と意気込むのは、一見謙虚さや向上心にあふれているようにみえて、実際のところその構えが変化の邪魔をする。

 

そんなこと気にもしていない状態のほうがするっと展開するし、「自分はこう変わった!」とか特に自負しないので、そのことに変に自信をもってこだわり、後の停滞を招くようなことにもなりにくい。たちがいい。心理カウンセリングから演劇的手法やエンカウンターグループに移行していった人などは、こういうフラットさを重要視していると思う。

 

次に回復という言葉をよく使うようになった。怪我したのが元に戻る回復のような、マイナスがゼロに戻る回復ではなく、誰もが生きている限りずっと回復し続ける。あるいは回復の方向へ向かおうとする。「成長」し続けるのではなく、回復し続ける。この言い方のほうが実態に対して妥当だと思うようになった。

 

回復は回復でまあいいし、この言葉でこそ含意できるものがあるのだけれど、まあこれも今は回復していないというのを認めなければいけないような印象を与えるところもあり、受け入れがたい人もいるだろう。これは変化をある特定の側面からいいあらわしたものだ。

 

最近気づいてきたのは、「心理的問題を抱えている人」というものの変化と、特にそういう問題は顕在化してない(と思っている)人が何かに出会い自分が変えられるということとは、べつだん異なるものではないということ。

 

これは学びだ。学びとは、それに出会う前と出会った後で何かが変わっていること。データとして同じ自分にただ蓄積されるのではなく、いわばパソコンのOS自体(が自分として、それ)が大なり小なり変わってしまうようなものが学びとよべる。

 

学びとは、更新されるということだ。古いものが終わり、ただ更新されていく。終わりがない。身につけたやり方、成り得た自分はその瞬間から古くなっていく。

 

人はOSのようなもので、あることができるようになっても、ある自分になっても、次の状況に対してはそれは通じにくくなる。潜在的に常に更新される必要がある。だが生きものは何が何でも死なないように動機づけられており、更新という危険性を冒すのは基本的に苦手だ。体感される水準で危機や苦しみが顕在化しない限り、同じあり方に留まろうとする。生きものは更新と留まりという相反するせめぎあいのなかにある。実のところ、どちらかというと留まりの動機のほうが強いだろう。

 

生きものとしては留まりの動機のほうが強いのに、逆であることが素晴らしいと自意識は思いたいし、信じたい。宇宙に行けるようになったり、「発展」したりする新しさそのもの、能動性そのものになることに憧れ高揚する。自分が生の主人公でありたい。その高揚を動機にして自分を動かそうとする。

 

だが、そこには無理がある。きらびやかなものを生み、自分がそんな存在だと錯覚する一方で、そこに置いて行かれた惨めなものが生まれる。そこを認めなければ、世界は「やさしく」ならない。強迫的に素敵なものになろうとすることの反作用。限られた世界で光を集中させるためには、暗いところからより光の成分を奪わなければならない。
そして何より、肯定的なものを設定し、それになろうとするその強迫自体が、変化を阻害するのだ。継続的な変化、自律性が動き出すのは、強迫がとれたところだ。矛盾するようだが、変わるためには、変わらないことを受け入れることが前提になる。

 

生きものは圧倒的な保守性、留まりのなかにある。生きものとは、置いて行かれ、取り残されて、しかし死にきれないものである。それ否定し、高揚しようとすることは、より一層停滞を生む。しかし、自分が生ではなく、死であることを認めた時、逆に死としての自分と世界を流れていく生が感じられる。千と千尋の神隠しの歌にあるように。
”粉々に砕かれた鏡のうえにも新しい景色は映される”

 

新しい景色は所有できるものではない。そもそも鏡に映ったものは所有したものではない。自意識自体が生なのだということを諦めたときに、生は逆に与えられる。

 

学びというのは、それまでのものの死なのだ。一貫した主体はなく、それまで主体だと思っていた自意識自体が更新されたとき、次に生まれた自意識は前のものと断絶している。だから世界は新しく体験される。自分という連続性は概念上、空想上にしかない。
学び、生きものなのに死のうとするというのは、倒錯的でもあるけれども、死して更新していくという、生きものという留まりに対する反逆が人の奥底の層の動機としてある。

自律空間としての文化 「自由意志」はどこにあるのか

昨日は本町エスコーラで山口純さんによる、バンクーバーで行われたplacemaking weekという場所づくりに関わる様々な立場の方が研究を発表したり街中でユニークな企画を行う10日間の催しの参加報告を聞きにいく。以前も一回されていたのだけれど、用事があって行けなかったのでお願いしてもう一回やってもらった。


かたちやスローガンだけでない実践的な取り組みが興味深かった。ホームレスの深刻な問題があるなかでそこに向き合わずにplacemakingなどあるものか、自分は参加しない、と企画自体を批判している人も紹介されていたのが健康だと思った。

 

先住民の割合は人口の1割以下なのだが、ホームレスのうち先住民の割合は5割だったか、多くを占める。土地、文化、自律性を破壊され奪われた人たちがアルコールや麻薬の問題を抱えるのはアメリカの先住民と同じだと思った。日本も先住民に対して、同じことをしていて、貧困は今も世代的に再生産されている。※1

 

文化の自律性は、個人の自律性を支え、エンパワーするのだろうと思う。文化の重要性は、その文化自体の価値ということもあるだろうけれども、個人をケアし、自律性をエンパワーする場の整いとしての一貫性にあるのではないかと思う。個人の自らの内側にある動機を展開させ続けていくことが生きることの充実をつくるのであり、どのような享楽を「与え」ようとも、動機を展開させていく環境を奪うのならば、全く人を疎外していると思う。

 

日々の人との関わり方、モノとの関わり方、仕事との関わり方などが副次的にその人が依る価値観や感覚のベースを用意する。それらはほぼ無意識にできあがっていくといっていいだろうと思う。人の「自由意志」というものは過剰にその中立性をうたわれていると思うけれど、上記のことを踏まえるならば、実際のところどれほどそのようなものがあるのか疑問に思う。むしろ「自分で選んだんだろう?」という自己責任に帰するために「自由意志」というものが高い価値をもつものとして称揚されているのではないかとさえ思う。

 

「自由意志」は自分たちがつくった自律的な空間ではじめて生まれるのではないだろうか? 自律的な空間においてはじめて自分に染み込ませていた、身体化した他者の様式から抜け出ていく契機をもつのではないだろうか? 孤立した個が「自由意志」を回復していけるだろうか?

 

精神的に孤立したものはゆだねることができない。変化は、ゆだねるということによっておこる。変化とはそれまでの自分の様式の死であり、その死の恐怖を相殺するのが自分以外のものとの関係性だ。個がそれ自体で中立的な動機や自由意志をもつというのは神話だ。その神話の信仰は、自分以外の他者に対しても抑圧を与えるだろう。

 

※1中村康利 現代アイヌ民族の貧困
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/…/2…/39608/1/JESW14_002.pdf

精神のエサ場 Morning Zine Circleにいってきた

カフェパランのモーニングジンサークルに参加。ジンはZine。magazineのzine。流通などを通さない自主制作の冊子。

 

http://rakuhoku-kyoto.tumblr.com/post/151729718477/カフェパラン

rakuhoku-kyoto.tumblr.com

 

ジンを出すのは20代、30代が多いということで、40代以後はどうなっているんですかと聞くとジンフェスの運営側になったりして、この媒体を通したやりとりを支えるほうになる傾向があるとか。ただ日本ではそういう環境はまだあまりないそうだ。

 

商業主義を介さないジンのあり方はとても自給的だなと思う。

 

世界と出会い、やりとりしていくなかで、世界との関係性や自己のあり方が変容していく。自給の趣旨は、環境と自分に必要な変容をおこし続けていくことともいえるかもしれない。

 

自給農法の考案者糸川勉さんは「動物は自分のエサ場をもっている。自分のエサ場をつくるのが自給」といっていた。体を維持するものを自分で調達できるようにする。一見面倒にみえても、依存を廃していくことが自分で自分をエンパワメントする基盤を作っていく。

 

公園では営利活動が基本できないから、手づくり市などはお寺など私有の場でよく行われている。やりたいことに必要な自由というのは、自律的な空間で得ることができる。全てを得る必要はないが、自分が進んでいくのに必要な裁量権を自分に取り戻すこと、そして自分のエンパワメントに責任をもつ主体となることが重要だ。

 

何から何まで得る必要はない。必要なことが見えれば、それを最低限展開させていくために環境に働きかけ、調整する。これを繰り返す。

 

ジンのクオリティは本当にそれぞれ。「本というものは読みやすいようにこうでなければいけない」とか、ない。自由でいられるのは、不特定多数を前提にしていないからだ。不特定多数に対する普遍性の追求は、自給においてさしたる意味をもたない。この自分に必要なものが満たせるかどうかが問題。対象と規模によって、正しさも変わり、自由も変わる。

 

さて、今の自分に不足しているのは、いわば精神のエサ場だ。自分にプロセスをおこしていくために、必要な情報、必要な体験、必要な関係性がある。これは形を変えながらもいつまでも必要だ。

 

どこかに行くばかりでは不十分。人の企画は、つまるところはその人が進んでいくための企画であって、質的にも量的にも自分にジャストフィットというわけにはいかない。

 

珍しいもの、自分の力では作れないものはもらえばいいが、基本的に必要なものは自分でエサ場を大体つくれるという自律性があったうえで、交換したりとか、コラボしたりとかいうことも豊かに派生してくる。

 

畑は土があって、種があって、栽培を繰り返すということではわかりやすいけれど、精神のエサ場はかたちが定まってないから場所も時間も媒体もデザインもゼロから考える必要がある。が、やはりこれは自分が責任をもつべきところで、放っておいたら自分が弱っていく。


そういうところで、zineを支える側にまわった40代以降の人たちは、単に身をひいたり、援助のための援助者になったんじゃなくて、自分の精神に栄養をくれる面白い場や人との出会いをつくりだすためにやっているんじゃないかと思った。20代、30代の、点と点で書いたものを渡すというのも出会いの方法だが、そもそもの場をつくるほうがよっぽど凝縮した自分のあり方を世界に対して提示できるし、関われる人も増える。一本釣りに対して、地引き網漁のような効率性だ。

自分をふりかえり、精神のエサ場をつくるということが必要だなと自覚する。

 

しかし「死ぬほど退屈」など言われるけれど、必要なものが得られてないと本当に死んでいくんだろうなと思う。pha さんも退屈な日常にはならないと確信できてから仕事を辞めたと書いていたと記憶しているし。